サランディプティー 
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オフィスに戻ると、ファルマン准尉が、フュリー曹長と一緒に西瓜を食べていた。
「ひとつどうだ?」
実家から送ってきた甘い西瓜。
喉も渇いていたので一切れ貰い、食べながら、大佐のことをそれとなく聞いた。
「俺は大佐がため息をつきながら『ドタキャンか』と呟いてがっくり肩を落としたのを見ただけだ」
思い返してみると、大佐が、机に肘をつき、がっくり頭を落としていたという話を聞いて、エドとの約束を断られたと考えたのは自分だった。
彼が、エドとの約束を自分から断るはずがないと考えていたのは、自分だ……。
でも、じゃあ、大佐はエドとの約束を断って、何をしようというんだ?
「あの、大佐は……?」
「大佐なら早引けされましたよ……」
「え?」
「ああ、そういえば、今日は大切な用事があるからと、ビールの美味い店をご所望だったな……」
ビール?
蒸留酒がお好きな大佐が、ビール?
仕事がらみか?
どっかの有力者がイーストシティにやってきて大佐に接待を頼んだ……。人脈強化、これ幸いと大佐はエドとの約束をキャンセルした……?
そう考えるなら、納得がいった。
大佐はある目的のために、出世を第一に考えていらっしゃる。
それなら、好きな人との逢瀬を断る大きな理由になる。
そう考えるハボックの傍らで、フュリー曹長がファルマン准尉にのんびり言った。
「結局どこの店にされたんでしょうね……大佐」
「さあな、そんなことは俺たちには関係ないさ。でも、仕事がらみじゃないだろう」
「……え?」
「いや、ビールと肉料理の美味い店を御所望だったんだが、大佐行きつけの店や、高級店はお気に召さなくてな、『個室が使えて、リーズナブル』が第一条件だったんだ」
「……」
接待なら、接待だと思えれば問題なかった。
女性を口説くなら、いくつかある大佐行きつけの店で事足りよう。でも、そうじゃない、情報通のファルマン准尉にわざわざ聞くということは……。
相手はよほど大切な人、ということか?
よほど大切で、好きな人よりも優先されるべき人?
ハボックは掴んだ二切れ目の西瓜を握り締めながら思った。
曹長が、汁、たれてますよ、と言ったような気がしたが理解できなかった。
もしかして、俺は、とんでもない思い違いをしていたのかもしれない。
考えてみれば、大佐が「好きな人がいる」と言ったとき、はっきり「誰」とは言わなかった。
見る人が見れば態度が丸わかりらしい。
お前が気付かないんじゃ、誰も気付かないなと言われただけだ……。
大佐の態度を見て自分はエドだと思い込んでいただけだ……。
「……」
だまされた……。
だまされた。
だまされた。
ちくしょう……。
「おーい、大佐あしたは所要でお休みなさるそうだ」
ブレダ少尉が、紙袋を下げて現れた。
「大佐から差し入れだ」
と、ブレダ少尉は紙袋を降ろすフュリー曹長が中身を漁ると、小ぶりの青い瓶に入って、鴎がラベルに印刷されている、見たことのない銘柄のビールだった……。
早退して、翌日休み。
趣味とちがう、ビールの旨い店を御所望になり、部下には心遣いの差し入れ……。
何か、大佐の周辺で、俺にとって喜ばしくないことが起きている。
本命はエドだと思っていたが、ちがっているかもしれない。
今日大佐は自分の本当に好きな人と食事を摂るのかもしてない……。
「あの、大佐にはどこの店を教えたんですか?」
努めて明るく、ハボックはファルマンに訊ねた。
ビールを一瓶手に持ってファルマン准尉はこけた頬を撫でる。
「二三教えたが、そうだな……たぶん大佐が行かれるのは駅近くの大通りから道一本図書館側に入った『鴎亭』だろう。ビールと炙った鴨肉が、最高で〜〜」
「鴎亭!今は予約がないと席にもつけないって言う話題の店じゃないですかっ?」
「親睦を深めるのには今最高の店だそうだ」
「ああ、聞いたことがあります。店の中央にある鴎の彫刻に触ると意中の人との仲が進展するってやつですね?」
「ほほう〜そんな先端の店に行くとは……大佐、とうとう本命でもできたか?」
小指を曲げたり伸ばしたらするブレダ注意の言葉に、もう我慢が聞かなくなった。
「あの、俺、用事を思い出したので帰ります」
「ええ?三時からの水道局との打ち合わせはどうするんですか?」
「悪い、変わってくれ」
「え〜イヤですよ、担当のおばちゃん、僕ニガテなんですから〜」
嫌がるフュリー曹長を拝み倒し、自分の分のビールを渡すと、ハボックは脱兎のごとく走り去った。

確かめてやる……。
なんとしても。
大佐の心を奪った女(場合によっては男かもしれない)の正体を暴いてやる……。

「人が悪いですよ、ブレダ少尉」
「そっちっこそ、ファルマン准尉、いや一番は、フュリー伍長か?」
顔を見合わせ笑う三人。
「鴎の彫刻は本当にあるんですよ?で、意中の人との仲が進展するというのも、本当みたいです。受付のお姉さんがいってましたから……」

ハボックが、大佐を口説いていたのはここにいる皆が知っていることだ。
傍観を決めたホークアイ中尉を除いて、ここにいる三人はみんな、振られるにせよ(万一奇跡が起きて)結びつくにせよ、早く白黒つけて欲しかった。

ハボックは、普段はとても優秀だ。
でも、大佐が絡むと途端に腰砕けになる。
彼の様子から、あたって砕けろ(告白・両想いになろうと口説く)努力はしているんだろが、凹んだハボックほど鬱陶しいものはない。

ハボックは、エドワード・エルリックと同じ、良くも悪くもムードメーカー。勝手な言い分だが、東方司令部・大佐付き執務官としては、ハボックにはいつも元気でいてもらわないと困る。

「……なあ、かけないか?」
ブレダ准将が言った。
「いいですね」
こけた頬を撫でながらファルマン准尉は目を閉じ仰向いた。
「振られるほうに五千センズ」
「キスをもぎ取ろうとして弱火で燃やされるに八千センズ……カケにならねえな……フュリー曹長は?」
「え、僕はいいです」
「なんでだよ」
「なんだか、ハボック少尉の不幸で一儲けするのも気が引けて」
「いいんだよ」
「そうそう。あたって砕け散ってもちっとも懲りないアイツが悪い」
「笑いを提供するのが、バボックのハボックたるゆえんだろうし」
「……」
表情を変えたフュリーにファルマン准尉は細い目をさらに細くして微笑み欠ける。
「設けたらその金で飲みに行くんだ」
「あ……」

結果が出たら皆でなぐさめてやろうじゃないか……。

少尉、准尉どちらからも出た言葉だった。
「そういうことなんだから、お前も一口乗れ」
フュリーは微笑み返すと准尉のまねをして仰向いた。

「大穴を狙って、キスだけはもぎ取れるに三千センズ!」


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