◎ pigeon ◎
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私は、一体何をしているんだろう。

スネイプはグリフィンドール寮の前にいた。
壁の飾り彫刻の隙間と隙間に身を隠し、寮生の出入りを見張るのももう日課となりつつある。

ホワイトデーまであと十日。バレンタインから二十日も経ってしまったのに、どうしてもあの男のことが忘れられない。
あの日、こちらの手からチョコを奪った男。
お詫びの印として意味ありげなチョコを握らせ去ったあの男。
あれは夢だったと割り切っては見たものの、手中に残るチョコが現実だと告げる。
もう一度会ってどういう腹づもりか問い、返事の如何によっては……シメなくてはならない。

ばたんと音がして、グリフィンドールの太ったレディの扉が開いた。

現れたのはリーマス・J・ルーピンだった。
声を掛けようと一歩踏み出したところで後ろに続くシリウス・ブラックの存在に気がつく。
体を引いて隠れた。
自分が連日グリフィンドール寮の前にいることはそろそろ周囲の噂にも上り始めている。

ここで奴と顔を合わせ、騒動を起こすのは得策ではない。

シリウス・ブラックはクィディッチのユニホームを着ていた。手入れの行き届いた箒を、穂を上に向け、ルーピンの後ろを守るように歩いている。
クィディッチ選手らしい無駄の少ない体型。
長身でがっちりとした肩幅に長い手足。
美男美女の多いブラック家の血筋らしく、シリウス・ブラックは目鼻立ちのはっきりした、女好きのする華やかな顔立ちをしていた。
烏の濡れ羽色と形容するにふさわしい黒髪。
同じく夜色の瞳はダイヤをはめ込んだような強烈な輝きを秘めている。
隣を歩くルーピンを花と例えるなら、ブラックはその花の咲く園を守る騎士といったところだろうか。

二人は笑いあいながら角を曲がる。

曲がりしな、ブラックがこちらに視線を向けルーピンの肩を抱き引き寄せた。

隠れているのはばれていたらしい。

それにしてもルーピンの想い人があのシリウス・ブラックだったとは、大きな驚きだった。
彼から両想いの相手から告白され、諸事情で返事を迷っていると聞いた時、自分は背中を押す発言をしてしまった。

シリウス・ブラックは、容姿は申し分ない。
家柄も、ブラック家はスネイプ家と並ぶ旧家。
純血の名門。
その昔、生まれた子が異性同士だったら結婚させようか?との話のあった程、血筋の高貴さと由緒正しさでは右に出るものはない。
ただ、シリウス・ブラックは下々の者に対してくだけ過ぎたところがある。
同じ旧家の者としてそれは如何なものかと自分は憂いている。
成り上がりのポッター家と付き合うからそういうことになるんだと、せっかく忠告してやったのに、奴は顔を真っ赤にして怒り狂った。つかみ合いのケンカをしたのはあの時が初めてだった。

ブラックの、旧家の跡取りとも思えない堕落した態度は日々目に余っている。どんな人間とも会話し、使用人にまで友人のように話しかける。
もともと好きではなかったが、この一件で自分達は犬猿の仲になった。

「……」

まったく、次代の跡取りとは思えない破廉恥なふるまい。貴族の面汚しめ!

スネイプはそこまで考えて、気持ちの沈んでいる自分に気づいた。

下々の者とみだりに口を利き、成り上がりポッター家のあの悪魔のようにずる賢いジェームズ・ポッターなどと付き合いながらも、シリウス・ブラックは生き生きとしてとても楽しそうだ……。

城主たるもの下々の者にみだりに言葉を掛けてはならない。
一見些細に思えるが、それは、先祖代々続いた名門の権威を失墜させることにつながる。
先々代はどこの馬の骨だか分からない下賎な輩の口車に乗せられ財産の半分を失った。

下賎な血のものにはけっして関わってはいけません。
卑しいものは虎視眈々と高貴の血、財産、名誉を奪い取ろうと画策しています。そんな輩と馴れ合うくらいなら孤高に振舞いなさい。誇り高く、歴代のご先祖様方に恥じぬように生きるのです。

母は言った。

名誉も大切だけど、人生は楽しむことだよ。
友達をいっぱい作って、色んなところに遊びに行って、けんかして、仲直りして、好きあって、嫌いあって、お互いを磨きあいながら過ごす。それは何にも変え難い宝物なんじゃないかな?

父はそう言う。

父と母は正反対のことを言って自分を困らせる。
父の言葉は魅力的だが家のために好きでもない、いくら優秀とは言えよりにもよってグリフィンドール出の父と結婚した母のことを思うと、次期城主としての自分は母の言葉が正しいように思える。

個人の楽しみより、家の繁栄。
「……」
でも、どきどき悲しくなるのは自分の体に父の血が、バカ騒ぎが好きなグリフィンドールの血が流れているからだろうか……。

「『双子のほうき、びゅんびゅん』」
合言葉を言う声に聞き覚えがあり、スネイプは我に返った。
開いたドアの前に人が立っている。
赤と黄色の競技用ローブ。グリフィンドールのクィディッチ・チームカラー。片目を押さえ俯く男の横顔に見覚えがあった。

……いた。

どくんと心臓が激しく打った。
さっきまでの憂鬱さは消え、かあっと全身を血が駆け巡るのがわかった。

見つけた。

スネイプは飛び出し、寮内に入ろうとしていた男の腕を引いた。
わ、と小さく男は叫びこちらを見返る。
「……いた」
見つけた、間違いない。
くしゃくしゃとくせのついたぬばたま色の黒い髪。
愛嬌のある切れ長の目、下がり気味の目じり、通った鼻筋にシャープで芸術的に美しい顎のライン。
「お前だ」
「え?」
やっと、やっと見つけた。



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