◎ 午後茶会 ◎
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No.1

図書室は大賑わいだった。
他寮生のうっかりミスでその学年の全寮生が魔法薬学のグループ学習をすることになっていた。
来週から始まるお祭りを前に大部分の生徒は早めにケリを着けるつもりでいた。
でも、教科書は封印されていた。
こまめにノートをとる者ならそれを写せばいいが、そうでないものは図書室で参考文献を探すことになった。
「あー」
ピーターは大きくため息を付く。
「もう、つかれた……」
やってもやっても終わらない。
羽ペンを投げ出しそうこぼすピーターの隣で、ジェームズは、お前のノルマはもう少しで終わるじゃないかと元気付けてやる。その正面では黙々と烏羽ペンを動かすシリウスがいた。
彼は充血する目で、順番待ちをしてまわって来た本の内容をすごいスピードで写し取っている。

来週から聖パトリスのお祭りで、学校は五連休に入る。
連休といっても授業がないだけで校内は有志が集まって演劇会やら展示会やらいろんな出し物をする。
学園祭ではないけれどそのノリだ。

聖パトリスは、魔女狩りが横行した時代の、お祭り好きの魔法使い。

密告と処刑が幅を利かせていた暗い時代に、人々に夢と希望と継続して何かすることの楽しさを広めた。
魔法使いにしてキリスト教会の聖人に位置づけられているのもこのためだろう。
聖パトリスのお祭りは、クィディッチ人気で影に隠れがちなクラブ・サークル活動―ビーズ細工やアジアンノット、ガーデニングや占い、呪文研究会など―の年一度の発表の場にもなっている。
あくまで有志による、が前提なので、他の行事に比べるとあまり規模は大きくない。
人によっては家族を呼んだりもするが、短い休みを利用して家族の元に帰る者もいる。

ピーターは連休を利用してロンドンのおばさんのうちに行く。
移動サーカスが来ていて、シリウスと一緒に見物に行くことになっていた。

今年はシリウスの分しかベッドが確保できなかったけど、来年はみんなの分も用意するから行こうねと微笑むピーター。
心置きなく連休を楽しむために今彼は踏ん張っている。

無言のシリウスに少しはしゃぐピーター。
ジェームズはシリウスの隣の空席に目を留める。
ルーピンが本をとりに行ったまま戻ってこない。
「……」
ふと、視線を感じてジェームズは顔をあげた。
見ると、図書館の本棚の切れ目から、スネイプがじっとこちらを見ているところだった。

目が、合った。

何故か自分を毛嫌いし、挨拶しても口も利いてくれないスネイプが、目があっても逸らすことなくじっと、じっと、こちらを見ている。

ぬばたま色の、黒い髪。
キューティクル艶々で、まっすぐなそれを、肩の辺りで切りそろえ、毛先だけ内巻きにしてふんわり頬に掛かるようにしている。
切り取った黒曜石の面を思い起こさせる暗色の瞳は、濡れた様な光沢を放ち、見るものを魅きこむような強さがある。

相変わらず、人形みたいだ。

身だしなみに人一倍気を使うスネイプはぱっと見、ビスクドールのようだ。
硬質だがやわらかい美がある。
スネイプはおもむろに手を上げた。そして、こい、こい、と二回手招きをした。
「?」
ジェームズは思わず、後ろを振り返った。
でも、自分の後ろでスネイプに視線を据えているものはいない。
「?」
不思議に思ってまた彼に顔を向けると、眉間にしわを刻んだスネイプがさっきよりも激しく手招きをしていた。
ジェームズはまさかと思いながらも、自分を指差してみた。
スネイプは大きくうなずく。
「……」
何が、起きているんだろう……。
冷静に状況を分析(するまでもないが)してみる。

スネイプが、スリザリンのセブルス・スネイプが、毛嫌いしているグリフィンドールのジェームズ・ポッターを、自分を手招きしている。

ジェームズは急に高鳴りだした鼓動を、小さく深呼吸して落ち着かせると、ちょっと本をとってくると、シリウスたちに告げスネイプの元へ向かった。

どきどきする。何が起きるか期待で胸が高鳴る。

「何?」
努めて明るく、笑顔で自分は言った。
「……」
スネイプはすっと背筋を伸ばしまっすぐこちらを見下ろす。
今日は、何か集まりがあるのか、制服のローブの下は、袖と襟に地味にフリルの付いた白いブラウス。黒いベストに、タイはブラウスと同じ白だ。まるで女王陛下に謁見しに行くような服装だ。
無言で、肩で息をしながら彼は懐に手を入れた。
「来週末予定はあるか」
押し殺した声でスネイプは言った。
「え?」
「あるならいい」
「いや、ないよ」
踵を返し、去りかけたスネイプの手を掴み、素早く言葉を投げかけた。彼は振り返り、掴まれた手に視線を向ける。
振り解かれるかと思った。でも眺めただけでスネイプは何も言わなかった。
「来週末は……空いてるよ」
「……」
彼はこちらよりも少し背が高い。心持ち顎を上げてようやく視線が絡まる。予定はないと言ったら、スネイプは先ほどよりも深く眉間にしわを刻んだ。小さく息を吐き出すと覚悟を決めたように懐から一通の封筒を出してきた。
「来週末、ささやかな茶会を開きたいと思う」
「……うん?」
「……あの時は、お前たちには……世話になった。その礼をしたいと思う……良かったら来て、くれ」
それだけ言うとスネイプは、こちらの手の中に封筒を押し付けた。掴んでいる手を軽く叩き、放せと仕草で示す。
手を放すとスネイプはこちらの横をすり抜けて、靴音も高く歩き去った。

茶会。

スネイプにお茶会に呼ばれた。

「……」
コレは夢だろうか……。
でも、手の中には、生成りの白い封筒があって、押し付けられた時に手の平に刺さった角がちくちく痛い。
ひょっとしたら、誰かに渡してくれというつもりだったのか……そう思って宛名を見るが、封筒の表には、なかなか優美な書体で『ジェームズ・ポッター様』とある。

一人分の、自分宛の招待状だ……。

曇り空から太陽がのぞいたような、そんな気がした。

顔を上げ視線でスネイプを追うと、シリウスとピーターの傍らに立つ彼の後姿が見えた。緊張しているのか両肩が上がっている。そこへルーピンが戻ってきた。スネイプは肩から力を抜き、二言三言言葉を交わし招待状をさしだす。シリウスがあからさまに不愉快な顔をするが、ルーピンは微笑み受け取った。それにあわせシリウスも、ピーターもしぶしぶと言った風に封筒を受け取る。

夢じゃない。
スネイプが自らの手で自分たち四人にお茶会への招待状を配っている。


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