◎ Batuichi end ◎
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ルビウス・ショー。 魔法薬学担当教官にして、スリザリン寮監。 通称気分屋・ショー。 まっすぐ伸びた黒髪を鎖骨のところで切りそろえ、今日は銀のクリップでひとつに留めている。いつもは髪と同じ色の袖幅広のスリーピース・ローブを纏っているが今は一重の紗の膝丈ローブ。その下に角襟の白の袖なしベストをつけている。ベストの丈は引きずるほど長くローブの裾から覗いている。 いつもは欠かさない化粧やきれいに彼の爪を彩るマニキュアや大きな色石のついた指輪が今日はない。 寝不足を物語る充血した瞳。目の下にはうっすらと隈……。低血圧の人にありがちな、どこかぼんやりとした目には今にも爆発しそうな不機嫌さが窺える。 最悪だ。 シリウスはショーの顔を見て思った。 私語には寛大だが授業の妨害を何より嫌い自分で課題をこなさない生徒には容赦のない居残り課題を科すこの先生は、機嫌がいいときは比較的公平な判断を下してくれるが、そうでないときは困りものだった。 気分屋・ショーは機嫌が悪いと生徒に八つ当たりをする……おとなげないところがあった。 しんと食堂内が静まり返る。 彼の目に止まり、とばっちりを食うのはたまらないと、皆息を潜めおとなしくしている。 「おはようございます。ショー先生」 固まるシリウスやほかの生徒の前で、スネイプだけは優雅に挨拶をする。 「……おはようセブルス・スネイプ。おはようシリウス・ブラック」 「……おはようございます」 シリウスは幾分硬い声で挨拶をする。 「そのまま!そのまま動かずいたまえ」 振り上げた拳を下ろそうとしたシリウスたちにショーは鋭く言い放ち、ふう、と大きくため息をついてあたりを見渡した。 土曜の朝。 五年生以上の生徒と先生方には週末と休日は規定よりも遅い時間に朝食をとることが許されている。 いつも教師陣が座る席には誰一人姿がない。 声をかけた手前ショーは事態を収拾しなくてはならなくなった。 面倒くさい。 その顔にはありありと不機嫌の三文字が浮かんでいた。 「今は何時かね?」 体からとげとげしいオーラを出しながらショーは二人に問う。 「七時半です」 微笑み言い放つスネイプの前でショーは、この世のものとは思えない、重い、重いため息をついた。 「七時半……朝の七時半。今日はとてもいい天気だ。さしずめ絶好のホグズミート日和ともいえる晴天の朝に、君たちは一体何をしているのかね?」 「……それは」 「言い訳は無用、ケンカ、いざござ、君たちのその振りあがった腕が何より物語っている」 いらいらと指を動かすショーに、一荒れ来るぞと皆が思っているとき、当のショーはふと、床に散らばる薔薇に気がついた。 「……これは」 しゃがみこみ、壊れた花弁をショーは震える手で取り上げる。 「チョコの花だ……」 「はい先生。チョコの花を咲かせる薔薇です」 拳を振り上げたままのスネイプが声だけ正し言う。 「これをどこで……?」 「私が作りました」 「君が!?」 ショーは興味を惹かれたようだった。 不機嫌に沈んだ顔がにわかに華やぐ。 この先生の趣味は新しいお菓子作りだ。 それは珍しいお菓子には目がないということだ……。 チョコの花の咲く薔薇などという、滅多にないものを無視できるはずがなかった。 一瞬にして不機嫌を忘れたショーは掴みあう二人に離れるよう言い、スネイプにどうやってこの薔薇を作ったのか―花を特殊な薬品につけるのか―などを質問していた。 「特別に調合した土に植え育てると、配合した成分が浸透してチョコになります」 「……そうか、その手があったか……」 ショーはいたく感動し、スネイプにいとしいものを愛でるまなざしを向ける。 スネイプはまっすぐショーを見上げ、照れくさそうに目を細めた。 共通の趣味を持つもの同士が交わす(スネイプにお菓子作りの趣味があるかは分からないが)融和と好感と少しの尊敬を含んだ視線が二人の間で交わされている。 ショーの中でスネイプの評価が急上昇している。 「……」 シリウスは視線をはずし、気をつけの姿勢のまま、退屈そうにスネイプ達の会話を、聞くとはなしに聞かされていた。 一株から増やした薔薇がようやく量産できるまでに増えたこと。気候がよかったせいで、今朝はとても良い出来であったこと。 「近来まれに見る傑作でした……。これはぜひ友人たちにも振舞うべきだと考えました」 そういいスネイプは幾分悲痛な表情で目を伏せる。 ルーピンに薔薇をあげようとしたこと、大事な薔薇をシリウスに振り払われ我を忘れ殴り合いをしそうになったこと、スネイプは切々とショーに語った。 ショーはいちいちうなずいて時折シリウスを見やり、首を傾げる。 シリウスは声がでかくて体も大きいから『乱暴』『喧嘩っ早い』と誤解され易いが確たる理由もなしに人に当たることはしないとルビウス・ショーも知っていた。 スネイプが『おのれポッター』と叫びながら怪しげな薬を煎じていたことはジェームズたちしか知らない。 端から見ればシリウスが一方的にスネイプにいちゃもんをつけたようにしか見えなかった。 ショーはシリウスに何故そんなことをしたのかと訊ねた。 その問いに、シリウスは得体の知れないものを友達に食べて欲しくなかったから、と答えた。 「ひどい侮辱だ」 スネイプはきつい視線でシリウスをにらみつける。 「落ち着きたまえスネイプ君」 ショーはスネイプを宥め、次いで食堂中の生徒に聞かせるように良く響く声で言い放った。 「新しいお菓子が広まる前は得てしてこういう言われ方をされるものだ。ピンク色のくもの巣キャンディーが出たときは着色料の人体への影響が、おまけをお菓子本体で包んだ時は食中の安全性が問われた。安全でおいしい。見ても楽しい。それは製作者が一番分かっているが、他者に分かってもらうには時間がかかる」 だが、手っ取り早い方法がないわけではない。 「スネイプ君。私にも君の傑作をひとつ分けてもらえないだろうか?」 その言葉に、スネイプは少し緊張した面持ちでショーを見やり突然勲章授与を言い渡された学者のように息を呑んだ。 「光栄です。ルビウス・ショー」 口元を押さえ感嘆のため息を漏らすスネイプ。 ルビウス・ショーはスネイプ憧れの人。 最近知ったことだがこの先生は『新しいお菓子作りコンテスト』セミプロの部で三年連続金メダルを獲得している。 そんな人から作品を味見させてくれと言われ、スネイプは感極まったようだ。 くせなのか、自分の背後に手を伸ばし、取り巻きがいないことに気づくと、薔薇を抱えたルーピンへ手を伸べた。 「すまぬな、薔薇をこちらへ」 「……」 ルーピンから薔薇を受け取るとスネイプは赤いリボンの方から一輪抜いて、摘める程度の長さに茎をもぎ取ると花塊を恭しく差し出した。 「チョコはビターです」 「……では」 差し出された薔薇の、綻びかけた蕾をショーは恭しく押し頂く。 食堂内の生徒の視線がいっせいに注がれる。 「……おいしい」 すばらしいお菓子だとショーはスネイプを絶賛する。 スネイプは震える手で今度は深緑のリボンから花を抜き同じようにして渡す。 「これはミルクスイートだね……少しミルクの風味が強いが下手な市販品よりもおいしい」 尊敬する先生から『おいしい』との言葉を貰いスネイプはとても嬉しそうだった。 ショーはスネイプの手からもう一輪薔薇を貰うとすっとシリウスに差し出した。 「さあ、ブラック君」 「は?」 「いただきたまえ」 「……」 発せられたショーの言葉にシリウスは目を見開いた。 「『得体の知れないもの』でないことはこの私が保証しよう。とても美味なるチョコレートだ。スネイプ君の丹精の成果をありがたく頂きたまえ。そうして誤解を解きたまえ」 「……」 「さっきは私も大人気なかった。苦労して作った薔薇をけなされ我を忘れてしまった……だがもういい。考えてみればブラック、貴様の言い分も尤もだ。……朝摘みの薔薇を味わってくれ。ルーピンも、ペティグリューも……皆にやろう」 追い討ちをかけるようにスネイプは告げると、さあ、好きな花を抜けとルーピン、ピーター、そして少し躊躇してジェームズへと順々に花束を差し出した。 赤いリボンと深緑のリボン。ビターとミルクスイートを一種類ずつ取らせる。 みずみずしい緑色の茎。花束に手を入れると、朝露だろうか?茎の間はしっとりと濡れている。指先に水滴がつく。それも甘いチョコの匂いがした。 普通の植物の茎と違ってこの花のものは手のひらによく馴染む。感触が気持ち良い。 くるくると手の中で茎を回すジェームズにスネイプはこれもやろうと、蕾を差し出してきた。 「特別製なのか……な?」 これは君の恨みのたけがぎっしり詰まった蕾なのか? 暗に込めたジェームズの言葉にスネイプは何の反応も見せなかった。ただ、シリウスの胡散臭げな視線に気づくと、ジェームズに差し出した蕾をもぎ取り自らの口に運んだ。 味わうように口の中で転がし、ごくんと飲み下すとスネイプは新たな蕾をさしだす。 「……」 茎の上のほうをつまみ指先で花を差し出すスネイプの手にわざと触るようにしてジェームズは花を受け取った。 どの花の茎も霧を吹きかけたようにじわり濡れている。 指先や手につく茎の水気が気持ち悪くてジェームズは何度もローブでぬぐった。 見るとルーピンのローブの袖口が色の変わるほど湿っている。 長い時間花束を持っていたからだろう。皮膚に張り付く感触が気持ち悪いのかルーピンはその部分を抓みいじっていた。 ショーの音頭で四人は同時に薔薇を口にした。 そうしなければならない雰囲気だった。 新しいお菓子の普及に努めるべく、自ら食して見せたショーの視線に逆らえなかった。 薔薇に何か仕込んであるなら先生に影響がある。スネイプも何らかの動揺を見せるはずだ。でもそのどちらも見られなかった。 それが、四人が薔薇を口にできた理由だった。 そうでなければ意地でもスネイプの菓子など口にしなかったろう。 シリウスなどはよほど嫌だったんだろう。 ほとんど丸呑みに近い状態でチョコを食べていた。 ピーターもそれに習い味わう暇なくばりばり噛み砕き飲み込んでいた。 ルーピンはシリウスの心配そうな視線を浴びながら一枚一枚花びらをちぎり味わっていた。 おいしいと漏らした声にスネイプとショーは満足げな微笑を浮かべていた。 ジェームズは口に放り込んだチョコが融けるさまを楽しむ。 確かにうまい。 だが、かすかに青臭い。 何か仕込んであるというより、ところどころチョコになりきっていない感じだ。 視線を感じて目を向けるとスネイプが蕾の薔薇に口付けていた。閉じた蕾も味わいたいと申し出るショーに彼はイミありげにこちらを見やり、ほころばない蕾の中にはチョコへの変化が未熟なものが混じることがありますと語っていた。 やられた……いじわるされた……。 なんでいつも俺だけ……。 ジェームズはチョコを飲み込みながら少しブルーになった。 もしかしてこれが復讐か? そんなわけないか―。 スネイプが、こんな簡単な意地悪で復讐を終わらせるわけがない。 彼は自分が三の力で殴られたら、きっちり三の力で殴り返すタイプだ。何故か自分、ジェームズ・ポッターに対してはサービスがよく、おまけをつけて返してくれるが、妙に律儀なところがある。 視線をスネイプに向けると、彼はびくりと肩を震わせ、心持ショーの後ろに隠れた。それを恥じるように、ショーの影から出、視線をきつくしてこちらをねめつける。 おのれポッターとその顔が威嚇に歪む。それはさながら悪夢にうなされ飛び起きたインコが体中の羽を逆立てた様にどこか似ていた。 かわいい。 こみ上げてくる笑いをこらえる。スネイプはそれが気に入らないらしく、さらに眦をきつくし、歯を剥き出しにしてこちらを睨む。 「こんなにおいしい物を一部の者だけで独占するのは誠に残念なことだ。どうだろうスネイプ君。皆に一片ずつご馳走してみる気はないかね?」 四人が花を食べ終わるのを待っていたかのようにショーはスネイプに告げた。 「残念ながら皆にふるまうだけの花が……」 スネイプは自分からショーに視線を戻し、困ったように眉根を寄せた。 花がないとスネイプは言ったがショーは微笑みながら味見なのだから花びら二・三枚で良いだろうといった。 スネイプのチョコがよほど気に入ったらしい。 少し慌てるスネイプの隣でショーは勝手に味見希望者を募り始めた。 スリザリン、レイブンクロー、ハッフルパフ、グリフィンドール各寮から幾人かが名乗りを上げスネイプの薔薇に舌鼓を打っていた。 |
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