サランディプティー 
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※※※※

食事を共にしたんだからと、ハボックは中佐からこの宿泊も誘われた。
街で一番いいホテルの最上階。
セミダブルのベッドが三つ。三人部屋だ。

ただし、お前は明日きちんと出勤しろ。
そして、今日はソファで寝ろとハボックは大佐に言われてしまった。

一緒に寝ましょうとか、空いているベッドを使わせてくださいとは、いえなかった。

中佐と大佐にしてみれば、ここにはもう一人大切な人がいる。

この日はあいにく満室で、三人部屋を四人部屋に換えるのは無理だった。

大佐が事前に買ってホテルに持ち込んだというウイスキーと鴎ラベルの青いビールと白のスパークリングワインを飲む。ホテル側が冷やして飲み頃にしておいてくれた。
チーズとクラッカーを肴に酒盛り再開。

中佐はこの日のために三日間の有給休暇をとってやってきたらしい。
前回は大佐が有給をとってセントラルへ行ったから、今回は、ということだそうだ。

上司の昔話を聞きつつ酒を飲むのは楽しかった。

そのうち、大佐が風呂に入ると言い出し浴室に消えていった。


中佐と二人きりになった……。

黒髪、黒目がねのヒューズ中佐。
世話好きで面倒見がよくて、そして大佐の無二の親友。

「中佐聞いてもいいですか?」
「ん?」
「大佐の片想いの相手を、ご存知ですか?」
「……」
ヒューズ中佐は笑って、あいまいだった。

彼、なのか……やっぱり彼が大佐の想い人?

「まあ、少なくとも俺じゃないってことだけは確かかな」

こちらの気持を察したように中佐は言い放った。
ぐびーっとウイスキーを飲み干しながら中佐は、今まで見たことがない、怖い顔で笑った。

「……」
なんとなくこの人も大佐が好きなんだとハボックは思った。

妻があって、子があるのに、大佐が好きなんだと、おもった。

「妻子があるのに不謹慎だって思ったろ?」
「……」
気持ちを言い当てられてどきりとした。

「でも人を好きになるってそういうことじゃないんだよな……妻や子供を誰よりも愛してる。大切だ。それと同じくらい俺にとってはアイツが大切なんだよ」
「……同じくらい……ですか?」
生涯の伴侶と同じ比重で大佐が好き……。
この言葉には何か裏の意味があるんだろうか?
考えていると中佐は笑っていった。
「言葉の通り、同じくらいさ。妻子とはちがった意味でロイを愛しく思う」

同じくらい愛してる。

ハボックにとっては、結婚というのはとても神聖なものだ。
伴侶と『共白髪を誓う』という言葉がもっと東の国のほうではある。若いときに一緒になって、年をとって白髪になるまでもすっとその気持ちを忘れないでいるという誓いの言葉らしい。
何者にも換えられないほど伴侶は大切だ、という意味だと自分はおもっているが、それほどまで思える人(妻)を持ちながら、親友の大佐が同じ比重で大切というのは……?

甲乙付けがたいというならまだわかる。

でも妻帯者は最後は親友よりも妻を選ぶものだろう?

中佐が本当に何を言いたいのか、よくわからなかった。

でも、先手を取られたのはわかった。
自分も大佐が好きだ、大切だと宣言することで、中佐は予防線を張ったんだ。

ロイに近づくときは俺の存在を無視するなと、念を押すようにいわれた気がした。

「俺は……大佐が好きです」

できるなら、あなたに代わって大佐のそばにいたい……。
大佐の一番の信頼を勝ち得たい……。

中佐はじっとこちらを見やりながら何かを考えている。
榛の実色の瞳は穏やかで、その目を見ているとハボックは一瞬肩の力が抜けた。
中佐の目の色を見ていると、穏やかでのんびりとした気持ちになってくる。
ふと、ハボックはおもった。

これが、世に言う男の包容力というものなんだろうか……。

「ロイを理解することは難しくない」
こちらの目を覗き込みながら中佐は言った。
「奴の行動も、考えればあらかたは理解できる。ただ」
と中佐は言葉を切った。
「ただ、心がそれについていけるか……だな」
「……どういう」
どういう意味か聞こうとしたとき、大佐が風呂から出てきた。

先に風呂を勧められたが中佐に譲った。

大儀そうに腰を上げて中佐は風呂にむかう。

つかの間二人きりになる。
大佐、ロイは湯上りで、就寝用のローブを着ていた。
頭からすっぽり被るタイプで、襟ぐりの大きく開いたローブ。ゴブラン織りでよく汗を吸い、着心地のよさそうなローブの襟元からは肩甲骨がのぞいていた。
白い。
軍服の下の肌は生クリームのように白い。黒髪の人は、肌が微かにクリーム色を帯びていることが多い。
不思議な暖かさを感じさせる肌色を、大佐もしていた。
大佐は頭を拭きながら窓から外の様子を見ている。
軍服を着ているときは気が付かなかったがこの人は結構華奢だ……。
湯上り、いいにおいが部屋に広がっている。
甘い花のような香りそして、青い空を連想させる清々しい香り。素の顔の大佐が、うっとりと空に見とれている。
さすが高級ホテルの石鹸は匂いからしてちがう。

窓を開けてもいいかと聞かれたのではいと答えた。

さああああ……と、レースのカーテンを揺らして夜風が入り込んでくる。

月のない、星の綺麗な晩。
大佐は車を断って夜歩きを楽しむ。
今日もちょうどそんな晩だった。
乾いた暑い風に大佐はすぐに窓を閉めたが、天井の扇風機のファンがフル稼働で回るのをみている。

「すまないが水を一杯くれないか?」
「え、あ、はい」
グラスに氷を二三個入れて水を注ぐ。
それを手渡すと、喉が渇いていたのか、彼は一気に飲み干した。
湯上りで体の温まった大佐は、その唇は、ほんのりピンク色をしていた。
湿った赤い舌が口の中でゆっくりと左から右に動いた。

魔が、さした。

そうとしか言いようがなかった。


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