◎ 午後茶会 ◎
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No.8

土曜日。雲ひとつない晴天の朝。
シリウス、ルーピン、ジェームズ、ピーターは軽めに朝食を済ませると部屋に戻った。


衣装に、着替える。
ミニフリルのついた白いブラウス。黒のリボンタイ。同じく黒のベストにズボン。靴もやっぱりエナメルの黒で、羽織るケープも塵一つない黒。

もうすぐのあのスネイプの茶会が始まる。

「話題に詰まったら天気と社会の話をしろ」
「……」
一足先に身支度を終えたジェームズが、日刊預言者新聞を読む傍らでシリウスはピーターの微妙に長い左足のズボンを魔法で整えてやっている。不安を隠しきれないピーターが『社会ってどんな話をすればいいの?』と訊ねる。シリウスは『今日の新聞でも読んでてきとーに話をふれ。そうすればスネイプが一人でしゃべるさ』とアドバイスする。

「……」
あのスネイプに突っ込む隙を与えさせないよう、シリウスは、己だけでなく皆の身支度を一部の隙もなく整えている。
ピーターを仕上げ、ルーピンの、頑なに縦になろうとするリボンタイを結びなおし、ケープを羽織らせドレープの具合を見る。軽く杖をふってルーピンのケープの裾を短くする。
淡いピーターの金髪、鳶色の髪のルーピンに黒いケープが良く映える。

いい出来だ。

シリウスは満足そうに頷いた。

ピーターもルーピンもロンドンの高級店でマネキンが出来そうな仕上がりだ。
これならあの口うるさいスネイプも鼻を鳴らして関心するしかないだろう。

そして自分の身支度をするためベッドに戻りカーテンを引く。

シリウスの着替えている間、なにもすることがない。
動きづらいと零すピーターたちは、着慣れない服に少しでも慣れようと室内を歩き出す。
袖山の高いミニフリルの付いたブラウスに腕の上げ下げを、
ひざの辺りに纏わりつくケープに足の運びを邪魔され、二人はハンガーのように不自然に体をこわばらせ、エナメルの黒い靴を引きずりながら、ギクシャク歩いている。
「ルーピン、ピーター、背筋のばして歩け。こういうのは恥ずかしがったらダメだ。自分がどんな変てこな服着てようと堂々と胸張って颯爽としてれば、結構サマになるもんだ」
あっという間に着替え終わったシリウスがタイを結びながら告げる。苦笑しながらシリウスはスネイプを見習えと付け加えた。
いつもは梳かすだけで無造作に流している髪をクリームで撫で付け額を晒す。少し伸びたバックの髪をエメラルドの付いたクリップで一つに括る。
おお、とピーターがシリウスを見てため息を漏らす。
「……」
ルーピンは微かに目を見開いたが何も言わずシリウスを見つめている。
シリウスは上品に微笑んで見せた。
それだけでその場の雰囲気が華やいだ気がした。
「……」
唇に指をあて、ゆっくり眇めた目でルーピンを見つめると、軽くキスを投げた。
ルーピンはきざだねと肩を竦めたがうっすら頬を赤くしていた。

貴公子……だな。

身支度を終えたシリウスを眺めジェームズは思った。

シリウスは、こういうフォーマルな格好が非常に似合う。
これで杖をもたせたら、父のパーティーでよく見る貴族の城主様の出来上がりだなとジェームズは再び思った。
実際シリウスは、名門ブラック家の、分家とはいえ跡取り長男で、貴族と言えなくはないが、本人はソレをすごく嫌がっている。
シリウスはスネイプ同様由緒正しい家柄の出だ。
そうでなければ百五十年前から形式が決まっている茶会の招待状を一目で見分けられたり、手紙一枚で四人分もの略装の衣装をそろえたりできるわけがない。
そういう習慣の中で彼は暮らしてきた。
そして彼はそれに反発するように粗野に振舞っている。
クッキーを鷲掴みにしてばりばり食べたり、廊下で大声でしゃべったり、行儀悪くイスに跨って座ったり……スネイプが『野蛮だ』と眉をひそめる振る舞いをわざとする。でも、育ちのよさは隠しきれない。
ふとした立ち居振る舞いに妙に品が漂う。

ジェームズは息苦しくて襟元に指を入れた。
すかさずシリウスの手が伸びてきて『苦しくない・崩れにくい』タイの結び方をしてくれる。

今ジェームズが着ている服は、シリウスの叔父さんのものだ。
とてもお洒落な人だという彼の叔父さんのものらしく、自分の着ているものだけ襟元と袖口のフリルは二段になっている……。みんなの物よりフリルは小さいが段になっている分はっきりと存在を主張している。
ベストとローブの色合いも、角度によっては微妙に紺に見える。今年の最新流行で、手紙で事情を伝えたら『それなら相手が驚くように完璧にいけ』と貸してくれたものだという。

「どうどうと胸張って」

白絹の手袋をはめたシリウスを先頭に部屋を出る。
談話室にいた数少ない寮生たちが何も言わずに興味深そうな視線を向けてくる。仮装大会か?と野次を飛ばす寮生もいたがシリウスがそっと視線を向けると顔を赤くして口をつぐんだ。
グリフィンドール寮を後にする。
祭り明けの翌日で、寮の外はまだ浮き足立つような高揚感がそこかしこに燻っていた。
祭りの最後を惜しんで皆夜中まで騒いでいたんだろうか、廊下を行き来する人影自体はまばらだった。
お陰であまりじろじろ見られないですんだ。
人が来るたびルーピンとピーターは顔を伏せた。自分とシリウスは何事もない風を装った。

堂々と胸張って四人一列になってスリザリン寮へ向かう。

階段を下りていくつか廊下をまがって、やっとスリザリン寮にたどり着いた。と、寮の入り口に自分たちと同じ略装をした生徒が一人。
自分たちが浴びたような好奇の視線を行きかうゴーストやミセス・ノリスから浴びながら、彼は眉一つ動かさず立っていた。片手には銀の盆。
「……」
シリウスを見ると彼は動きを止めた。大きく瞳が見開かれ視線が頭のてっぺんからつま先まで降りていく。そして沈黙。しばらくシリウスに見とれた後、彼は我に返ると、両手で銀の盆を恭しく差し出した。

盆の上には手紙とペーパーナイフ。

慣れた手つきでナイフを取り上げ、シリウスは手紙を開封する。

「会場が変更になった」

スリザリン寮生の案内でホグワーツ城の外に出る。
中庭を抜けて空の青さを目にして今日はとてもいい天気だったと思い出す。丘を下って湖を右手に見て、背丈ほどもある葦に囲まれたトンネルのような小道を通る。
視界が開けると、現れたのは温室だった。

「ようこそ皆さん」

白のリボンタイ、黒のベスト、襟と袖には二列にミニフリルの付いたブラウス。黒いローブ姿のスネイプがにこりともせず立っていた。

「お招きに預かり参上しました。今日は天候にも恵まれまことに良い茶会日和の様子。しかし午後から雨とのこと。それゆえの変更でございますか?」
すらすらと詠い上げるように口上を繰り出すシリウスにスネイプだけでなくみんなが驚いた。
「……」
いつもの彼のしゃべり方ではない。そっと触れ耳に心地よく残るシリウスの声。

会場に着いて招待主に対面したら、まず最初に挨拶をブチかます。

金曜日のレクチャーでシリウスが言っていた。

これが、挨拶か……。

挨拶も定形文があり、その時々により申し述べる文句、話口調、スピードが細かく決まっている。
いつものシリウスらしさを微塵も感じさせない。貴公子然とした様子。

「……」
スネイプはほほえんだ。
いつも野蛮人、態度が粗野だとシリウスを非難するスネイプはシリウスの作法に則った様子に好感を持った(?)のか、微笑みながら言葉を続ける。
「ようこそおいで下さいました。本日は少し趣向を変えて花に囲まれての宴を、と思いました。開始時間に変更はございません。花を愛でながら今暫くお過ごしください」
お席へご案内しましょうと、スネイプはもう一度微笑み温室の入り口へ手を差し伸べる。
ピーターがルーピンにしがみ付き肩で息をしている。
いつもと違うスネイプの応対に緊張が高まっているらしい。
最初にシリウス、次にルーピン、ピーターの順で温室の扉をくぐる。最後はジェームズ。
「あの……」
呼びかけるとスネイプは一瞬で表情を硬くした。
「……おまねきありがとう」
ジェームズはゆっくりと、気をつけて綺麗に微笑んだ。
かすかに口の端が持ち上がり、スネイプが愛想笑いをしようとして、失敗した。
「……ようこそ」
それだけ言うのが精一杯らしく、スネイプは肩で息をし始める。かすかに頬が赤くなり、額に汗が浮かんでいる。
緊張している。
視線を逸らしたスネイプは無言で温室の入り口へ手を向ける。
「……」
茶会開始前に少し話がしたかった。
でもこの様子じゃ無理そうだ。
かたくなな彼の態度にジェームズは少し悲しくなった。
この状況で他愛のないいたずらの元を使ったら、もしかしたらスネイプに激怒されてしまうかもしれない。
ジェームズは懐の試験管を押さえ思った。
ふと、スネイプの目がこちらの襟元に留まった。
「コルト・コヴィニヨン」
目を伏せスネイプはこちらのローブに手を伸ばしてきた。
「ローブ、ブラウス、ベスト、ズボンに靴……全てコルト・コヴィニヨン一八七〇年代復刻モデル……逸品ぞろいだ」
「……」
そういうスネイプのローブもこちらが着ているものと同じ光沢を放っている。

光の加減で淡い紺色に見えるローブ。

紺は、彼の黒い髪と白い肌を引き立てる色だ……。
「……」
手を伸ばしジェームズは同じようにスネイプのローブを撫でる。指先をしっとり包む絹のような綿のような手触りが気持いい。
「……」
指を絡め、生地の感触を確かめるように二人はローブに触れ合う。

こんなに近い距離で互いの着衣に触れ合うのは、初めてだ。

特に咎められることをしているわけじゃない。ただ、ローブを触っているだけだ。

なのに。

なのにジェームズはどきどきした。

目を伏せているスネイプ。彼はこちらより少し背が高い。
顎を上げジェームズはスネイプを仰ぎ見る。
まつげが長い。
そして一週間前は気が付かなかったが目元に泣き黒子のような小さな凹みがある。小さいときに水疱瘡にかかって引っかいてしまい残った、そんな感じの跡だ。
今日は少し顔色が青白いがどうしたんだろう。この茶会の準備で緊張して夕べはよく眠れなかったんだろうか?
でも、まるで人形のような硬質の美しさは健在で、フリルの襟元から除く首の色も顔と同じく白い。

結構喉仏、目立たないんだな……。

あ。

前髪の生え際に小さい黒子がひとつある。
左側の耳たぶにもピアスホールの跡らしき窪みがひとつ。
ピアスなんか、するのかな。
ピアスとスネイプがあんまりにも合わなくてジェームズは小さく笑った。
「……」
スネイプは視線を上げ、顔をしかめた。
あ、何か誤解された……。
思ったときはすでに遅く、スネイプは放り出すようにこちらのローブから手を放していた。

「お席へどうぞ、ポッターさん」
「……」
きびすを返すスネイプは、セリフをしゃべっているようだった。
「……」
冷たい、感情を匂わせない声。
作法に則れば、あんなに嫌っているシリウスにすら微笑むスネイプ。なのに自分には愛想笑いひとつくれない……。

「……なんだよ……」
ジェームズはローブの上からもう一度懐の試験管を押さえる。
他愛もない悪戯のもと、仕掛けようかどうしようか、少し悩んでいる……。
「……」
もう一度ため息をつくとジェームズは、温室の扉をくぐった。



温室の中央に水色のテーブルクロスのかかった丸テーブルがある。その周りにシリウスたちが立っていた。
食堂程の広さの温室。
外からは小さく見えたが中は案外広かった。
なんとなく見覚えがあってジェームズは周囲を見渡した。

ああ、ここは、スネイプの薔薇チョコの温室だ。

箒に乗って一緒に来たあの薔薇の温室だ。
チョコ化する前の色とりどりの薔薇の鉢々が大切そうに並べられている。
今日のために並べ替えたのか、テーブルを取り巻くように置かれた鉢はそこから遠ざかるたびに色を濃くする。
テーブルを中心にして、白から青へ虹色のグラデーションが出来ている。
「綺麗だね」
「うん」
ガラス越しの陽光を浴び、気持よさそうに伸びをする花たち。
ピーター、ルーピンは素直に綺麗と感想を漏らす。
空間のところどころに『固定』の魔法が施されているのか、淡い水色の光が寮旗を思わせる様で下げられている。どこからか入り込む風を孕み、大きく傾いている。
白薔薇の、シャンパンのような香りが緊張を解いてくれる。
気持がいい。ここは眠気を誘う空間だ。

花を眺めながらくつろいでいると、近くで鐘がなった。
「十一時半だ」
懐から懐中時計を取り出しシリウス。
それが合図だったように、テーブルを囲むよう、ばさり、ぱさりと光の布が落ちてくる。
紗の布でテーブルの周囲を囲った。そんな感じだ。でも布と違うのは水色がかった布越しに薔薇の虹がはっきり見えること。一同はテーブルによる。
テーブルにはナプキンと、ナイフ、フォークがセットされていた。名札もあった。
カードフォルダーに刺さった白いカードに金文字でそれぞれの名前が書いてある。
スネイプの右隣がルーピンで左隣はシリウス。ルーピンの反対隣はジェームズで、シリウスとジェームズの間にピーター。
何を考えてこの席順なのかとシリウスが眉を上げたが、彼がスネイプと自分の名前のカードを入れ替えるより早く布の向こうからスネイプが現れ茶会開始のあいさつをする。

「ようこそ皆さん……本日はお忙しい中お集まりいただきましてありがとうございます。過日は皆さんに大変お世話になりました……。そのときの感謝とご迷惑をおかけした方々にお詫びの気持を込めてほんの心ばかりではございますが、お茶とお菓子と軽食を用意いたしました。どうぞ気軽に、作法など気にせず召し上がってください」
「……」
よどみのないスネイプの口上にシリウスは音の出ないように拍手をした。

スネイプが詫びのために茶会を開いたと言い切った。

過ちを素直に認めることは、結構勇気がいる。
ましてプライドの塊のスリザリン寮生の、さらに旧家のボンボンのスネイプが……。

あのスネイプが、素直に謝った……。

シリウスは感心したようにため息を付いた。
どうぞお座りくださいとスネイプが言うので席に着く。

茶会の始まりだ。

ピーターはもうすでに目が回った顔をしていた。

お茶がでて、サンドイッチが出て……スコーンかクッキーがでて……。皿は時計回りで、取るときは右下から〜。

覚えた順番、作法を忘れないように必死に反芻している。

でも、ピーターの憂鬱は杞憂に終わる。

懐から杖を出し、スネイプは軽く振る。
スネイプの背後、光の布の向こうから、ティーセットがやってくる。銀の茶漉しをくっつけた、白いカップが一客ずつ目の前に置かれる。
「お茶はメニューからどうぞ」
ふわりと空気が揺れてメニューが降りてくる。
普通だったら最初のお茶は季節のもの、今の時期ならセイロンティーのヌワラエリアあたりが出で来る。
なのにメニューから、ときた。

やるなスネイプ、本当に今日は無礼講なんだな……。

シリウスはメニューを閉じた。

ルーピンはキャンディを、シリウスとピーターはアッサム、スネイプとジェームズはヌワラエリアを選んだ。
小ぶりのポットが一つ、大ぶりのポットが二つ。かすかに熱を放ちながら現れる。人数分+一杯の茶葉がポットに収められ、ケトルが沸騰したてのお湯を注いでゆく。
キルト生地のコジーがテーブルに着地したポットに被さり、現れた砂時計が時を刻み始める。
「キャンディはクセが少ない。コクがあって鮮やかな色のお茶だ。フルーツティーにしても美味いが、ストレートでたくさん飲めるお茶だ」
こわばった微笑みを浮かべ、幾分緊張しながらスネイプがルーピンに語っている。
カップたちが現れた方角から甘いニオイが漂ってくる。
白い皿が音もなく現れた。
「ワッフルだ!!」
ピーターが感極まったように叫ぶ。ワッフルは彼の大好物だ。
「プレーン・ワッフルにしてある。サワークリームと生クリームとチョコレートシロップとクリームチーズとフルーツが用意してある。お好みでデコレートする。遠慮なく言ってくれ」
それぞれのカップに、注文のお茶を入れながら、ヌワラエリアだけは、もう一度砂時計をひっくり返しスネイプ。
そういう彼の皿ではすでにスライスバナナと生クリームとチョコがワッフルを飾っている。
「……あ、俺も同じヤツ……」
シリウスが小さくつばを飲み込みながらスネイプの皿を指差す。
「チョコバナナワッフルだな。承った」
「あの、ボクも……」
かすかな声で言ったピーターにスネイプは目を細め笑いかけ、承ったと答えた。
ルーピンとジェームズはプレーン・ワッフルのままにした。
ヌワラエリアはミルクティーが美味いというスネイプの言葉に、ジェームズはミルクティーを頼んだ。カップにイングリッシュミルクを注ぎ紅茶を注ぐ。新茶だというお茶は思ったよりも苦味が少なく、そのままでもいける気がした。
美味い。
一杯目のお茶を堪能していると、ワッフル用に正方形のバターとメープルシロップが出てきた。ルーピンの皿の近くには頼みもしないのにサワークリームも置かれた。
「サワークリームをのせると絶品だ。ぜひ一度試してくれ」
ルーピンに優しく語り掛けるスネイプ。
「……」
シリウスが覗き込むようにスネイプとルーピンを見ている。
「……うん、じゃあ」
ルーピンは勧められるままにサワークリームを乗せワッフルを一口。
「……!」
「どうだ?」
「美味しい!!」
表面こんがり、中はふわふわ、そして、メープルシロップの甘味とバターのコクにサワークリームの酸味が絶妙な味わい。
「すごく美味しい!!」
そう言ってルーピンはワッフルをぱくつく。
食の細いルーピンには珍しい勢いだ。あっという間に半分平らげる。
「おかわりも用意してある遠慮なく言ってくれ」
微笑むスネイプに、ルーピンのサワークリームワッフルが気になったのかピーターが視線を向ける。
「ペティグリュー、もう一枚ワッフルはどうだ?」
「え……ええと」

食べたい。食べたいけど……。

胃の辺りを押さえピーターは戸惑ったように視線をさまよわせる。

ここでもう一枚ワッフルを食べると、あとのお菓子が入らない……。

そんな様子のピーターにシリウスは俺ももう少し食いたい、半分コしよぜと持ちかける。ピーターは大きく笑って頷いた。
恙なくお茶会は始まっている。

でも、気のせいか……。
「……」
ジェームズは半分ワッフルを食べたところでフォークを置いた。

気のせいか、被害妄想なのか、真実なのか、スネイプは自分を避けている気がする。
ルーピンやピーターやシリウスには微笑み話しかけるのに、自分とは視線すら合わせてくれない。
「……」
黙り込むジェームズ。スネイプはそれに気が付く。

ジェームズ・ポッターが沈黙している。

言葉を掛けようとしてスネイプは、なんて話しかけたら良いのか言葉に詰まった。
天気の話も、社会のことも、学校の成績のことも、どれもなんと言って話しかけたら適当か……ジェームズを直視したとたんすべてが飛んでしまった。
つい、そちらを見ないようにして話しやすいルーピンにばかり体がむく。そうすると、今度は左隣のシリウスが少し機嫌を悪くする。

いかん、楽しく飲み食いをしてもらう趣旨の茶会で、苦手だからといって奴一人だけ避けるのは間違っている……。

楽しませなければ……。

それが今日の趣旨のひとつなのだから……。

スネイプは焼きたてのワッフルを半分に割り、ピーターとシリウスの皿に置きながら思った。
ピーターにサワークリームワッフルをシリウスにクリームチーズワッフルを作ってやると、スネイプは覚悟を決めてジェームズへ視線を向けた。

うう。

避けていることに気が付いたのかジェームズ・ポッターはテーブルに肘を着いてあらぬ方向を見ている。

さりげない表情をしているが、楽しんでいないことは明白だ。ジェームズ・ポッターの体から、退屈がにじみ出ているようだった。

「ク、クリームチーズがあるが、どうする?」
「……」
「クリームチーズがありますが、プレーンのまま召し上がりますかポッターさん?」
「え……」
呼びかけにジェームズはあわてて顔を向けた。
「ワッフルに、クリームチーズは……いかがですか……」
少し肩を尖らせたスネイプがまっすぐこちらを見やりクリームチーズの皿を手に訊ねてくる。
途切れ途切れに訊ねてくる彼の目は少し赤く潤んでいた……。

「……いただきます」
「……お茶のおかわりは……どうなさいますか……」
「え、ええと、お願いします」
「ミルクティーになさいますか、新茶のキャンディを召し上がりますか」
「……ミルクティーを、もう一杯お願いします」
「……少々お待ちを」
スネイプはそれだけ言うと、光の布の向こうに消えた。
「なに緊張してんだよ?」
シリウスが笑いながら訊ねてくる。
「……別に緊張してるつもりはないさ」
だけど、スネイプは緊張している。彼の口調に引きずられてついつい丁寧語で話してしまう。
程なくスネイプが新しいミルクピッチャーを手に戻ってきた。
カップにミルクを注ぎ少し濃くなったお茶を注ぎ、クリームチーズをワッフルに塗ってくれる。
「ありがとう」
差し出されるカップを受け取り、礼を言うとスネイプはいいえと短く答え、自分の席に着いた。
すっかりぬるくなっただろうチョコバナナワッフルを食べ始める。

シリウスが珍しくスネイプに話しかける。

話題は天気のことだが、二人は役者が演じるように慇懃無礼にです、ます、でよどみなく会話をしている。

テーブルの向こう、光の布の向こうからパンの焼けるいい匂いが漂ってくる。スネイプがワッフルを平らげた頃、使い終わった皿が下がりサンドイッチの大皿がテーブルの中央に現れる。
「お好きなものをお好きなだけどうぞ」
「……」
タマゴサンド、ベーコンとレタスのサンド、ハムとキュウリサンド、ピリ辛キャベツとひき肉のサンド、ブロッコリーとツナとトマトのサラダ。
スネイプがサンドイッチをお取りしましょうポッターさんと皿を片手に立ち上がる。お言葉に甘えジェームズは全部一つずつとてもらった。

パンの焼き加減、具材の柔らかさ、味付け。どれも美味い。
特にキャベツは絶品だった。

「……」
食の細いルーピンが、ぱくぱく、ぱくぱくスネイプの手料理を食べている。シリウスがそろそろ腹一杯なんじゃないのか?と訊ねるほどの食事量だ。
美味しい、美味しいと言いながらルーピンは出されたものを片付けてゆく。
「料理上手だね」
最後のキャベツをシリウスから譲ってもらったルーピンが感心したように言った。
「料理と言えるものなのか……サンドイッチや簡単なお菓子なら作れる。……父がそういうのが好きでな」
「お父さん?」
「そう。父だ」
ルーピンは不思議そうな顔をする。
お菓子作りといえば普通は母親とするものなのだろう。
母はいい顔をしなかったが、小さい頃父と一緒によくお菓子を作った。

「あの人は何でも出来る。特に煮込み料理、ラムチョップとビーフシチューが絶品でな、城のコックでもあの味は出せない」
いくら頼まれても秘密だと秘訣を教えてやらない。
キャンプやプラントハントについて行ったときだけ味わえる、幻の味だ。

闇の魔術も、お菓子作りも、魔法薬の基礎理論も、全部あの人に教えてもらった。

「すごいんだねお父さん」
感心するように言うルーピンにスネイプは少し誇らしげに、照れくさそうに微笑んだ。
「……」
常に笑顔を絶やさない父。彼は恐ろしく顔が広い。
敵から親友まで、年齢を問わず世界各地に散らばっている。
十九世紀風のマットグレイのマグルの絹のスーツとシルクハットが良く似合う彼。彼自身も好んでそれを身に着ける。
胸の辺りまで伸ばした波打つ黒髪を確か今は栗色に染めていた。

「……」
シリウスは手を伸ばし自分でお茶のおかわりを淹れる。
ジェームズからミルクピッチャーを貰いアッサムでミルクティーを作る。
「多才なんだな」
呟くようにもらしたシリウスの感想もスネイプを微笑ませた。
「……」
シリウスの脳裏を、スネイプと彼にそっくりの顔色の悪い父親が浮かぶ。何故か想像の中のスネイプの父は目の下に濃いクマがあって眉間には深くしわがより無愛想。そう思った。
暗い塔の一角で、おとぎ話の悪役よろしく鍋を囲む二人。
きっちり計った材料を大鍋に放り込んで、時々かきまわして様子を見る。

煮込み料理は魔法薬学に通じるものがある……。

口元をニヤケさせたシリウスにスネイプは何かおかしなことがありましたかと慇懃に訊ねた。
シリウスは素直に(スネイプ父の想像は言わなかったが)煮込み料理は魔法薬学に通じるものがあると思い、それがおかしかったと答えた。

サンドイッチの後は、ケーキが出た。

にんじんとかぼちゃのバウンドケーキ。
ルーピンは美味い美味いといいながら二個も食べた。
その食欲はシリウスが心配するほど旺盛なものだった。
「あんまり食べるとおなか痛くなるぞ」
いつもは食え食えというシリウスが逆のことを言っている。
スネイプは見かけより軽いものが多いから胃腸の負担にはならいとルーピンを心配するシリウスに説明してやる。

いったんカップが下がり、新しいティーセットが設置される。バーブティーと、ウバ茶のゼリーが出てくる。
ガムシロップをかけてお召し上がり下さいとスネイプ。
スネイプが頻繁にテーブルと布の向こうを行ったりきたりしている。
そろそろ茶会も終わりに近づいているらしい。
最後にフルーツをお持ちしましょうとスネイプは席を立った。ジェームズはすかさず自分も立ち上がり彼の後を追った。


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