◎ pigeon ◎
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「……」
いきなり腕を掴まれ見てみればそこはスネイプがいた。
「お前だ」
「え?」
「やっと、やっと見つけた」
黒い瞳を嬉しそうに細めスネイプは言った。
「……え、ええと」
ジェームズは何が起きているか分からなかった。
顔を見れば睨まれる。話しかければ嫌がられる。肩に付いたゴミを取ってやろうと手を伸ばせば振り払われる―。
理由は分からないがセブルス・スネイプという人は自分を毛嫌いしていた。
なのに。
今、彼の瞳はうるうると潤み、唇は口角が上がっている。『会いたかった、ものすごく会いたかった、会えて良かった』と語ってる。

喜ばれている。

セブルス・スネイプはホグワーツでも一二を争う美貌の持ち主。
芝居がかった動作と、人を見下したようなしゃべり方が災いして『黙って座っていれば』と枕詞つきで表現される美少年。
艶々の黒い髪。真っ直ぐなそれを毛先だけふんわり顔にかかるようにしている。
最近少し髪を梳き、顔にかかる毛先が遊びやすいようにしていた。
髪を切ったスネイプは二三歳幼く見えた。
髪型が変われば顔つきまで変わって見える。
目つきが以前よりも優しく見えた。
もともと濡れたような光沢の瞳をしていて優しげは優しげだったが、切り取った黒曜石のような色合いとあいまって、冷たく冴えた中にも凛とした美を演出している。

あまり意識したことはなかったけれど、怒りや嫌悪で歪んでいないスネイプの顔は、なるほど噂通りの美形だった。

「あの……」
「探したぞ、この一ヶ月」

その台詞でジェームズは合点がいった。

おかしいと思った。
今のスネイプは、十年も会ってないような親友に見せる顔をしていた。

にっこり笑ってみた。
スネイプもつられて微笑んでくれ、次いではっと我に返りいつものように澄ましたカオに戻った。

微笑めば微笑み返してくれる。

つい数週間前、合同授業で肩を叩かれ振り返ったときの、とても残念そうなスネイプの顔が思い出されジェームズは、心の中でため息を付いた。

まただ、これで三回目だ。
最初はシリウスに、ルーピンに告白するよう仕向けたとき。
次はバレンタイン。スネイプがルーピンに振舞った絶品チョコ(ルーピンが言っていた)、最後の一個を食べようとしていた彼から奪い取った時。
そして今だ。

この三回とも自分は眼鏡を掛けずにスネイプの前にいた。

季節外れの新入生かと言われた。
ルーピンの友達か?と訊ねられた。
そして今だ。
毎日のように顔を会わせていてこの一ヶ月さがしたぞ……だ。

ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに、ほんとぉぉぉぉに、俺が誰だか全く分からないんだなスネイプ!

ただでさえ理由も分からず嫌われててへっこんでるところに、あんなに目の敵にしている自分が、眼鏡を取っただけで誰だか分からなくなるなんて……。
しかも最初の読み通り本当に本気で分からないなんて。

天然もここまで来ると、罪悪だ……。

悲しかった。そしてムカついた。

ちゃんとカオくらい覚えてろよ!

叫びそうになってふとジェームズは思った。

でもこれは考えようによってはチャンスだ。

どうしてスネイプが自分を毛嫌いしているか聞けるじゃないか。
どうせジェームズ・ポッターと分からないんだ。
この際スネイプが好きそうな性格を演じてやろうじゃないか。

ジェームズは覚悟を決めた。

シリウスが言う女の子を孕ませそう(汗)なステキな笑顔を浮かべる。

「こんにちは」
微笑み軽く会釈する。

まず挨拶はお約束だろう。

案の定スネイプはあっと目を見開き思い出したように言った。
「良い天気だ……」
「僕に御用ですか?」
「そうだ、お前に訊ねたいことがある」
スネイプは自分に腕を絡める。
捕まえておかないと消えてしまうと言わんばかりに。
懐から彼はチョコを取り出した。それはバレンタインの時に渡した手のひらほどの大きさのコインチョコ。
「これはなんだ?このチョコに深いイミはあるのか?」
スネイプの喋り方は、父が開くパーティーで見かける年かさの人のようだ。
二十年位前の貴族の城主ならこういう高圧的な物言いをする。
シリウスはスネイプのこれを『何様的態度』と命名し腹を立てている。
名門ブラック家の、分家とはいえ長男に生まれた彼はスネイプの口調を聞くと自分の家で遭ったさまざまなしがらみを思い出すらしい。アレがなければ少しはマシなのにと、いつも言っていた。
「深い意味とおっしゃいますと?」
スネイプがそんなだから自分も自然と年長者に対するものの言いようになってしまう。
「これは婚約祝いにも贈られる誓いのチョコだ。私にこれを贈ったのは、何か含むところがあってのことか?」
「……」
知らなかった。
「全然知らな、知りませんでした」
「……」
スネイプは目を開いてジェームズを見つめる。

大きな黒い瞳に見つめられジェームズはらしくもなくどきどきした。

髪を切ってスネイプは綺麗よりもかわいいの方が強調されるようになった。

ルーピンばりにかわいらしくなった。

「……」
「……どうした……?」
目を細める彼の訝しげな表情でスネイプを不自然に見つめていたのに気がついた。
ジェームズは我に返り不安そうに表情を曇られたスネイプを安心させるように微笑んだ。
「実はそれは、実家の母からのもらい物なんです」
バレンタイン当日。お父様の取引先の方から頂いたからと、母がふくろう便で届けてくれた。
やけに高そうな化粧箱に入り一箱に一枚入りというのが気になっていたが、五箱届いたうちの三箱をシリウスたちにおすそ分けし、残った一箱は自分で食べ、最後の一箱をスネイプに渡したのだ。
ジェームズはその旨をかいつまんでスネイプに説明した。
「手ぶらで行ってチョコを下さいなんで、あまりにもずうずうしいと思いまして……でも、事前になんの準備もしていなかったので……」
ルーピンが絶賛したスネイプのチョコをどうしても食べたかった。
「母君からの贈り物を流用したわけだな」
「……そういうことになりますか……」
スネイプはほうとため息をついて表情を緩めた。
「そのチョコが……どうかしたんですか?」
「いや。含むところがないならいい……時に、母君に差し上げるお返しは決めたのか?」
お返し。
律儀なスネイプらしい発言にジェームズに思わず笑みがこぼれる。
「……いいえまだ。でも、チョコレートにしようかと……母も美味しいものには目がありませんから」
そうだと、ジェームズはスネイプに頼んでみた。
「バレンタインに貴方が作られたチョコ、とても美味しかったので母にも食べさせたいのですが……つくり方を教えていただけませんか?」



「それで?」
ルーピンは訊ねた。
「明日チョコの作り方教えてもらう約束してきた」
寝室のベッドに腰掛けジェームズはうっすらカオを綻ばせ言った。
「明日うまく話を持っていって、俺を嫌ってる理由が訊き出せれば万々歳だ」
ジェームズは上機嫌だった。
隣のベッドではピーターが、ベッド一杯にお菓子を広げてこれがいいか、あれがいいかと呟きながら袋詰めしている。

入学したときから気になっていたこと。それが明日分かるかもしれない。

ジェームズは破壊された眼鏡が復元の呪文でゆっくり戻る様を見ている。
何をしていなくても自然と口角がもち上がる。
嬉しさを隠しきれないらしい。

嫌われている理由がやっと分かる。

彼の浮かれっぷりはそれだけではないようにルーピンには見えた。

心配することなかったな。

ルーピンは袋の中にねまきをつめながら思った。

はじめて見学にいったクィディッチ。
傍から見ても異様に張り切ったシリウスとジェームズは空中衝突した。運良くシリウスの上に落ちたジェームズは眼鏡の破損で済んだが、運悪くジェームズの下敷きになったシリウスは両腕と肩を骨折した。
今日は、シリウスは保健室でお泊り。不安だから傍にいてくれと、小型犬のように潤んだ目で訴えられルーピンは思わず夕飯が終わったら戻って付き添ってあげると答えていた。
夕食後、具合が悪くなることにした。
仮病がマダム・ポンフリーに通用するか不安なところだけど、いったん戻って彼の分も必要なものを運ぶことにした。

そうしたら、寮の入り口でスネイプに腕を組まれたジェームズがいた。

二人は和やかな雰囲気で話をしていた。
自分からはジェームズの背中しか見えなかった。でも、彼を見るスネイプの顔からはこわばりが抜け、いい感じにリラックスしていた。
邪魔をするのが悪い位、いいムードだ。
ルーピンはそっと後づさる。靴のそこが床をこすり、微かに音を立てた。
スネイプがカオを上げ自分に気がつく。
不意に慌てたように表情を硬くしてスネイプはジェームズの腕を放し彼に何事かを告げ歩き去った。

邪魔をしちゃったかと思ったけど、ジェームズがこんな感じでうっとりいるので心配することはなかったと思った。
夕食の時もジェームズはどこか上の空で、スリザリン席にいるスネイプを見やり、笑いかけていた。
まだ眼鏡が直らず、素顔のままでいるジェームズをスネイプは不思議そうに眺めていた。

「これもってって」
ピーターがお菓子をつめた袋を自分に差し出す。
「シリウスにおみまい」
微笑むピーターにルーピンはたった一晩のことなんだけど……と続く言葉を飲み込んだ。

これはピーターの気持ちだ。黙って渡してあげよう。

お菓子をつめルーピンは、じゃ、また明日と立ち上がる。寝室を出て、談話室を通って外に出る。
夕食後、就寝前までの時間を皆は思い思いに過ごしている。寮の外に人気はまばらだった。
お風呂にいく集団と時折すれ違うだけ。
次の角を曲がれば保健室、というところでスネイプの姿を見かけた。
スネイプは湯上りらしく濡れた髪をしていた。
「こんばんは」
ルーピンは挨拶した。
「良い夜だ」
自分を見るとスネイプは微かに首を傾げ笑み返してくれた。
「……具合でも悪いのか?」
保健室の方を見やり自分の持つ袋に目を留め彼は言った。
「……ううん……そういうわけじゃないけど」
付き添うために仮病をつかってお泊りなんて言えない。
心配そうな声のスネイプに曖昧に返事を返す。
「ちょと用心のために……」
「そうか……それならいい」
呟きスネイプは自分を見つめる。
潤んだようなつやつやの瞳は何かを言いたそうだ。
「……」
小首をかしげルーピンは視線で訊ねた。
スネイプはルーピン、ルーピンにはスネイプしか見えていなかった。

それで気がつくのが遅れた。

「なんだ貴様らは!」
スネイプが表情を険しくし威嚇するよう怒鳴る。
フードを深く被った人間が三人見えた。実際は四人いたらしい。
ルーピンの背後から冷たい腕が伸びてきて彼の口を塞いだ。がしっと腹を押さえられ持ち上げられる。
足をばたつかせて抵抗するが相手はびくともしない。
視界の端で左右から両腕を捻り上げられ呻くスネイプが見えた。
三人目が杖をスネイプのわき腹にあて何かを唱える。
聞いたことのないフレーズ。碧色の光がほとばしり彼の体が崩れ落ちる。
くるりと振り返り男はこちらの腹にも、冷たい杖の先を押し付けてくる。
杖の先が発光する。
全身に刺されたような痛みが走りルーピンは意識を失った。



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