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明るい光で満たされている―などということは滅多にない地下牢教室。だが、快晴の今日は、壁に細長く穿かれている灯り取りの窓からまぶしい位の白い光が射し込み、教室内はいつもよりは過ごしやすそうな雰囲気を醸し出していた。
昔、本当に人を投獄していたというこの教室は、二十人の生徒が一列に並んでかけっこできる広さがある。
すり鉢上に設置された座席の一番底、教卓の前には湯気の立つ大鍋が五つ並んでいた。

盛った薬が効いて、床で寝息を立てはじめた先生を、ルーピンは教卓の下に押し込んだ。

セブルスを待ち伏せするためここ、地下牢教室にやってきた。
こっそり隠れて待つつもりが、思わぬ先客がいた。
ルビウス・ショー。
ルビウス・ショーはスネイプ憧れの先生。
魔法薬学担当のこの先生は、新しいお菓子作りが趣味で、間近に迫ったコンテスト出品のため食事以外のすべての時間をここで過ごしていた。

これじゃセブルスがやってきても思ったようにふるまえない。

でも、まさか先生を脅して『ここから出て行け』なんて言うわけにもいかない。

前に貰った飴がすごく美味しかったと、自分もお菓子作りに興味が湧いた振りをして暫く見学していた。
そして隙を見て、試作品の煮える鍋の中に眠り薬を盛って、先生に食べさせた。結果、先生は眠りこけているわけだ。
本当は隣の準備室に運ぶつもりだったが、自分の力では無理だ。魔法で操り人形にしたが上手くいかなかった。
ぱっと見、先生が準備室に物を取りに行っているように装って、ルーピンは入り口の階段脇に立ち待った。

やがてドアが開き、待ち焦がれた人物が現れた。

艶々の黒い髪。まっすぐなそれを毛先だけふんわり頬にかかるようにしている。
切れ長の瞳は切り取った黒曜石の面ような闇色。濡れたような光沢の黒い瞳と、白い顔に浮かぶ、怜悧な、冷たく冴えたような表情は紛れもなくセブルス・スネイプその人。
「セブルス」
彼がドアを閉めたのを確認し、ルーピンは呼びかけ、ぎゅっと腰に抱きついた。びくりと小さく身を震わせるスネイプ。
「捕まってしまった……な」
抑揚なく発せられる彼の声が愛しい。
ルーピンはしっかり、彼の胸に顔を埋め、彼の匂い、ジャンパンのような甘い薔薇の香りを胸一杯吸い込んだ。
スネイプはそっと、ルーピンの両肩に触る。
顔を上げるルーピンに、スネイプは顔を近づけてゆく。ルーピンはそれを手で止め、ニッコリ笑う。
「眠りの呪文はなしにしてね?」
「……お見通し、なのだな」
苦笑するスネイプにルーピンは再び抱きついた。
「ねえ、僕のこと、嫌い?」
とくんと、ルーピンの耳元で、スネイプの鼓動が跳ねた。
セブルスは、小さくてかわいいものが好き、幸いなことに、自分は小柄で、見かけだけはかわいい。
顔を上げ、微笑むと、セブルスはどぎまぎ、そんな顔をしながら目をそらす。ますます強く抱きついて、甘えた声で話しかける。
「嫌いじゃなかったら……ぎゅってして」
「ぎゅ?」
目を閉じルーピンは目元を心持ち桜色に染め、小さな声で呟いた。

ぎゅって、抱きしめて欲しい。

耳の下のセブルスの鼓動がますます早くなる。
ふうと、彼は深く息を吐き出し、こちらの肩を掴んでくる。
顔を上げじっとセブルスを見つめると、彼は微かに頷いたように見えた。
ふと、ルーピンはそのとき見つけてしまった。
セブルスのローブ。エンブレムが、尾を巻く蛇ではなく、駆ける獅子になっている。獅子は、グリフィンドールの寮章だ。
とっさにルーピンは目の前の男に抱きつき、表情を隠した。

ジェームズ?いや、シリウス?

二人のどっちかが、ポリジュースを使ってセブルスに化けている?
もし、セブルスが自分より先に二人に捕まったとして、何らかの共同戦線を張ったとしたら?

考え難いけど、ありえなくはない。

自分だってピーターと暫く一緒だった。
シリウスは何が何でも、自分を『もとのルーピン』に、セブルスに興味のなかった頃のルーピンに戻したいと思っている。
ジェームズは、暫く使い物にならないはずのシリウスを操って、自分にぶつけて、その隙に―?
一瞬の間に思いつきを巡らせたルーピン。
ルーピンは微笑みながら、目の前のスネイプと体勢を入れ替えた。自分がドアを背にして立った。スネイプを見つめる振りをして、彼の背後を見やる。
座席の影に引っ込んだ頭が一つ。
一人?誰だ?それに、ほかの皆はどこに……。
考えながらスネイプの首に手を回すと、彼は動揺した。

シリウスだ、このセブルスはシリウスだ。

おずおずと体に回される手にルーピンは思った。
そのまま暫く様子を伺うと、男が姿を現した。

シリウス。

シリウスの姿をした、セブルスだろうか?

彼はゆっくりとスリザリン席、個人用の荷物置き場へ歩みを進める。懐から金の鍵を取り出し、現れた壁の鍵穴にすっと差し込んだ。

かちり。

留め金の外れる音が響く。

その瞬間、ルーピンは目の前の男の腕からすり抜け、向こう脛を蹴った。しゃがみこみ、ううと相手が呻く。
そのまま階段を一気に駆け下りた。背後のセブルスが持ち直し、ルーピンと叫ぶまでの間にシリウスの背後に駆け寄った。

「セブルス!」

ぎょっと、肩を震わせるシリウスに向かいルーピンは叫ぶ。
勢いつけて彼に抱きつき、足を引っ掛けて体勢を崩す。
そうしてから引っ張ると、シリウスのセブルスは自分の力でも引っ張れる。ルーピンは目の前のシリウスを引っ張って、準備室に連れ込もうとした。だが、すぐに腕を引き返され、抱えあげられた。

何かが変だと予感が走った。

でも、気が付いたときは手遅れだった。

「おまえ、相当疲れてるじゃないか」
髪を触りシリウスは咎めるように言った。
「シリウス……?」
尾を巻く蛇のローブを着たシリウスが、がっちりと自分を担ぎあげる。
すっと、階段上のドアが開き、手に杖を持ったジェームズが現れた。その後からおずおずと、ピーターが顔を出す。
「どうしたの、大丈夫?」
足を擦るセブルスにジェームズは話しかける。
セブルスはなんでもないと呟き、足早に、鍵がささったままの荷物棚へ、そして、中から試験管と、青い小さな容器を取り出し、こちらに近づいてきた。
「解毒剤だ」
「……え?」
シリウスに容器を渡しながらセブルス。
「この私が何の備えもなく事に当たるわけがあるまい」
「……こいつ、あるならとっとと出せよ」
スネイプはふんと小さく鼻を鳴らした。
「これは塗り薬だ。風邪薬と同じ要領で、皮膚面積の広いところに塗れ」
「なんで……セブルスは……僕が、嫌い……なの?」
うるっと瞳を潤ませたルーピンに、スネイプ、シリウスは息を呑んだ。
ルーピンが泣きそうだ……。
「……ルーピン」
スネイプは胃の辺りを押さえながら諭すように呟いた。
「おまえは、一時的な錯覚に陥っている。私は、ポッターに、恋薬を盛ろうとして……失敗した。効くはずのないお前やペティグリューに効いてしまった……」

心を弄ぶことになってしまい、すまないと思っている。

「そんなこと、きっかけはどうあれ、僕は今、セブルスが好きなんだよ」
手を伸ばすルーピン。指先がスネイプに届く前に、シリウスは移動を始める。
「セブルス!!……」
「……」
「ジェームズ、後は任せた」
短く鋭くシリウスは告げた。
「……ああ」
「セブルス!」
シリウスは、スネイプを呼ぶルーピンをしっかり担ぎ上げ、準備室に消えた。
がちゃりと、鍵の掛かる音を残して。


「やっぱり、解毒剤、持ってたんだね……」
名残惜しそうにルーピンを見つめるスネイプに、努めて明るくジェームズは言った。
「さ、早く、他の皆の分も作ろう。あんまり長い間、足止はできないから……」
「?足止め」
ジェームズの言葉にスネイプは顔を向ける。
額に汗をかきながらジェームズはにっこり笑った。

ピーターが心配だったジェームズは、こっそり彼の後を追った。そして、ピンク色の目をしたスリザリン生たちに追い掛け回されている彼を見つけ飛び出した。

「ここに君がいるの、ばれてたよ」
ピーターを伴って地下牢教室に向かったジェームズは、行く先々で遭遇する恋薬の犠牲者たちを、あるものは惑わせ、あるものは眠らせ、またあるものはウソの情報で攪乱し遠ざけた。だめ押しで地下牢教室に近づけないように結界を張ったが、破られるのは時間の問題だ。
そんなに長く空間閉鎖の魔法を維持できない。
体から力が抜けていくのが分かる。
変な汗をかきながらもジェームズはそれには触れず、杖を振るう。いつものスネイプの席に、大鍋を据える。薪を呼び寄せ、火を起こし、準備を整える。
「一気にカタをつけよう?作戦は俺が考えるよ。皆を集めて一気に解毒する。それでいいかな?」
「……ああ、それでかまわない」
スネイプはジェームズと準備室のドアの間に瞳をめぐらせる。
だからジェームズの目が一瞬つりあがったのを見逃した。
ピーターだけはしっかり見てしまい、呼吸を早くした。
「これ以上、他のどんな奴にも君が追いかけまわされるのは不愉快だからね」
にっこり笑う、ジェームズの顔を、ピーターは怖いと思った。
スネイプは一瞬、ジェームズの目の中に桃色のひらめきを見たような気がして瞳を覗き込んだ。
「何?」
「……いや」
気のせいだった。
ピーターから恋薬と匙を受け取り、スネイプは、鍋に全部を入れた、匙を差そうとして彼はあっと、叫んだ。
「……欠けている」
「ぼ、僕ちゃんと気をつけて持ってきたよ!!」
ピーターがおびえたように訴える。
欠け口から見て、少し時間が経っている。閃くのもがあった。
スネイプは無言で教卓により、チョークの音を響かせ黒板に何かを書き出した。C、PH、O、化学式が並ぶ。
「……これか……」
こつんとスネイプは一箇所を叩き、ため息を付いた。
「説明、してくれる?」
「トネリコは、素直で繊細な材料だ。周りの状態に素直になじむ、つなぎとしてはうってつけの触媒だ―」
「つまり、恋薬を作っている時に何らかの事情でトネリコのエキスが混じって、薬の効果が強くなった……ってこと?」
ジェームズの言葉に、スネイプは頷き、八日前、恋薬を作った時の様子を思い浮かべる。

そういえば、あまりの悔しさに、力が入ったような、そうでないような……。

鍋の中、匙を入れ、薬をつぶす。
ふわり細かい木片が浮かんできて、スネイプは座り込みそうになった。

なんと言うことだ、あまりの怒りに平常心を失うとは……。
平常心を失って薬の出来を左右されてしまうとは……。
あってはならない失敗だった。
歯軋りしながら鍋をかき回すスネイプを、ピーターはジェームズに掴まりながら眺めていた。

がしゃん!

突如、隣の準備室から人の争う物音が轟いた。
「ジェームズ」
「大丈夫、ルーピンはシリウスに任せておけば」
机に腰掛けながら、額の汗をぬぐい、ネクタイを緩め、少ししんどそうに、ジェームズはピーターに言った。


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