◎ Batuichi end ◎
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その日、セブルス・スネイプはいつものように上機嫌だった。 食堂大広間手前の廊下にある鏡を覗きこみ綺麗に整えた黒髪をすいっとかきあげる。 艶々の黒い髪にはキューティクルが輝いている。 俗に言う天使の輪と言うやつだ。肩までの長さに切りそろえた髪が毛先だけ内巻きになっていることを確認すると、スネイプはそれがふんわり顔にかかるように整える。そしてふっと唇をほころばせた。 「……」 ジェームズは食堂の自分の席からそれを眺め僅かに口角を引き上げる。 スネイプは右、左と首を捻り、丁寧にチェックをしている。 シャツの襟を正し、少し神経質にネクタイを整え、差し出された羽箒でローブの肩をぱっぱと払う。 黒い瞳を細めスネイプは、信奉者なら間違いなくうっとりと見とれるようなすてきな微笑を一瞬だけ鏡の中の自分に向けた。 『今日も私は完璧だ』 スネイプの仕草に台詞をつけジェームズは唇だけ動かし呟く。 「……」 こぶしを握り、笑を堪えるジェームズの隣で、ピーターはスクランブルエッグにさしたフォークを止め不思議そうな顔をする。 誰も気がついていないことだがこの席からは外の様子がよく見える。 毎朝の恒例、己の姿を鏡に映し悦に入るスネイプをジェームズは密かに楽しみにしていた。 いつも、横柄な―人を見下すような貴族的な態度。 独特の物言いで、信奉者と同じくらい敵も多そうなスネイプが、ああやって身だしなみに気を配っている。 妙にかわいらしかった。 セブルス・スネイプは仕草がとってもかわい子ちゃんだ……。 ジェームズはカップを口へやり、すっかり温くなった紅茶を飲み干す。 ピーターが怪訝な顔で自分を見続けているが、この席でいちいち『スネイプが〜』などと説明するつもりはなかった。 何しろここにはスネイプの名前を出しただけで途端に機嫌の悪くなるヤツがいる。 「どうした?」 噂をすればなんとやらで、シリウスがピーターに目を留める。 「なんかあったか?」 ピーターの正面、ジェームズの斜め右に座るシリウスは、隣のルーピンの皿にどっさりベーコンを入れる手を止め訊ねた。 「う……ううん。なんでもなかった……」 ピーターはちらりとジェームズを伺い、スクランブルエッグを頬張る。 「……」 本当になんでもないか?と視線で訊ねるシリウスの横でルーピンは勝手に入れられた山盛りベーコンをこっそり彼の皿に戻している。 ふとルーピンは視線を上げる。 ピーターの口の端に半熟玉子のかすがついている。 自分の口の端を指で指しルーピンはピーターに告げる。 指で拭おうとするピーターを制止し、ルーピンはナプキンを取って口元を拭いてやる。 シリウスが『うらやましい』という目でピーターを眺め、次いで咎める様な目でルーピンを見やる。 「……」 ルーピンはシリウスの視線を無視し、ピーターにこしょうを取ってと頼む。こしょうのミルを受け取り、皿に視線を戻した彼は、返したはずのベーコンがレタスを連れて戻ってきたのを見つけた。 「シリウス……」 「半分。半分食ったら残してもいい」 「……ああ〜」 ルーピンは小さくため息をつくとシリウスを見やる。 こんなに食べられないと目で訴えている。 シリウスはルーピンを見つめる。年の離れた親代わりの兄が小さな弟にするように『食べなさい』と言っているようだ。 ルーピンもシリウスを見つめる。小さな弟が年嵩の兄に『ムリだよこんなに食べられないよ』と訴えるようだ。 視線が合わさったまま彼らは暫く、固まったように動かなかった。無言の応酬。お互いの意図を視線に乗せての戦い。 やがてシリウスが顔を赤くして視線を外す。 そしてかろうじて聞こえるかどうかの声で、半分の半分だけでいいからがんばってくれよと呟く。ルーピンはそれならがんばるよと、皿に向き直り、ため息とともにベーコンを口におしこむ。 「……」 いつもの朝。 放っておくとトースト一枚で一日を過ごすような、驚くほど食の細いルーピンに、なんとか人並み近くは食べてもらおうと彼の皿にせっせと食料を放り込むシリウス。 食の細い者にとってそれは拷問に等しい行為だが、ルーピンはシリウスの気持ちを少なからずありがたく思っている。 いやなことは断固いやだと主張するルーピンがこの件に関しては文句らしい文句も言わずおとなしく口を動かす。 自分でもさすがに一日トースト一枚はまずいと思ってるんだよね……。 頭では食事量を増やしたほうがいいと分かっている。でも、胃はついていかない。だから食べない。でも体のためには食べなきゃいけない。胃袋は食事量を増やさないと大きくならないからこういう時シリウスのようなお節介にせっついてもらい無理やりにでも食べるようにしむけてもらったほうがいい……。 シリウスには内緒だけどと前置きしてルーピンは言っていた。 少し咳き込むようにしてルーピンは口を覆った手の向こうで小さくげっぷする。そしてシリウスに皿を差し出す。四分の一は食べたから後は引き取ってくれと、少し涙目になって。 シリウスはよく食べたとにっこり笑い、皿を受け取る反対の手でフルーツの乗った小鉢を差し出す。 そんなシリウスに、ルーピンはもうだめだと首を振る。 ピーターが、無理強いはやめたほうが……、ルーピンが可哀想だよと諌めるが、鋭い一瞥で却下され身を竦ませる。 「……」 ジェームズの目の前で繰り広げられているのは、いつもの朝の光景だった。 ただ、違うのは、いつもはとっくに食事のテーブルに着いて朝の乾杯をするスネイプとその取り巻きたちが、まだ自分たちの視界を横切らないということ。 ルーピンがスネイプの怪しい行動を目撃し、シリウス、ピーターたちと厳重な『ジェームズ・ガード作戦』を敢行してから八日目・土曜日のことだった。 かつん。 朝食の喧騒を割るようにして靴音が響いた。 見ると、スネイプが入り口に立ち、ぐるりと食堂内を見渡していた。 それ自体はいつもと変わらないことだ。 いつもと違っていたのは、彼の手にセピア色の薔薇の花束が握られていること。 それは不思議な薔薇だった。 みずみずしい緑色の茎にセピア色の花塊がついている。 深緑のリボンで束ねられた大輪の薔薇、綻びかけの蕾の束。 すぐ後ろのスリザリン生から同じような花束―リボンは赤だ―をもう一束受け取ると、スネイプは靴音を響かせ歩き出す。その後を数十人のスリザリン寮生が音もなく付き従う。 「今日も大勢のお供つきだな」 シリウスの言葉にうん、うんとピーターは頷く。 「アイツは一体、いつになったら迷わず独りで食堂に来られるようになるんだろうな〜」 お供たちが二手に別れスリザリンのそれぞれ決められた席につくのをシリウスは苦いものを飲んだような顔で眺める。 「きこえるよ……」 見え見えの悪態をついたシリウスの横でカットフルーツを食べ終わったルーピン。 その鼻に、ふっ……と甘い匂いが届いた。 「?」 甘くて香ばしい香り……。 チョコレート? その香りにルーピンが振り返ると、真っ直ぐこちらに向かい歩いてくるスネイプと目が合った。 「……」 目が合うとスネイプはにっこり微笑んだ……。 「……ジェームズ」 「ん?」 視線を向けたジェームズの前で、ルーピンは心持青ざめた顔をしていた。 「今スネイプに微笑まれた……」 「何!?」 鋭く叫び、シリウスは夜色の瞳を吊り上げ背後を振り仰いだ。 「……」 スネイプはルーピンとシリウスの間、手を伸ばせば届く距離で止まると、二つの花束を抱えなおし、シリウス、ピーター、眉間に皺を寄せ少し鼻息を荒くしてジェームズ、そしてルーピンを見渡した。 「よい天気だ」 スネイプは真っ直ぐルーピンを見つめもう一度微笑み、次いで『麗しい朝だ』と付け加えた。 「おはよう……スネイプ」 内心しどろもどろしつつルーピンはそれでも挨拶を返した。 隣のシリウスが立ち上がりかけたがルーピンは膝に手を置きそれを制した。 「先日まで体調不良で休んでいたそうだが……もういいのか?」 この前の満月の週、五日間いなかったことを言っているんだと気付きルーピンは背筋に冷たいものが降りるのを感じた。 「うん。まあいつものことだよ」 何の意図があって彼はそのことを聞く? まさか、ジェームズたちに気がつかれたようにスネイプも自分の秘密をかぎつけた……。 そんなハズはないと思いつつも、その考えが頭を過りルーピンは言葉に詰まった。 「リーマスの具合が悪くないとおまえが困ることでもあるのか?」 横合いからシリウスがふんっと鼻息荒く言い放った。 「……」 無言でスネイプはシリウスを睨む。 まるでおまえに発言を許した覚えはないと言わんばかりの冷たい視線で。 「……『具合が悪くないと』とは?どういう意味だ?」 「言葉の綾だ。普段グリフィンドール寮生には見向きもしないスネイプさんがわざわざお声をかけて下さるなんて珍しいことだからな」 「……単なる機嫌窺いだ……それとも寮が違うならクラスメイトの心配をしてはならないと、お前は言うのか?」 「……胡散臭いんだよ」 「なんだと!?」 黒曜石の面のように艶のあるスネイプの瞳と、新月の夜空を思わせるシリウスの瞳がかち合い火花が飛んだ。 ピーターはテーブルから体を引き硬直している。 彼は怒っている人、大きい声がニガテだ。 体中からだらだらと見る間に変な汗をかき、彼は自分の右手で左手を掴み変なリズムで呼吸しはじめる。 パニックを起こしかけている。 ジェームズはピーターの背をぽんぽんと叩き、ゆっくり擦ってやる。そのかいあってピーターはすぐに落ち着いた。 「大丈夫か?」 「大事ないか?」 シリウスとスネイプは同時にピーターに話しかけ、顔を見合わせ同時にそっぽを向いた。そうしてすぐ、お互いの動向を探りあうように流し目をする。流しあった視線が又かちあうと、シリウスは堪えきれなくなったように勢いよく立ち上がった。真正面から目線二つ分ほど高いスネイプの顔を抉るように見上げる。 そんな彼をスネイプはさげすむように細めた目で見据える。 「あの、スネイプ……僕に何か用?」 ルーピンは二人の間に割って入るように、スネイプに訊ねた。 この二人は些細なことで一触即発に陥る……。 スネイプはシリウスが嫌い。 シリウスもスネイプが大嫌い……。 二人がケンカするのはかまわないけれど、これはどう見ても『アクション』だ。 スネイプがとうとう動き出した!と思える出来事……。 ルーピンがそう考えているとテーブル越しのジェームズも同じことを思っていたんだろう。眼鏡の奥で静かに瞳を輝かせる。 ピーターに水を飲ませながら無言で模様眺めをしている。 さあ、このあとどう来る? その目は言っていた。 「そうだった……目的を忘れるところだった……」 ルーピンに向き合ったスネイプは気を取り直すようにふいっと微笑み、手にした花束からセピア色の薔薇を一本抜いた。 「珍しいものをやろう……」 快気祝いだと付け加えスネイプはルーピンに花を一輪差し出した。 薔薇の形を模したチョコ……。 甘い香り、このチョコはミルクスイートだ。 セピア色の花弁は幾重にも巻きつき本物と遜色ない。 細工者の技の高さを物語っている逸品だ。 「すごい細工だね」 言ったらスネイプはゆっくり首をふった。 「これは世界にただ一つ、チョコの花を咲かせる薔薇だ」 チョコの花を咲かせる? ルーピンは差し出された花を眺める。 花は確かに緑の顎からじかに生えているように見えた。 「遠慮はいらん、さあ、受け取れ」 「……」 シリウスがスネイプをきつい視線で見据えている。 ルーピンは物珍しさに意識を持っていかれ、それに注意を払わなかった。 「……ありがとう」 思わず受け取り花弁に顔を近付ける。 チョコの匂いだ。 胸の奥をくすぐるような甘く切ない匂い。 スネイプはチョコの花を咲かせる薔薇といったけど、チョコ細工の薔薇を本物の薔薇の茎にくっつけたようにしか見えなかった。 一枚花びらを掴んで引っ張った。 軽い抵抗があって、ぷちんと一枚だけ顎から外る。 花びらを引きちぎった感触だった。切り口からはうっすら蜜のようなものが浮いてきている。 チョコレート。 スネイプの言葉の通りチョコの花が咲いている本物の薔薇だ。 「……」 掴んだ花びらが体温で融け始める。 甘い香り、とても美味しそう。 お腹が一杯なのも忘れルーピンは摘んだ花びらを口に持って行った。 「珍しいチョコだな……」 そんなルーピンの手を覆い溶けかけのチョコを掴み取ると、シリウスは真っ直ぐ、挑むような強い視線でスネイプを見据えた。 「俺にもくれよ」 「なに?」 スネイプは首をかしげ聞き返した。 「その花、俺にもくれよ」 もう一度繰り返し、シリウスはスネイプを見据えた。 ルーピンはかすかに眉を顰めたがすぐにシリウスの意図に気づいたようだ。 「……」 もし、スネイプが今、ルーピンに渡した薔薇に何か仕込んであるなら、シリウスのこのセリフは絶好のチャンスだろう。 ジェームズは、シリウスとスネイプ、二人の間に挟まるようにして立っているルーピンを眺めつつ思った。 エサをまいたかシリウス? スネイプがターゲットを自分からルーピンに変更したとは考えられない。ならばルーピンはとっかかりだ。 ルーピン贔屓のシリウスの前で彼にちょっかいをだせば、シリウスはかならず出張ってくる。スネイプはそこをついて何か仕掛けてくるつもりなのかもしれない。 シリウスはそれを承知でさっきの小競り合いを仕掛けたんだろうか? そうならたいしたものだ。スネイプが仕掛け易い環境をわざわざ作ってやった……でも、このあとどうするつもりだ? 仕掛ける気まんまんのスネイプが喜び勇んで薔薇を差し出してきたら? それは確かに『この薔薇には何かあるぞ』といっているように見えなくもないが……。 そこまで考えてジェームズは自分たちの周囲を見回した。 こっそりテーブルに近づいてくる不審者や何かの液体を持った妖精、使い魔の類は見当たらなかった。 薔薇はおとりじゃないってことか?……。 薔薇を持ったスネイプが自分達をひきつけている間に、こっそり誰かが近づいてきて料理や飲み物に薬を盛る、そう言うことではなさそうだ。 スリザリン席では、スネイプにケンカを吹っかけるシリウスに冷たい視線を投げている者達がいるが不自然な空席は見受けられない。 レイブンクローの寮生達はまた二人が小競り合いをはじめたと今更のように眉をひそめつつも物見高い視線を向けてくる。 ハッフルパフでは賭けが始まったようだ。 コインを入れる空き缶がテーブルの下を回っている。 ジェームズは視線をスネイプたちに戻す。 シリウスがルーピンを脇に押し退け、庇うようにしてスネイプの真正面にいる。 「……」 スネイプは切れ長の目を少し大きくし、かすかに微笑む。 我が意を得たりという顔だった。 「朝摘みの薔薇だ」 呟くように言い放ちスネイプは両手にかかえた花束に顔を埋める。 「朝摘みの薔薇は花弁が柔らかい。香りも高く、なにより美味だ」 一輪、今度は赤いリボンの方から一輪抜いて、スネイプはシリウスへ差し出す。 「……」 眉間にかすかに皺を寄せながらも手を近づけたシリウス。 スネイプは手首を翻し、シリウスが茎を掴む前に自分の方に薔薇を向けると、がぶ!花弁に噛み付いた。 ホロ苦いチョコの香りと、スネイプがそれを食むぱりぱりという音が周囲に広がった。 「誰が貴様なんかにくれてやるか」 はき捨てるようにいい、齧った薔薇をシリウスにむけスネイプはふふんと鼻で笑った。 「……こ……っちだってそんな得体の知れねーモンほしかねーよ!」 「ふん、無理をするな、欲しければ両手をだして『下さい』とお願いしてみろ、そうすれば花びら一枚位はくれてやる」 挑発するようにスネイプは束から何本か花を抜き、ずいっとシリウスに近づけ小ばかにしたように笑った。 「……」 「そうか、いらないか……」 無言できつい視線を向けるシリウスにスネイプはにやり笑う。 「ではこれも、ルーピン。おまえにや―」 言い終わる前に、スネイプの手から薔薇が飛んだ。 ルーピンに差し出された花をシリウスが無言で叩き落とした。 「……貴様……」 スネイプは押し殺した声を漏らし、シリウスを睨む。 払いのけられた薔薇が、チョコの花弁が床に散って割れる。 無残な姿にスネイプは許さん!と叫び、持っていた花束を押し付けるようにルーピンに持たせ、シリウスの胸倉を掴んで引き寄せた。 「……」 「……、……」 シリウスもスネイプの胸倉を掴む。 二人はにらみ合いながら顔を近づけていく。 鼻先を近づけて、噛みかからんばかりの勢いでメンチを切る。 すっと二人は同時に顔を離し、一緒に拳を振り上げ相手を殴りかけ手を止める。 「いい加減にしろブラック……」 「それは俺のセリフだスネイプ!」 いつもいつもリーマスにちょっかい出しやがって……。 「二人とも」 ジェームズが席を立ち声をかける。 「止めるなっジェームズ」 「引っ込んでろっポッター!」 二人は叫んだ。 「一体何の騒ぎかね?」 すぐ後ろでした声に二人は同時に顔を向けた。 「……」 そこには、どこか眠そうな顔をした、魔法薬学担当教官・ルビウス・ショーが腕組み立っていた。 |
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