サランディプティー 
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※※※※※

水の入ったグラスを渡しながら反対側の手で、グラスを持っていないほうの大佐の手を掴む。頭を押さえて、唇にキスをしていた。

「……」

あまりに不意打ちだったのか、大佐は目を見開くこともせず、じっと、何が起きたかまったく合点がいかない、と言った様子で固まっていた。

薄い唇だった。
この唇が、鋼への毒を吐き、部下を説得し、上司を手玉にとる言葉を吐くんだ……。

このくちびるで大佐は意中の人に愛をささやくんだろうか……。
「……」
抵抗されないのをいいことに、もう一度キスをした。
今度は、少し深く、口の中の粘膜同士がこすれるように、音をさせて卑猥に。
そこまできてようやく大佐は我に返ったらしい。
目が見開かれ、グラスの水をこちらの顔目掛けて投げつけてきた。
毛足の長いじゅうたんに、ごとんとグラスが落ちる。
中佐が風呂に入っているとか、もうすぐ出てくるかもしれないとか、一切の考えはハボックにはなかった。
足を掛けようとする大佐の腕をひねり上げて、背後に拘束する。
そして前方のベット、三つならんだ右端に大佐を沈める。
スプリングが大きくきしみ、ベッドと自分の間にうつ伏せで挟まった大佐は、ううっと苦しそうに息を漏らした。

「油断しましたね、大佐、ロイ」
「何を考えていえる?」
「あなたが好きなんです」
「それは何度も聞いた。それで?」
「好きだから、キスしたいって思うのはいけませんか?」
「気持ちにはこたえられないと言ったはずだ。私は」
「『片想いをしている』誰にですか?」
「腕を離せ」
「本当に片想いしてるんですか?あなたほどの人が片想いだなんて、言い寄って落ちない人間がいるなんて信じられません」
「……」
呻きながらロイは、腕を離してくれと呟いた。
「……」
少し力を緩めると、ロイは大きくため息を付いた。
「お前は、お前は私を買いかぶっている……」
「何をですか?」
「気持ちが伝わらない瞬間なんかたくさんあるだろう?」
ふうと息をつく大佐は目を吊り上げえぐるようにこちらを睨んでいる。
怒った顔は眩暈がするほど美しかった……。
「誰に片想いしているか言うのは簡単だが、お前はすぐに態度に出るから言いたくない」
「……」
「普通に何事もなかったかのように彼に接することができなければ言いたくない」
「普通になんかしてられません!!あなたが好きな奴ですよ、そんなやつが目にいたら、嫉妬でおかしくなりそうなのが普通でしょ?平然となんかしていられません!!」
「……」
ローブの裾を捲り足を触ると、ロイは不快そうに眉を揺らした。
このまま……。いっそこのまま力づくで……思ったとき、ロイが口を開いた。
「後悔しないな」
「……え」
「お前がこれからはじめようとすること、後悔はしないな?」
どんな結果になっても、どんなふうになっても後悔はしないな?
「それだけ約束しろ。明後日から私と顔をあわせても普通に何事もなかったようにできるな?」
「……そんなの」
「他人に気取られるな……。私の貞操を奪うんだ。それくらいは守ってもらう」
[そ、そんな……]
俺は大佐を強姦したいんじゃないんだ……。
「ただ、好きだというきもちを……」
「それなら十分伝わった。我を忘れてしまうくらい私に思いを寄せてくれていると……。その気持ちはとてもありがたいと思う。だが、私という人間はお前には合わない」
私がお前の気持ちを受け入れたとしよう。
「出世のため、お前以外の人間と私が寝たとして、おまえはそんな私を許せるか?」
「それは……」
「『そのときになってみなければわからない?』今考えろジャン・ハボック。片想いの相手の名前を言えと私に迫ったお前が、彼を前にして平静でなどいられないと言ったお前が、出世のために他の誰かと寝るような人間を許せるはずはないだろう?」
「……それは」
「少なくとも私はそう思う。違うというなら、どう違うのか教えてくれ。私を納得させることができたら、前向きに検討させてもらおう……火曜日にランチをどうだ?」
「……」
「火曜日にランチに行こう……そろそろヒューズが風呂から出てくる……この有様を見られたくない……離してくれないか?」
「俺はただ、あなたの傍にいたいだけなんです」
「……お前は得がたい人材だと思う……かけがえのない私の大切なスタッフで仲間だと思っている……。ヒューズが戻ってくる……話は火曜日だ」
そういわれては下がらないわけにはいかなかった。
「すみません……大佐……」
「……わかってくれたならいい……」
ロイを解放し、とりあえず、非礼を詫びる。
中佐がタイミングよく風呂から出てきた。
次を進められたが今日は帰ることにした。

言われた言葉の意味がぐるぐる頭を回って、平静を装うのがやっとだった。


大佐は自分を『かけがえのない』『大切な仲間』と言ってくれた。
今はスタッフだが、いつか、いつかきっと……。
ホテルを後にしながらハボックはそのまま家に帰る気にならず、もう一杯飲もうと、いつもの店に行った。
「あ、来た来た」
店にはフュリー曹長、ブレダ少尉、ファルマン准尉がいた。
「みなさんおそろいで……」
「そろそろくるころだって思ってたよ」
ファルマン准尉がハボックをいざないながら言う。
「いいから座れ」
ブレダ少尉がグラスくれ、酒を並々注いでくれた。
「……」
「皆まで言うな。何があったか大体察しは着いてる……」
「とりあえず飲め、今日は俺たちのおごりだ……」
「……」
仲間の気持ちがありがたかった。
多分、根掘り葉掘り聞かれることになるんだろうと思ったが、一人でいたくないときにこうして気を使ってくれる彼らの気持ちがとても嬉しかった。

「ありがとう……みんな」

今夜は、飲むぞ!!


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