◎ 午後茶会 ◎
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No.7

金曜日。

お祭り最終日。そして明日はお茶会。
朝食が済んで部屋に戻ると見慣れない包みが四つ、シリウスのベッドの上にあった。
シリウスのおじさんからの届け物だった。
シリウスは自分のベッドの周りに全員を召集して、包みを渡した。
「着てみてくれ」
「……これは……うわ」
一目中を見てジェームズが悲鳴を搾り出す。

襟と袖口にフリルの付いたブラウス。

ミニフリル付きの白のブラウスに黒のベスト、黒のリボンタイ。白の絹手袋。よくブラシがけされた塵一つない黒のローブ(襟の裏には小さくブラック家の紋章が刺繍されている)そしてエナメルの黒い靴。

「明日の茶会用の衣装だ」
言い放ちシリウスは自分のネクタイを解き始める。
「みんなサイズ合わせしてみてくれ。ちなみにルーピンとピーターのは昔俺が着てたヤツだ。ジェームズのはおじさんのだから、シミつけたりしないでくれよ」
「これ、着るんだよな……」
二列にミニフリルの付いた、ミニというにははっきりした襟元のフリルをつまみ、おそるおそる訊ねるジェームズをシリウスは当たり前だろうと一喝した。
「茶会に行きたいなら着ろ。いやならドレスローブにするか?形式からは外れるけど、靴をエナメルにすれば不作法にはならないだろう。ほら、とっとと着替える」
「……」
包みを持ったまま固まるジェームズを彼のベッドまで押して行き、陣地に押し込みシリウスはカーテンを閉めた。
「サイズは各自調節してくれ」

それぞれが、着替えをする。
茶会に参加するためには、コレを着ないといけない。
四人はそれぞれ無言で着替えをした。

最初に着替え終わったのはシリウス。
次はルーピンだった。
ピーターとジェームズはなにかもぞもぞやっている。
ジェームズはサイズ伸ばしの魔法をかけブラウスの袖を伸ばしている。ピーターは逆にサイズ縮ませの魔法で履物、羽織ものを自分のサイズに合わせている。

ルーピンは何故か縦になるリボンの結び目を何とか横に調える。視線を感じ目を向けるとシリウスが今にも手を出したそうな顔をしてこちらを見ていた。
「……」
ミニフリルの付いたブラウスを着て、リボンタイを結んで、ベストを着て、ローブを羽織った略装のシリウス。

すごくさまになっている。

「……」
「?……なんだ」
うっかり見とれていたらシリウスが少し不安そうな顔を向けてくる。
「似合うなと思って」
ブラウスも蝶結びのリボンタイも、肩から足元へゆったり落ちかかるローブのドレープも、こういう服を着慣れているという雰囲気も、全部が全部シリウスを引き立てている。
「かっこいいっ」
「……」
シリウスは照れくさそうに微笑み、こちらの胸元に手を伸ばす。頑なに縦になるリボンを解き結び直してくれる。
「そういうお前も、よく似合ってる。リー、ルーピン」
「リーマスで良いよ……。今までみたいに、リーマスって呼んでよ」
「……」
びくりとシリウスが指先を震わせる。
結び途中のタイから手を放す、そんな気配を感じて、ルーピンはシリウスの両手首を掴んだ。
「あの、あのね、……ちょっと、来て」
シリウスの手を掴んだままルーピンは自分のベッドサイドに引っ張っていく。
シリウスは抵抗もしないでおとなしくついてきた。
自分の陣地に引き込みルーピンはカーテンを周囲に巡らせる。
懐から杖を出して小さく空間閉鎖の呪文を唱える。
こうすれば中の音は外には漏れない。
密室を作ってから改めてシリウスをみると、顔を赤くした彼が少しうるんだ目でこちらを見下ろしていた。
「……」
どくんと、思わず心臓がはねてしまうような……表情。
ルーピンは呼吸を詰めた。それで動揺していることをシリウスに知られてしまい、ますます彼は顔を赤くした。
「手、……まだ残ってるな……」
唐突にシリウス。
「?」
「傷痕だ……」
不思議そうなルーピンにシリウスは囁くように告げる。
シリウスが逃げないようにとルーピンが掴んでいた片手首を彼はゆっくり外し反対に手をとった。
そして、手の甲に白く残った傷痕をそっと指でなぞった。
「……うん……ちょっとやりすぎた」
傷はふさがっているけど、触るとまだ痛い。
「……」
無言でシリウスは手を引っ張る、前触れなく唇が近づきルーピンの傷痕にキスが、落とされる。彼の唇が触れた瞬間、びり、と電流のようなものが走った。
「―!?」
「……ぁ」
身体の力が、抜けた。
崩れ落ちる身体を抱きとめ、シリウスはルーピンをベッドに腰掛けさせた。再び手をとり、彼はもう一度口付ける。
唇を押し当てたまま、治癒の魔法を唱え始める。
「……っ」
腕の付け根やうなじをくすぐられているよう……。
気をつけていないと後ろにひっくり返りそうだった。
ルーピンは、無意識に掴まれていない方の手の甲を緩く噛んだ。シリウスがそれに気がつき、片手に口付けたまま、噛んでいるほうの手を咎めるように握るから、仕方なくルーピンは歯を立てるのを止めた。
両手にかわるがわる呪文が吹きかけられ、甘い痺れに全身が包まれる。

「……」

どのくらい、その感覚を味わっていたろう?
名前を呼ばれた様な気がして目を開けると、下を向いたシリウスがこちらの手の甲を撫でていた。
「ずっと、気になってた……」
「あ……」
傷痕が跡形もなく消えている。
「……ありがとう……あの、あのね、シリウス……ごめんね」
「……」
「ジェームズに何があったか詳しく聞いたんだ。言い訳かも知れないけど、僕、あの時のこと、何にも覚えてないんだ。でも、酷いこと言っちゃったみたいで、ごめんね」
「……」

赦して欲しい。

「……」
目線を合わせるためなのか足元にしゃがんだシリウス。
仰向く彼と、久しぶりに視線が合わさった。
シリウスは、夜色の瞳、瞳の端をぷるぷる震わせている。
じわり、涙で瞳が潤んでゆく。
「でも俺、おせっかいで押し付けがましくって……鬱陶しいヤツ……だろ?」

うっ。

「お前は優しいから、俺がどんなにうざくても、したいようにさせちまうだろ……?」



「何の事?」
「嫌われて当然だ」
「は?」
シリウスは視線を逸らさず、今にも泣きそうな目で、俺はうざいヤツだ、だから、嫌われて当然だというようなことをもう一度言った。
「なんで君を嫌うの?いつ僕が、正気のときの僕が君を嫌いって言ったの?言った覚えなんかないよ!それにね、シリウス。……いやな事はイヤって、僕言ってるよね?本当に嫌なことされたら、口で言うだけじゃなくて、殴ったり蹴ったりするよ?」

こう見えても僕は、結構気が短いんだから。

「……だから、あの時」
「あの時?」
ルーピンは、スネイプの胸倉を掴んだ自分の手を叩いたんだ。

ルーピンはじっと、シリウスの目を見る。
彼が何を考えているか、発せられた言葉を頼りに探る。

「俺、俺、お前に言いたいことあるんだ!」
シリウスは震える両手を握り締め堪えきれないように叫ぶ。
「うん」
「でも、自信なくなった」
「……何の自信?」
「言ったらまた、ああいう風に言われるのかと思うと、俺」

もしまた他に誰か好きな人がいるからといわれたら……。

ごめんねシリウス。僕他に好きな人がいるから君の気持にはこたえられない。

そんな言葉、聞きたくない!

頭を振って耳までふさいだシリウスに、ルーピンは彼が何を考えているかなんとなく分かったような気がした。
シリウスはなおも言葉を吐き出す。
「俺、お前に嫌われたくないっ。でも、お節介は性分だからダメだ、どうしても構いたくなる」
「べつに、お節介焼かれたくらいで嫌わないよ」
「いいんだ、そんな優しい言葉かけてくれなくても……俺、うざいし鬱陶しいし―」
「……だ、だから……」
「でも、でも、お前にだけは絶対、嫌われたく―」
「……」

身に覚えのないことでこんな風に落ち込まれても困る。

確かにシリウスのうざ過ぎるちょっかいに辟易することもある。保健室に行こうと言われ、行きたいならお前一人で行け!と思ったことも、正直ある。
でも、かまってくれる彼を、嫌った覚えはまったくない。
「……嫌われるくらいなら、いっそ……いっそ」
閉じた目の端にうっすら涙をにじませるシリウス。
しゃがんで、目を閉じて、頭を抱えてべそをかいている。
口から出でくるセリフは、自分を卑下する言葉ばかり……。

情けない……。

これがあの、スネイプと口さがなく対等に罵り合い、もとい、舌戦を繰り広げるのと同一人物とは……。

せっかくかっこいいのに台無しだ。

服装もばっちり決めてすごく男前なのに、こんな風にしゃがんで頭を抱えているなんて、へたれているなんて……。

こんなシリウスは初めてだ……。

でも、身に覚えがないとは言え、彼をこんなヘタレにしたのは自分だ。

どうしよう……。

ルーピンは大きく深呼吸した。

抱きついて、チューの一つもしてやらなきゃな。

からかうようなジェームズの声が脳裏を掠める。

そんなこと、できるわけない。
彼はこちらに、多分その手の好意を持っている。キスなんかしたら、彼に変な期待をもたせるだけだ……。

でも、チューの一つもしてやらなきゃ、この男は元には戻らない……。

シリウス。
身長で頭半分強、体重でブラッジャー二個分重い彼が、目を閉じうなだれ涙の粒を零している。

泣かれた……泣かれている。

女の子に見とれられるくらい整った顔立ち、長身でスタイルも抜群……。バレンタインには土砂降りのようにチョコのプレゼント攻撃をうける彼が、自分が言った一言で情緒不安定になって泣いている。

「……ああ、もう、わかったよ」
シリウスの両頬に手を伸ばす。
触れると、涙の粒をこぼしながらシリウスが驚いたように顔を上げた。
「ルー」
「……目、閉じて」
「ぇ?」
「嫌いじゃない証拠を見せるから、目、閉じて」
「……」
シリウスは一瞬息を詰めた。そして顔を赤くしながらぎゅっと目を閉じた。
「……」
仰向かせ、ルーピンは顔を近づけてゆく。
唇から三センチくらいのところで動きを止める。
シリウスは、緊張のためか少し震えている。
「……」
そのままそこを通過し、鼻先をかすめ、ルーピンは彼の額に口付けた。
「……」
「文句ある?」
目を開け、額を触るシリウスに、ルーピンは鼻に皺をよせ、少し威嚇するように言い放つ。
「あ……ありません」
「じゃあ、もう僕が君を嫌ってるって勝手に思いこんで落ち込まないでくれる?」
「……」
シリウスはかすかに頷く。

とても素直なシリウスに、ルーピンは自然と微笑が零れる。

こういうところ、かわいいなと思いながら、ほとんど無意識にルーピンはシリウスの頭を抱きしめもう一度額に口付けた。


数ヶ月ぶりの鬱(?)から、シリウスが復活したのは言うまでもない。

明日の茶会はスネイプの鼻を明かしてやろうと、シリウスは、衣装合わせを済ませ所在無さげに立つジェームズと、微妙に左足のズボンが長いピーターに、茶会講習会を始めると言い出した。


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