◎ Batuichi end ◎
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何故だ……。
何故、こんなことになったんだ。

スネイプは廊下を走りながら考えていた。

どこへ逃げてもどこへ隠れてもすぐに追っ手があらわれる。

追手の顔ぶれを思い浮かべてみる。
ルーピンとペティグリューと、幾人かの取り巻き達。人数自体はそういない。なのに、とても大勢に追われている気がするのは、逃れる度に追手の連携がとれ、計画的にじわじわと追い詰められている気がするからなのか……。

考えながらスネイプは、誰もいないことを確認し角を曲がる。

ルーピンに告白をされ、ペティグリューに唇を奪われそうになり、逃げ出した自分は、最初、薔薇の温室に隠れた。

チョコ化する前の生花の鉢の並ぶ温室。赤、黄色、橙、白、そしてピンクと色とりどりの花の咲き乱れる中、自分の作った薬のレシピを書き出した。

満月の晩咲いた白い薔薇と、鬱イチゴと、蜜蝋のローソクと……。

そこまで書いて、人の気配に顔を上げると、音もなく入り口を開け、一歩中に踏み出した取り巻き三人と目が合った。

にっこり微笑まれた顔には、見つけたと、書いてあった。

見つかった……。

飛び掛ってくる一人をかわし、さらに続いた二人共々、眠りの呪文を浴びせかけた。
薔薇の鉢に突っ込んで盛大に寝息をたてる三人を残し、自分は温室を後にした。

処方を勘違いしたのか……?

そんなことはないと思う。だが、少し不安になって、今度は図書室へ行った。

土曜、まだ朝早いということもあり、図書室は誰もいなかった。司書のマダム・ピンスの姿も見えない。
雑誌のコーナーにかけより、一冊抜いた。
開いたページのレシピとメモを比べる。

間違いない。材料は何一つ余分も不足も無い。

毎年、場合によっては毎日、恋しい者のできた誰かがどこかで作っているであろう『恋薬』のレシピ。

『恋薬』は文字とおり恋を芽生えさせる薬。
胸にぽっと恋しい気持ちを灯らせるもの。
瞳の中にピンク色の靄が浮かぶのが特徴で、飲んだ人間は薬を作った人間に対して好意や愛着を感じ、恋をしたと錯覚が起きる。
自分が作ったのは初心者向けで、半日程度で効果の切れるオーソドックスな代物だ。分量を間違えれば一生特定の人間に心を捧げ、愛を語り、虜と化すような『愛の妙薬』のような生々しい効果はでないはずだった。

スネイプはルーピン、ピーターの様子を思い出し、ぶるぶると身を震わせた。

ルーピンに抱きつかれ、『好き』と言われた時、一瞬くらっとした。
いくら可愛らしいとは言え、男に告白された……。
まあ、過去に似たことは何度もあったから、それについてどうこう述べるつもりは無いが、焦ったことは確かだった。

不覚にも胸がざわついてしまった……。

彼の瞳に桃色の閃きを見つけたとき、予定では彼には効果がでないはずの薬が、効いているのを知った。
チーズクッキーを食べなかったのかと、つい訊ねた。
その呟きをあの悪魔のようにずる賢いジェームズ・ポッターに聞かれ、冷や汗がでた。

きっちり落とし前をつける前に、ポッターに仕掛けられる!

咄嗟にとぼけた。
重ねて問おうとするポッターを遮るようにしてブラックが乱入したのは幸いだった。奴に胸倉をつかまれ、ルーピンがその手を叩いたとき、ようやく起きていることの実感が湧いた。

恋は優しい人間を強くするものなのだな……。

普段あんなに温和なルーピンが、自分を守るため、ブラックを威嚇し攻撃している。

効かないはずのルーピンには、明らかに薬が効きすぎている。そして盛ったはずのポッターには薬は効いていない。

混乱しながら必死に薬の処方を読むが、何度読んでも間違いはない。薬の処方が誤っていないなら、製作過程で不備があったことになるが……。


そこまで考えて妙なことに気が付いた。

誰もいない図書室、マダム・ピンスの姿もない。

なのに、ここは開いている……。
マダムは仕事熱心で、少し中座する場合でも、室内に誰もいなければ、ドアには鍵をかけるはず……。
ぞくりと、背筋を悪寒が走った。
よくよくあたりを見渡せば、息を潜めた人の気配が、あそこと、そこと、向こうにひとつ……。

気配は四つ、いや、五つ。

じわじわ近づいてくる。
まずい……出口は手前の気配の向こう。この距離ではドアにたどり着く前に捕まる……。
窓はさらに遠い……。出口は、入ってきたドアしかない。
一か八か、ゆっくりドアに歩み寄る。
机の影、隠れてついてきた奴らが姿を現す。
走り出そうとして、誰かが『ロコモーター・モルティス』、足縛りの呪文を唱えた。
杖を取り出し、呪文をはじき返した。
魔法は褐色の光となってかけた本人を襲う。
呪文をはじき返すのは五年生後半で習う呪文。
ばたんと倒れる一人を目撃し、その場が一瞬静まりかえる。
追手は怯んだ。
私が七年生までの闇魔法習得者ということを思い出したらしい。杖を振って威嚇し、下がらせ、その間にドアから逃げた。
もちろんドアには鍵をかけた。『アロホモラ』の鍵開け呪文を封じた上で。

そのまま逃げると廊下を歩いている少女と出合った。
少女は顔色一つ変えずゆっくりと普通に歩いてくる。
大丈夫だと思いすれ違い、いきなり腹にタックルされ、手近の教室に押し込まれた。
首に抱きつかれ好きですと囁かれた。
振り払ったら折れてしまいそうな細さだ。
潤む目で見つめられる。彼女の瞳には桃色の閃き。
口付けを求められた。女子を殴りつけるわけにはいかない。承知したふりをして屈みこみ、耳に眠りの呪文を吹き込んだ。

崩れ落ちる彼女を壁に寄りかからせ毛布を取り寄せかけた。

その場を後にして走り続けて現在に至っている。


でも、何故だ?
何故?
廊下を走りながらスネイプは自問する。
何故、こんなことになったのか、いくら考えても分からない。

何故、ルーピンだけでなく、ペティグリューや、関係の無いほかの生徒にまであんなに薬が効いたのだ?

あれではまるで、強力な愛の妙薬と変わらない。

ルビウス・ショーに薔薇を差し上げたときもそうだったが、自分は皆に薔薇を分けるとき、最新の注意を払って薬が触れないようにした。

例え触れても一瞬のことなら薬は効果を現さない。

前方、曲がり角の向こうからの大勢の足音に、スネイプは止まった。そっと覗いてみれば、ピーター・ペティグリューを先頭に集団が周囲を見渡しながらこちらへ向かってくる。
引き返そうとしてスネイプは、角を曲がって現れたルーピンを見つけた。

挟まれた。

自分を見つけるとルーピンは目を細め微笑んだ。そして急ぐでもなくゆっくり近づいてくる。
もう片方の集団の足音も迫ってくる。

またしても絶体絶命だ。

廊下の真ん中で立ち往生するスネイプ。
辺りをよく見渡すと、焦っていて気が付かなかったが、ここはスリザリン寮へ続く地下階段の入り口だった。そのままそこを降りた。
合言葉を告げ、何も無い石壁がぱっくり開くと同時に飛び込んだ。追い立てられている感覚に背後を確認する余裕も無かった。
談話室に人はない。遅い朝食に行っているのか、上級生たちの姿はなく、薬の効かなかった取り巻きたちは、自分を探しに行っているのか、あたりに人の気配は無かった。
階段を上がって突き当たりの自分の部屋へ入る。
部屋に入り、ドアを背にして様子を探る。
五人部屋。だが自分はここを三人で使っている。
実家の母の付け届けのお陰でそういうことになっている。
三人で使っているとは言っても、寝るときに護衛と称して交代で親衛隊が2人付くだけなので実質は一人部屋と代わらなかった。
入って左手の自分のベッド。朝整えた時のまま、枕が積み重ねてある。
不審者が侵入した形跡はない。

よし。

誰もいないのを確認して鍵をかけた。

部屋に逃げ込んだら、そう易々とは踏み込まれない。代わりに身動きも取れない。

でも、つかまって延々愛を囁かれたり、それだけならまだしも求愛され、口にするのもはばかられる行動を強要されるかもしれない。
それよりはマシだ。
少しの時間稼ぎにしかならないだろうが落ち着いて考えをまとめるには丁度いい。

鍵をかけたドアに寄りかかりながら、スネイプは大きくひとつため息を付いた。


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