◎ pigeon ◎
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お返しはなにがいい? ルーピンがシリウスに訊ねられたのは、ホワイトデー十日前のことだった。 「え?」 そのときルーピンは髪を梳かそうと準備をしていた。 ベッドの並ぶ五人部屋。 ルーピンたちはこの部屋を四人で使っていた。 空きベッドをそれぞれ共同の荷物置き場にしていた。 そこにおいてあった鏡が見当たらなかったので、ルーピンは窓、ジェームズとピーターのベッドの境にある窓に魔法をかけ鏡にした。 椅子を用意し腰掛け鏡に向かう。そして、いつもは首の後ろできっちり編んでいる三つ編みを解いているところにそう訊かれた。 シリウスの目の前で振り返るルーピンは、正面から日光を浴びているせいだろうか?鳶色の髪はうっすら銀味がかった金色になっている。 心持見開かれた薄い茶色の瞳も、ともすれば満月を思わせる冴えた金色に見えた。 「おかえしっ」 夜色の瞳を細めシリウスはもう一度訊ねた。 「おかえし?」 鏡の中のルーピンが首をかしげる。 「バレンタインのおかえしだ」 微笑み言うシリウスをルーピンは見上げる。 ルーピンはいつもかけている眼鏡を外していた。 美少女と見紛うほどの愛らしい顔立ちが不思議そうに自分を見つめ、シリウスは胸を高鳴らせた。 顔立ちもさることながら、髪。 解けかかった長い髪がベールのように背に流れ、ルーピンの可憐さにいっそうの華を添えている。 「何が欲しい?」 シリウスはルーピンの手から髪を奪い、三つ編みを解く。見かけより硬質の髪は指を絡めても巻きつかない。 皮膚の表面を覆うように纏まっている。 「解くぞ」 声をかけ、シリウスは差し込んだ指を一気に後頭部から足先へ滑らせる。 編んでも腰までとどく髪は、解くと踵につくほどある。 それをゆっくりほぐし、その一房をいとおしげに持ち上げ、口付けると、ふっと目をほそめシリウスは微笑んだ。 一房とりあげ口付け、シリウスは髪を梳く。 「……」 ルーピンはじっと前を向き自分の髪を梳かし、その度愛撫するよう口付けるシリウスを見ていた。 幸せそうな顔をしている。 抑えきれない喜びが表情に滲み出ている。 シリウスとってバレンタインは記念すべき日だ。 告白して、ンヶ月目にしてやっとOKの返事をもらえた記念の日。 はじめてチューをした、そのあと堂々と手をつないで寮まで帰った記念の日。 その夜、満月前一週間を除いて現在まで続くオヤスミの抱擁の始まった記念の日。 付き合い始めて一ヶ月目のホワイトデーを節目の記念日にしたいんだろう。 ルーピンは思った。 シリウスはただでさえ自分をかまう。 満月近くになると体調を崩す自分を心配して、くしゃみ一つにまで神経をすり減らす。 とにかくこちらの体調に関してしつこいまでに徹底管理しようとする。 ささいなことで保健室に連れて行かれ、熱を計れと体温計を差し出されたのも一度や二度じゃない。 たまたま微熱なんかあったときには大騒動になる。 たかが微熱、どこも痛くないから大丈夫だという自分の言葉は聞いてもらえない。 マダム・ポンフリーの呆れ顔には目もくれず、シリウスは保健室のベッドに自分をつっこみ、眠るまで必ず傍にいる。 告白してOKを出したら、どんなにひどくべたべたされるかと覚悟していたが、いちおう『付き合っている』という事実がシリウスを安心させたのか、以前よりは構い加減がゆるくなっていた。 健康面に関しては相変わらす厳しいが、シリウス以外の誰かと話をしていても、その相手に嫉妬丸出しの刺すような視線を向けなくなったし『構いすぎる』と伝えてからは三回に一回は放っておいてくれるようになった。 髪を梳かしてもらう……。 あやされているようなボンヤリとした幸福感が胸一杯にこみ上げてくる。 そういう『構い方』は久しぶりだった。 たまになら、こういうのもいいな……。 頭を触られているせいか、眠くなってくる。 ふんわり、まったり、夢見心地だ。 「……なんでも……いいよ」 ルーピンは一瞬、うととしながら返事を返した。 「シリウスがくれるなら、何でもうれしい……」 「うーんそれじゃ困るんだ」 「んーー」 髪をすべるシリウスの指の感触が気持ちいい。 目を閉じルーピンは吸い込まれそうな眠気を覚えた。 「じゃあ食べ物とそうじゃないものどっちがいい?」 シリウスは訊ねながら梳かし終わった髪を分ける。 「……食べ物……お菓子がいいな……」 高級品でなくていいから、自分が贈ったチョコと見合うくらいの金額の。 キャンディーよりもクッキー、クラッカーがいい。 あまり甘くないもの。 ああ、でもやっぱりチョコがいいな……。 そう― 「ああ、チョコがいいな。あの時のチョコ、もう一度食べたいな……」 ボンヤリする頭でルーピンはつい言っていた。 「あのとき?」 「ん……バレンタインの前の日に」 バレンタインの前の日に地下牢教室でスネイプがご馳走してくれた彼の手製チョコ……。 刻んだナッツにチョコを絡めただけのシンプルなものだったがさっくりナッツの歯ざわりとセミビターのチョコの苦味が絶品だった。 「とってもおいしかった。シリウスにも食べさせあげたいな……」 「そうか……そんなにうまかったのか」 シリウスの穏やかな声が訊ねてくる。 「うん……」 うっとり目を閉じるルーピンは気付かない。 彼の髪を編みながらシリウスの目が不機嫌そうに細められたこと。 「でも、チョコはミルクスイートのほうが僕好みだな……」 「ミルクスイートでナック入りチョコか……分かった。作ってやるっっ」 「え?……」 「俺がアイツの作ったチョコよりももっとうまいの作ってプレゼントするから……楽しみに待ってろ」 「―」 ルーピンは唐突に目覚めた。 髪をいじられているあまりの気持ちよさについ漏らしてしまったが、シリウスはスネイプが大嫌いでスネイプもシリウスが大嫌いだった。 二人は顔をあわせればいつも喧嘩になる。 シリウスやジェームズをものすごい形相でにらみつけるスネイプは『ポッターの腰巾着』と呼ぶ自分とピーターには親切だった。 シリウスにはそれが余計に気に入らない。 スネイプは世話好きで面倒見がいい。 『小さくて』『華奢』でかわいいものが好きだから自分やピーターをかまうのに、シリウスはスネイプの行動を何かの下心があるからに違いない!と思い込み自分に彼が近寄ってくると威嚇するようになった。 スネイプが歩いてくると必ず自分と彼の間に入りなんとも言えないきつい目で睨みつける。 ふてくされたような表情でじっとスネイプを見据え黙っている。そして唐突にいちゃもんをつける。 スネイプも黙っている人ではないので言いかえす。 言い合いが罵り合いになり掴み合いになりそうになる。 ピーターはおびえ自分の後ろに隠れ、ジェームズは仲裁に入ろうとしてスネイプに『引っ込んでいろ!』噛みつかれ何がなんだか分からないことになる。 スネイプに対して失礼な、あんまりにも失礼な態度をとるシリウス。しかも原因は自分……。たまらない。 とうとうあるとき自分は切れてシリウスに言った。 スネイプと友達になりたいと思っていること。 目を剥いて諌めようとするシリウスに言った。 『僕のことを大切に思って色々してくれるのは嬉しい。けどだったら、僕の大切にしているものも同じように扱って欲しい。演技をしろなんて言わない。嫌いのものを無理に好きになれなんて言わない。ただシリウス、君はスネイプのこと嫌な奴だって決め付けてる。ただ態度が不快だからキライ。それも立派な理由だと思う。でも、それならどうして彼がそんな態度を取るのかその訳を知ってからでも嫌うのは遅くない』 あんなに横柄なのは他人のことを見下して馬鹿にしているからなのかも知れない。 自分の取っている態度が人の不愉快を誘っていると気付けないだけなのかも知れない。 言葉の中にその辺を見極めて行動しろと思惑を込めて、ついつい一気にまくし立てた。 シリウスは目を見開いたまま自分の顔を凝視して息を止めていた。 『花のようなリーマス』に初めて激しくまくし立てられ吃驚したのかもしれない。 何も言わなかったがシリウスはその直後からスネイプに対して目に余る行動を取らなくなった。 噛み付いてこないシリウスをスネイプは『具合でも悪いのか?』と訊ね少し心配そうな顔になった。 ジェームズは、シリウスはただ単に仲の良さそうな自分とスネイプに例のごとく嫉妬しただけじゃないか?と読んだ。 スネイプに対する暴言は『嫉妬の発動』、自分に対する『愛着の現れ』だったんじゃないか? 聞かされ、なるほどそれもあるなと思った。 思い返してみればシリウスは中々寂しがり屋。 スキンシップが大好きで、他では絶対しないが、たまぁに自分に擦り寄るように甘えてくる。 そう考えるとあんなにまくし立てて悪いことをしたかもと思った……。でも言ったことは事実で、今後のこともあるからシリウスにはスネイプに対する変な先入観を払拭してもらいたかった。 すっかり無口になってしょげてしまったシリウスが可哀想で、大人しくなってしまった彼に努めて自分から手をつないだり触ったりした。ちょっと鬱陶しいかなと思ってもちょっかいを素直に受けてみたり……した。 シリウスは徐々に元気を取り戻しつつあるがそんな理由で、スネイプに対して痛いトラウマがある。 噂話でも自分の口からスネイプの名前が出るととても不愉快がる。 ルーピンが目を開くと案の定シリウスは眉間に深く皺を刻んでひたすら髪を編んでいた。 「シリウス……」 「ん?」 「怒ってる……?」 「……」 シリウスは無言で髪を編み上げると、毛先をくるっとひねって留めた。仕上げに水色のリボンを結んでから彼は言った。 「……怒ってないけど……」 ふうとため息をついてシリウスは僅かに悲しそうに笑った。胸を突かれるような儚い笑み。 「相変わらず仲いいなと思って……」 「仲よしなんかじゃないよ」 ……しいて言うなら仲良くなりかけてるといったところだ。 「……」 シリウスは見るからに萎んだ。 身長で頭半分強高い男が自分より小さく見える。 その様子があんまりにも哀れだった。 同時に自分に足りないものにも思い至った。 「ねえ、シリウス」 ルーピンはシリウスを招き寄せた。 腰掛けているルーピンはシリウスをかがませ耳元で囁いた。 「スネイプとは友達になりたいと思っているけど…… シリウスは僕にとって友達で親友で……恋人だからね?」 ちゃんと覚えておいて。 「……」 シリウスの目許が桜色に染まる。 反射的に体を引いたシリウスの首にルーピンは腕をまわした。 「リーマス?」 「……」 目をまん丸に見開くシリウス。ルーピンは穏やかに、花のように笑む。何事か言いかけた彼の唇に己のそれを重ねた。 ちょんと触って離れていくキスではない。口と口が触れるだけのものだったが舌こそ入れていないぴったりと唇をあわせる深いキス。 人狼に噛み付かれたものは人狼になる。 歯で怪我をさせるかもしれないから絶対ディープキスは嫌だと頑なに言い張っていたせいかシリウスは自分から舌を入れてくることはない。 大人しく唇を開いて目を閉じている。 すぐそこにあつい塊があるのが分かる。ルーピンはシリウスの顎を持ち上げ、そうっと自分の舌を伸ばそうとしてやめた。 それをしたら、行くところまで行かないと気が済まなくなる。満月は七日後……。そろそろ瞳も金色に変わりはじめ、狼の気配が自分の中に色濃く現れる頃……。 危険だ。 衝動のままに行動してシリウスに怪我をさせてしまったら、取り返しがつかなくなる。 今必要なことはシリウスに自分の気持ちを伝えること だ。 そのまま唇を離す。 腕を放すとシリウスはふっと絨毯に座り込んだ。 「……リーマス……嬉しいけど……いきなり何を……」 かすかに胸で息をしながらシリウス。 ルーピンは両手でひざまずくシリウスの顔をはさみ自分の方へ向けさせた。 「僕はシリウスとこういうことしたいと思うけどスネイプとしたいとは思わないんだ……」 「……」 僅かに欲情の混じる瞳で真っ直ぐシリウスの瞳を見つめルーピンは告げた。 「それを知っておいてもらいたかったんだ……」 「……」 シリウスはちょっと潤んだ目でルーピンを見やった。 治まりかけた顔の色がふわっと赤みを増す。 ルーピンは小さく深呼吸して己の中の欲情を抑えた。 「ちゃんと覚えておいてね?」 念を押し微笑む自分の前で、シリウスはなんとも照れくさそうに表情をほころばせた。そしてすぐ真顔になって言った。 「キスしていいか?」 「今したばかりだよ?」 「俺からしたい」 細められたシリウスの瞳には強いぎらぎらするような輝きがあった。ルーピンを魅了したあの目の輝き。 ぞくぞくと、背筋に震えがくる。 見つめられるだけでなんともいえない快さを感じる。 「うん……」 ルーピンは答えた。 そっと伸びてきた腕に頭を抱きしめられる。 編んだばかりの髪をなでるシリウスの手はとても優しい。 妙に意識したせいか、触られている場所がじんじんとむず痒い。時折ぞくりと皮膚の表面に心地の良い震えが走る。 気持ちがいい。 ルーピンは音もなくため息をつく。 触られているだけでこんなになるなんて不思議だ。 ゆっくり背中にまわるシリウスの手。 顎を持ち上げられ、そっともたらされるキス。 視線の鋭さとは正反対の優しい口付けにルーピンは頭の芯がボンヤリとした。 触れるだけ。絶対に口内には押し入ってこない。 でも、押し入るように深く、角度を変えて何度も押し付けられるその仕草に本当はシリウスがどうしたいのか分かってしまった。 一ヶ月前には彼とこんなことをするなんて想像もできなかった。 シリウスはやさしい。 こちらが本気で嫌がることは絶対しない。 彼といると大きなものに包まれている安心感がある。 それに溺れてしまいたいと思う。 そっとわき腹に手が添えられる。 びくりと体が強張る。 その気配を察知したのか手はそれ以上動かなかった。 触られている部分が熱い。 知らないうちに呼吸が荒くなっていく。 おかれた手のひらの感触に妙に感じている自分がいる。 忘れていた体の深部の疼きで身もだえしそうになる。 噛み付けば、引っかけば、シリウスに人狼の呪いをうつしてしまう。 ルーピンはぎゅっと目を閉じ他人の体温でぐらぐらし始めた頭を振った。唇がずれ、唾液が糸を引く。 体液は精気の匂いがする。 唾液も血液もみんな同じものだった。 生きる力に溢れるかぐわしいもの。 彼の持つ精気の味にルーピンは我を忘れシリウスの首筋にひきよせられた。 |
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