◎ Batuichi end ◎
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「……」 信じられないものを見た。 「―」 くしゃくしゃと癖のついた、手入れの悪い黒い髪、髪と同じ色の黒い瞳……そして眼鏡……。 ジェームズ・ポッターが回る盆の上のコジーを外し、お茶をカップに注いでいる。 「ジ……ジェームズ・ポッター」 口をついて出た言葉に、奴は僅かに顎を上げ、こちらを見やった。 「……き……貴様!いつの間に!」 立ち上がりかけ、いきなり後ろに引っ張られた。 「動くな」 口を塞がれ押さえつけられる。 顔の下半分を覆う手に呼吸を制限された。相手の胸に頭を押さえつけられ、口の手をはずそうと動かした腕ごと締め付けられる。 「いいな?騒ぐなよ?」 声の主はシリウス・ブラックだ。 「……」 押し殺した声と、顔に食い込む指に、有無を言わぬ迫力があった。 頷くしかなかった。 口をふさいだ手が離されるが、体に回った手はそのままだった。片手が首に回り、ブラックはようやくこちらの体を離した。 「……」 ジェームズ・ポッターはその様子を眺めながら、カップ全部にお茶を注ぐと、ひとつをブラックへ向ける。 空を浮いたままカップがすべりやってくる。 ブラックはさんきゅうと呟くと、開いた手でカップをとる。 その間にポッターはゆっくりこちらに歩み寄り、両手に持ったカップを差し出してきた。 「お茶、入ったよ」 「……」 「……好きなほうをどうぞ」 「……」 うっすらと笑いながら奴は言った。 「……」 いつ見ても腹の底を覗かせない、とぼけた顔をしている。 一見誠実そうに見えるが、頬の辺りに漂う邪気は隠しようがない。いやな表情、寒気がする。 「……」 「スネイプ……」 名前を呼ばれると同時にそっぽを向いてやった。 首の、ブラックの手が咎めるように締め付けてくる。 「……っ」 「シリウスよせ……」 微かに呻いた私の声が聞こえたのか、ポッターは善人めかし言う。 「……」 「……」 黙る私を見つめるポッターの視線を、耳の辺りに暫く感じた。 奴は小さくため息をつくと、こちらの手を取り、少し冷めたカップを握らせてきた。その手を振り払って、なかみを奴の頭から注いでやろうかと思った。だがやめた。言いなりになるのは悔しいが、カップを持つと、ポッターは安堵のため息をついた。そして、奴は許しもしていないのに私の隣に腰掛けた。 予告なく首の手が外され、ブラックが、ポッターとは反対側に滑り込んできた。 二人は、私を挟んで座る。 男三人分の体重がかかり、スプリングが大きく沈む。 「……いい香りだ」 「本当に」 呟くブラックにポッターは本当に、と返す。 二人は、示し合わせたように同時にカップを口へ。 「このアールグレイ、うまいなっ。フレーバーティって、美味く淹れるの、結構難しいんだぜ」 俺が一番美味いと思うのはアッサムだけどなと、ブラックは付け足した。 「そうか、アッサムもいいけど、俺はこれをミルクティーにして飲むのが好きだな……」 一言多いブラックに、ポッターは笑いかけ、ストレートティーをもう一口。 「でも、これはストレートのままでもすごくおいしい。俺が淹れてもこんなにおいしくならないよ。何か、特別なワザとか、あるの?」 「……」 「……スネイプ……お茶冷めるよ?」 「……」 「君が淹れたお茶だ。大丈夫だよ飲みなよ」 「……」 「いらないってさっ」 投げるように言うブラックの言葉が、気持ちを代弁してくれた。 「飲んどいたほうがいいぞ」 これから、たくさん喋ってもらうんだからな。 ブラックが凄む。それでも反応しない私の手から、奴はカップをむしると、ぐーーと一気に飲み干した。 「アールグレイはやっぱりアイスティー向きだな……」 空のカップを向こうへ押しやり、さてと、とブラックは呟く。 そして前置きなく言い放った。 「解毒剤は?」 「……なんのことだ」 「とぼけるな。お前がルーピンやピーターや皆に盛った薬の解毒剤を出せって言ってるんだ」 シリウスは静かに告げる。 いつもなら、勢いつけて怒鳴る彼が、今日は恐ろしいほど静かだ。 「……」 ジェームズは、無表情のシリウスと、こちらに向けられたスネイプの後頭部を眺めつつ思った。 シリウスには、シリウスのやり方がある。 例えそれがどんなに突拍子も無いことに思えても、自分には分からない彼の考えがある……。 いや、カンと言うものか……? 神がかり的な神秘さでシリウスは不思議な行動をとる。 以前クィディッチの練習試合のとき、ビーターのシリウスが自分に向かって突っ込んで来たことがあった。 説明一切無く、腕を引っ張られその場から連れ出された。 何事かと思ったら、直後にゴールポストが降ってきた。 後で分かったことだが、それは、グリフィンドールの活躍をよく思わない一部の連中の仕業だった。 七年生クラスが使う巧妙な呪いが施されていて、先生方でも気が付かなかった代物だ。 どうして分かったんだと訊ねた自分に、シリウスは、ただ、あそこにいたら大怪我をする気がしたからと答えた。 根拠は無い。でも事実がある。 こいつのカンは当たることが多い。 今も、ルーピンよりも先にスネイプと対峙しているこの状況もそうだ。シリウスのカンの賜物。 作戦を立ててくれと依頼して、しばらく黙り込んでいたシリウスは、突然透明マントが必要だと言った。 寮に戻り、マントを持って、連れて行かれたのはスリザリン寮の前。 ここで待ってればスネイプは来るからと言われ、二人でマントを被って待つこと二時間強。 息せき切ってスネイプが現れた時はすごいと思った。 自分は、スネイプは寮には戻らないと考えていた。 寮に入れば簡単に手出だしをされないかわりに、身動きも取れなくなる。最終的にスネイプは、この事態が、これ以上大きくならないうちに収拾する―地下牢教室へ解毒剤を作りに行くだろうと思っていた。だから、身動きが取れなくなる事態は避けるだろうと。 シリウスはスネイプが寮に戻ってくるのが分かった。 その間に捕まってしまうことはないと確信していたようだ。 口早に合言葉を唱え、寮内へ消えるスネイプに続き、彼の部屋に入り、しばらく隠れていた。 相当怖い目にあったのか、戻ってきたスネイプは、髪はみだれ、背筋はまるまり、疲労の濃く浮かぶ顔をしていた。 疑問を連発する様子から、これが彼にとっても不測の事態だということが分かった。 「……」 スネイプはきっと顎をあげ、シリウスを睨んでいるようだ。そのまま手を伸ばし空のカップをつかむと底を一瞥し、こちらに差し出してきた。 「ポッター、茶だ!」 「……え」 「アイスティーがいい。グラスと氷は向こうのカーテンの陰にある」 「おまえ、今更ジェームズに茶、淹れろってか?」 あきれ声のシリウスを無視し、スネイプはこちらを見ずに続けた。 「氷は少なめ。砂糖とガムシロップの替わりに蜂蜜を小さじ一杯。クローバーがいい。それ以外はいらない」 「淹れてあげるのはかまわないけど、シリウスや俺の質問にも答えて欲しい。セブルス」 「?!」 スネイプは目を剥いてこちらを向いた。 「セブルスだと!?」 濡れたような光沢の黒い瞳、黒曜石を切り取ったような輝きの、切れ長の瞳がくっと吊り上がった。 鋭く突き刺してくるような視線で、スネイプは自分を睨む。 キューティクル艶々の黒い髪。乱れた髪が頬にかかって、どきりとする凄みがあった。 「誰がファースト・ネームを呼んでいいと言った! !」 「ルーピンにはセブルスって呼ばせてたじゃないか」 「なに?」 「どうしていつも俺だけだめなんだ?」 「?」 「なんで俺だけそんなに嫌うんだ?……俺は、君と仲良くしたいのに」 「ポッター?……今、なんと言った……?」 「俺は君と……あれ?」 俺は今……何を言ったんだ? 口を付いて出た言葉に自分自身驚いた。 「大丈夫かジェームズ?」 シリウスが、視線をきつくして訊ねてくる。 「……」 スネイプはいつもの、人を食ったような微笑を浮かべ、こちらを見つめてくる。瞳の中の怒りは微塵もない。好奇と、何かを期待するように目を輝かせている。 「もう一度言ってくれ」 「……」 「私と仲良くしたいのか?何故だ?」 囁かれ、眩暈がしそうだった。足元の感覚がなくなり、ふわふわ漂っている感じだ。喉が渇いて引きつれる。 『ポッター』とスネイプは触るように呼びかけてくる。 いつもは怒りと嫌悪の表情しか見せてくれない彼が、今は笑みを浮かべている。 きれいな顔に浮かぶ怜悧な笑み。 スネイプは優位を確信したらしい。 まるで値踏みをするように、思わぬ拾い物をした商人のように、にやり、笑った。 「……」 愛とか情とか恋とか、およそそれとは無縁の笑み。 こんなに冷たい微笑を向けられているのに、それを嬉しく思う自分がいる……。 俺にも……薬が……。 遅まきながら薬が効いてきたのかも知れない……。 舌の上にチョコの甘さが思い出され、涙が出そうに切なくなった。胸が疼く。熱をもって脹れていく感じがする。 笑みを浮かべながらスネイプは右手を出してくる。 手をとりキスしろ、ということらしい。 挑むような目で射すくめられる。胸が痛い。今すぐ彼の手に口付けないと、痛くて死んでしまう……。 「……」 両手を伸ばし、差し出された彼の手をとった。 スネイプは微笑み、目で口付けろと命じてくる。 |
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