◎ 午後茶会 ◎
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No.9

テーブルの向こう。布で仕切られた外側で、何本ものナイフが果物を剥いている。白桃、パパイヤ、マンゴー、あとは名も知らないフルーツ類。
一つだけぽつんと置かれたテーブルの上に、口の空いたケーキのハコが四つ用意してある。その傍らでスネイプはカスタードクリームと生クリームで作り上げた黄桃のパイを箱に詰めている。
お土産の用意をしている。
「あの……」
ジェームズは意を決してスネイプに話しかけた。
「……」
スネイプが驚いて振り返る。
集中が乱れたのか、皮を剥き途中の果物の果肉を大きくナイフが抉った。銀の盆に盛られ途中のマスカットやライチや無花果がポロリとこぼれそうになる。ジェームズはあわてて杖を出して呪文を唱え盆に果物を戻す。
スネイプは硬い表情をし、こちらの手元を見つめている。
「ごめん、驚かせた」
杖をしまいジェームズはスネイプに向かう。
「……何でしょうかポッターさん」
「……ポッターさんって……」
苦笑いするジェームズ。
「足りないものがあるならすぐにお持ちします。お席へどうぞ」
慇懃無礼に発せられるセリフ。感情の匂いがしない言葉。
「いつも俺だけみんなと違うよね……」
「……」
「この席で話題にするのは適当じゃないって分かるけど……いくら考えても分からないんだ」
「……」
「どうして君に嫌われてるか見当も付かないんだ……」
顔を伏せるジェームズは、懐を押さえ笑顔をつくり思い切って訊ねてみる。
「俺の何がそんなに嫌われるのかな?俺、そんなに話しにくい?」
「……」
スネイプはジェームズを見やり、掛けるべき言葉をさがしているようだ。心持ち目を見開き、大きく一つ息を吸い込む。
「……どうやって話しかけたら良いのか勝手が掴めない」
「……」
「慣れていないせいもあるんだと思うが……」
慣れていないから、みんなと違う口調で話す。
「……」
「『茶会言葉』なら少しは話しやすい」
「……」
魔法のナイフが果物を剥き終え皿に盛ってゆく。フィンガーボールが用意されテーブルへ向かってゆく。

慣れていないから、正体が分からないから嫌っている……。

そういうことなんだろうか?

「じゃ、じゃあ、今度は俺たちが茶会に招待するよ!」
「……?」
「慣れてないって言うなら慣れよ?来週の今日なんか、どうかな?」
「……勘違いなさらないで頂きたいポッターさん」
「……」
「私は……私は貴様の思い通りにはならない。……今までもこれからも……馴れ合うつもりもない」

誰がその手に乗るか。誰がお前を引き立てるために取り巻きに加わるものかっ

シリウス・ブラックやリーマス・J・ルーピンやピーター・ペティグリューは暢気に騙されているが、ジェームズ・ポッターの顔に漂う邪悪に気づかない私ではない。

詐欺師でない限り、人の心は人相に表れる。

こいつがどんな企みを持っているのか、わからない。
だが、出来ることならかかわらないほうがいいと思える。
それほどジェームズ・ポッターの人相は凶悪だ。

「じゃあ、どうして俺をここに呼んだの」
顔を伏せ、抑揚のない声でジェームズは言った。
「最初に言ったろう。借りを返すため、詫びを入れるためだ」
「俺はてっきり……仲直りのために呼んでくれたのかと思ってた」
「……?仲直り」
「恋薬の事件、結構俺たち良いコンビだと、思った」
「……『恋薬』」
まさしく、この茶会を開くきっかけになった事件。
そしてヤツ自身が真実を捻じ曲げ隠蔽した事件だ。
恋薬を盛って、やつを惚れさせて、手ひどくふるつもりだった。実際は違う結果におわったが……。

「俺は君と仲良くしたいのに」
「……紅茶で酔ったのか?それとも数ヶ月前の薬が今頃効いてきたのか?チーズ好きのポッターさん?」
スネイプはジェームズの襟へ手を伸ばし顔を近づける。
「……」
ジェームズ・ポッターは思ったよりも少し背が低い。
上から押さえつけるように覗き込むと、どこか悲しそうな黒い瞳がまっすぐこちらを見上げた。
「薬の効果はきちんと抜けていらっしゃるようですな」
「……」
「『恋薬』」
「―」
やつの耳もとに唇を寄せ、ささやく。

こいぐすりってなに?きみ、ゆめでもみたの?

あの時自分が校長の前で言われたせりふをそっくりそのまま返してやる。
「―」
ジェームズ・ポッターは目を見開いた。
「お前が言ったんだポッター。私に貸しを作ったつもりだったんだろう?私もついさっきまでそう思っていた。だが、考えてみれば証拠もない。証明できないことが貸しになどなるはずがない。お前が隠蔽したんだポッター。自分で隠しておいて今更それをたてに私に近づこうなど、虫が良すぎると思わないか?」
「ちがう、そんなつもりじゃ」
「もう一度だけいう『お席へどうぞポッターさん』そして黙ってフルーツを食え、だまって土産をもって帰れ、二度と私を懐柔できると思うな」
「―」
ジェームズ・ポッターは無言だった。
押すようにしてテーブルへおいやっても、さして抵抗もしなかった。



「……」
一体何を言われたのか、分からなかった。
ただ、良かれと思ってしたことでスネイプはどうやら腹をたてているらしいことが分かった。
曇り空の隙間からのぞいた太陽は、一時的なものだったらしい。
何故毛嫌いされるのか理由もわからない。
どうすれば普通に接してもらえるのか分からない。
そもそもどうして自分は彼に執着するんだろう?
仲良くなれないならそれなりに距離をとっていれば良い。
向こうからちょっかいを出してこない限り構わなければいい。

なのに、どうして、こんなに悲しい?

胸が痛い。
苦しい。
涙が流れるならまだラクだ。
涙と一緒に悲しみも出て行く。
涙すら流れない。眩暈すら起きない。
ただ、胸の奥が、痛くて痛くて仕方がない。

きっとまだ、あのときの薬が効いてるんだ。
俺はずっと、あのときから彼に捕まえられたままなんだ。
あの時から、ずっと苦しい。苦しくて、苦しくて、苦しくておかしくなりそうだ。でも狂えもしない。
痛い胸を抱えたまま、それを癒してもらえる日を、来ないかもしれないその日を待つ。
俺をこんなにも苦しめている彼は、そんなはずないという。
目に現われないから、薬は効いていないという。
「……」
俺の言うことは全部うそだと決め付けている。
それがまた、悲しくて、いっそう苦しい。


「どうしたのジェームズ?顔、青いよ?」
「……」
席へ戻ってピーターが声を掛けてくれる。
それになんと答えたのか、覚えていない。
目に映ったのはハーブティのカップ。すっかりぬるくなった黄緑色の透明な液体。
「……」
懐から試験管をだした。
パステルカラーをしたハート型の砂糖のような物体。
シリウスがおい、それってまさかと呟いた。
ハートの形の結晶は、雑誌で見かけた『恋薬』だ。
少し弱く作った。食べても胸の中に『恋しい気持』が灯ることはない。恋したと錯覚することはない。
気分が高揚して少し幸せな気持になる。ショー先生が発明したのと同じのものだ。
コレをスネイプに盛って、自分たち四人といるのが楽しいと錯覚させたかった。
楽しいと思ってくれれば遊びの誘いも受けてもらえる。
また一緒に、何かできる。そう思った。
スネイプとコンビを組んで箒チェイスをしているとき、本当に楽しかった。
シリウスともルーピンともピーターとも違う不思議な感覚がした。
「シリウス、とめて!」
ルーピンがこちらの腕を掴みながら叫ぶ。腕を振り払い、コルク栓を抜いて、手にした薬を口に放り込む。
飛びついてきたルーピンにピーターに押され手の中の試験管が飛ぶ。
シリウスがテーブルを回りこんでこちらを押さえつけるより早く、噛み砕いた薬を冷めたお茶で飲み下す。
「出せ、ジェームズ、吐き出せ!」
「……」
地面に倒され、ハラに乗られ、食いしばった口をこじ開けられそうになる。
「なんだ、何の騒ぎだ!?」
スネイプが両手をクリームだらけにして現れる。
「……」
地面に散らばるハートの物体。
スネイプはそれを目にして怪訝な顔になった。


そこで、記憶は終わった。


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