◎ Batuichi end ◎
firstmiddle
end()()()()(3-2)()(4-2)()()()()()(10

ぽたTOPへ

「……」
信じられないものを見た。
「―」
くしゃくしゃと癖のついた、手入れの悪い黒い髪、髪と同じ色の黒い瞳……そして眼鏡……。
ジェームズ・ポッターが回る盆の上のコジーを外し、お茶をカップに注いでいる。
「ジ……ジェームズ・ポッター」
口をついて出た言葉に、奴は僅かに顎を上げ、こちらを見やった。
「……き……貴様!いつの間に!」
立ち上がりかけ、いきなり後ろに引っ張られた。
「動くな」
口を塞がれ押さえつけられる。
顔の下半分を覆う手に呼吸を制限された。相手の胸に頭を押さえつけられ、口の手をはずそうと動かした腕ごと締め付けられる。
「いいな?騒ぐなよ?」
声の主はシリウス・ブラックだ。
「……」
押し殺した声と、顔に食い込む指に、有無を言わぬ迫力があった。

頷くしかなかった。

口をふさいだ手が離されるが、体に回った手はそのままだった。片手が首に回り、ブラックはようやくこちらの体を離した。
「……」
ジェームズ・ポッターはその様子を眺めながら、カップ全部にお茶を注ぐと、ひとつをブラックへ向ける。
空を浮いたままカップがすべりやってくる。
ブラックはさんきゅうと呟くと、開いた手でカップをとる。
その間にポッターはゆっくりこちらに歩み寄り、両手に持ったカップを差し出してきた。
「お茶、入ったよ」
「……」
「……好きなほうをどうぞ」
「……」
うっすらと笑いながら奴は言った。
「……」
いつ見ても腹の底を覗かせない、とぼけた顔をしている。
一見誠実そうに見えるが、頬の辺りに漂う邪気は隠しようがない。いやな表情、寒気がする。
「……」
「スネイプ……」
名前を呼ばれると同時にそっぽを向いてやった。
首の、ブラックの手が咎めるように締め付けてくる。
「……っ」
「シリウスよせ……」
微かに呻いた私の声が聞こえたのか、ポッターは善人めかし言う。
「……」
「……」
黙る私を見つめるポッターの視線を、耳の辺りに暫く感じた。
奴は小さくため息をつくと、こちらの手を取り、少し冷めたカップを握らせてきた。その手を振り払って、なかみを奴の頭から注いでやろうかと思った。だがやめた。言いなりになるのは悔しいが、カップを持つと、ポッターは安堵のため息をついた。そして、奴は許しもしていないのに私の隣に腰掛けた。
予告なく首の手が外され、ブラックが、ポッターとは反対側に滑り込んできた。
二人は、私を挟んで座る。
男三人分の体重がかかり、スプリングが大きく沈む。
「……いい香りだ」
「本当に」
呟くブラックにポッターは本当に、と返す。
二人は、示し合わせたように同時にカップを口へ。
「このアールグレイ、うまいなっ。フレーバーティって、美味く淹れるの、結構難しいんだぜ」
俺が一番美味いと思うのはアッサムだけどなと、ブラックは付け足した。
「そうか、アッサムもいいけど、俺はこれをミルクティーにして飲むのが好きだな……」
一言多いブラックに、ポッターは笑いかけ、ストレートティーをもう一口。
「でも、これはストレートのままでもすごくおいしい。俺が淹れてもこんなにおいしくならないよ。何か、特別なワザとか、あるの?」
「……」
「……スネイプ……お茶冷めるよ?」
「……」
「君が淹れたお茶だ。大丈夫だよ飲みなよ」
「……」
「いらないってさっ」
投げるように言うブラックの言葉が、気持ちを代弁してくれた。
「飲んどいたほうがいいぞ」

これから、たくさん喋ってもらうんだからな。

ブラックが凄む。それでも反応しない私の手から、奴はカップをむしると、ぐーーと一気に飲み干した。
「アールグレイはやっぱりアイスティー向きだな……」
空のカップを向こうへ押しやり、さてと、とブラックは呟く。
そして前置きなく言い放った。
「解毒剤は?」
「……なんのことだ」
「とぼけるな。お前がルーピンやピーターや皆に盛った薬の解毒剤を出せって言ってるんだ」

シリウスは静かに告げる。


いつもなら、勢いつけて怒鳴る彼が、今日は恐ろしいほど静かだ。

「……」
ジェームズは、無表情のシリウスと、こちらに向けられたスネイプの後頭部を眺めつつ思った。

シリウスには、シリウスのやり方がある。

例えそれがどんなに突拍子も無いことに思えても、自分には分からない彼の考えがある……。

いや、カンと言うものか……?

神がかり的な神秘さでシリウスは不思議な行動をとる。

以前クィディッチの練習試合のとき、ビーターのシリウスが自分に向かって突っ込んで来たことがあった。
説明一切無く、腕を引っ張られその場から連れ出された。
何事かと思ったら、直後にゴールポストが降ってきた。

後で分かったことだが、それは、グリフィンドールの活躍をよく思わない一部の連中の仕業だった。

七年生クラスが使う巧妙な呪いが施されていて、先生方でも気が付かなかった代物だ。

どうして分かったんだと訊ねた自分に、シリウスは、ただ、あそこにいたら大怪我をする気がしたからと答えた。

根拠は無い。でも事実がある。

こいつのカンは当たることが多い。

今も、ルーピンよりも先にスネイプと対峙しているこの状況もそうだ。シリウスのカンの賜物。

作戦を立ててくれと依頼して、しばらく黙り込んでいたシリウスは、突然透明マントが必要だと言った。
寮に戻り、マントを持って、連れて行かれたのはスリザリン寮の前。
ここで待ってればスネイプは来るからと言われ、二人でマントを被って待つこと二時間強。
息せき切ってスネイプが現れた時はすごいと思った。

自分は、スネイプは寮には戻らないと考えていた。

寮に入れば簡単に手出だしをされないかわりに、身動きも取れなくなる。最終的にスネイプは、この事態が、これ以上大きくならないうちに収拾する―地下牢教室へ解毒剤を作りに行くだろうと思っていた。だから、身動きが取れなくなる事態は避けるだろうと。

シリウスはスネイプが寮に戻ってくるのが分かった。
その間に捕まってしまうことはないと確信していたようだ。

口早に合言葉を唱え、寮内へ消えるスネイプに続き、彼の部屋に入り、しばらく隠れていた。
相当怖い目にあったのか、戻ってきたスネイプは、髪はみだれ、背筋はまるまり、疲労の濃く浮かぶ顔をしていた。
疑問を連発する様子から、これが彼にとっても不測の事態だということが分かった。


「……」
スネイプはきっと顎をあげ、シリウスを睨んでいるようだ。そのまま手を伸ばし空のカップをつかむと底を一瞥し、こちらに差し出してきた。
「ポッター、茶だ!」
「……え」
「アイスティーがいい。グラスと氷は向こうのカーテンの陰にある」
「おまえ、今更ジェームズに茶、淹れろってか?」
あきれ声のシリウスを無視し、スネイプはこちらを見ずに続けた。
「氷は少なめ。砂糖とガムシロップの替わりに蜂蜜を小さじ一杯。クローバーがいい。それ以外はいらない」
「淹れてあげるのはかまわないけど、シリウスや俺の質問にも答えて欲しい。セブルス」
「?!」
スネイプは目を剥いてこちらを向いた。
「セブルスだと!?」
濡れたような光沢の黒い瞳、黒曜石を切り取ったような輝きの、切れ長の瞳がくっと吊り上がった。
鋭く突き刺してくるような視線で、スネイプは自分を睨む。
キューティクル艶々の黒い髪。乱れた髪が頬にかかって、どきりとする凄みがあった。
「誰がファースト・ネームを呼んでいいと言った! !」
「ルーピンにはセブルスって呼ばせてたじゃないか」
「なに?」
「どうしていつも俺だけだめなんだ?」
「?」
「なんで俺だけそんなに嫌うんだ?……俺は、君と仲良くしたいのに」
「ポッター?……今、なんと言った……?」
「俺は君と……あれ?」

俺は今……何を言ったんだ?

口を付いて出た言葉に自分自身驚いた。

「大丈夫かジェームズ?」
シリウスが、視線をきつくして訊ねてくる。
「……」
スネイプはいつもの、人を食ったような微笑を浮かべ、こちらを見つめてくる。瞳の中の怒りは微塵もない。好奇と、何かを期待するように目を輝かせている。
「もう一度言ってくれ」
「……」
「私と仲良くしたいのか?何故だ?」
囁かれ、眩暈がしそうだった。足元の感覚がなくなり、ふわふわ漂っている感じだ。喉が渇いて引きつれる。

『ポッター』とスネイプは触るように呼びかけてくる。
いつもは怒りと嫌悪の表情しか見せてくれない彼が、今は笑みを浮かべている。

きれいな顔に浮かぶ怜悧な笑み。
スネイプは優位を確信したらしい。
まるで値踏みをするように、思わぬ拾い物をした商人のように、にやり、笑った。
「……」
愛とか情とか恋とか、およそそれとは無縁の笑み。
こんなに冷たい微笑を向けられているのに、それを嬉しく思う自分がいる……。

俺にも……薬が……。

遅まきながら薬が効いてきたのかも知れない……。

舌の上にチョコの甘さが思い出され、涙が出そうに切なくなった。胸が疼く。熱をもって脹れていく感じがする。

笑みを浮かべながらスネイプは右手を出してくる。
手をとりキスしろ、ということらしい。
挑むような目で射すくめられる。胸が痛い。今すぐ彼の手に口付けないと、痛くて死んでしまう……。
「……」
両手を伸ばし、差し出された彼の手をとった。
スネイプは微笑み、目で口付けろと命じてくる。


firstmiddle
end()()()()(3-2)()(4-2)()()()()()(10

ぽたTOPへ