サランディプティー 
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鋼TOPへ
※※
夕方。
イーストシティは家路へ帰る人の波でごったがえしていた。
ロイ・マスタング大佐は私服で駅前のカフェにいた。
新しくオープンしたばかりのオープンカフェ。ひさしのもと、白い丸テーブルにつきながら駅へ視線を据える。
私服。白いサマーコートに手袋。まさか鴎亭が略装もしくは正装と義務付ける店とは知らなかった。
今日の食事に軍服は着たくなかった。最近は冠婚葬祭は全て軍服で通していたので慌ててたんすを探って昔に作った晩餐会用のモーニングを着ている。ネクタイがきつい。詰襟にはとうに慣れたが、このネクタイだけはいまだにニガテだ。
夕方とはいえ、まだ宵の入口にも入っていない。
コートのせいで行き交う人がじろじろこちらを見る。
目立つ服装は避けたかったが、出掛けにもうひとつのコートに紅茶をぶちまけてしまっては仕方ない。

今日は特別な日だ。たから特別礼を重んじてみた。

今夜の店の予約もなんとか割り込ませ貰った。
鴎亭のオヤジが士官学校時代からの昔馴染でなかったら多分断れていただろう。
アイツの好きなウイスキーも、あの人が好きなビールと唯一飲めたスパークリングの白ワインも買った。
あとは、花だがそれはアイツがもってくる。
時計を見る。
約束の時間まであと三十分。
駅からの人並みをぼんやり見ながらゆっくり紅茶を飲んでいると、前の席に断りなく人が座った。
「すまないが、そこは人が……ハボック少尉?」
「……お疲れ様ですマスタング大佐……こんなところで何をしていらっしゃるんですか?」
「……」
咎める色を声に感じた。
ジャン・ハボック少尉は怒っているようだった。
「人と待ち合わせだ」
「知っています明日も休みをとられた」
「ああ」
「……」
ハボックはそれきり黙りこんだ。
下を向いて何か、いうべきことを考えているようだ。
やがて口を開いた彼は、今日は、大佐は鋼とデートだと思いましたと力なく答えた。
「……よく知ってるな」
「それを土壇場になってすっぽかしてまでお会いになりたい方が今日これからいらっしゃる……そういうことですか?」
「?」
「俺は、大佐が好きです。大佐が俺のことなんかこれっポチも好きじゃなくても……でも、好きなんです」
ささやくような声だが、白いコートの男と、青い軍服の将校の組み合わせは目立った。背後の席の女性連れが聞き耳を立てるのがわかった。
「その話をここでされるのは、迷惑だ」
「迷惑でも、何でも、話をさせてください……」
「その話はもう決着がついたと認識していたが……困った奴だ」
「人の気持はそう簡単にはかえられない。拒絶されてももしかしたらと、一縷の望みを持ってしまいます」
「……」
ハボックの目の前で、大佐は大きく足を組み、さらに大きくため息を付いた。
大佐は真剣な人間を邪険には出来ない。
そして、騒ぎも困ると考えている。声を上げて自分を追い返すマネはしない。そして、約束の時間まで粘って、どんな奴と待ち合わせかを見届けてやる……。
見届けるだけ……それだけしたら、帰る。
「おごってやる……コーヒーでも飲むか?」
「はい!」
それを、この席に着く許可と受け取り、ハボックは元気よく返事をした。
店のウエイトレスにコーヒーを注文して大佐は席につきなおした。
「コーヒー一杯飲んだら帰れ」
「そのつもりです。大佐が待ち合わせされていらっしゃる方がどんなかたなのか興味があるだけです……」
「……」
一瞬大佐が息を止めたのに気が付かなかった。
コーヒーが運ばれてきて、その香りを胸一杯吸い込んでるとき、大佐は札を一枚置いて立ち上がった。
「連れが来たようだ」
「ええ?!」
まだ一口も飲んでいないのに!!

熱いコーヒーを一口飲んで、ハボックは後を追った。
「大佐!待ってください!大佐!!」
でも大佐は待ってくれなかった。人混みをずんずん歩いていく。駅の入口にあがり、そして、出てきた人の顔を見てハボックは凍りついた。
中佐だった。
セントラルのマース・ヒューズ中佐が、五部咲きの百合の鉢を手に現れた。
大佐の待ち合わせは、ヒューズ中佐……。
大佐は、自分の片想いしている人は中佐じゃないと、言ったのに……。
だまされた……。
大佐はこれから、中佐と食事をして、明日一杯一緒にいるんだろう。
セントラルに家族のいる、妻を愛し、娘を一番に愛している中佐と……。
二人はできてるのか、一体どのくらいの仲なのか、そして大佐ほどの人が、中佐の『愛人』になっているのかという考えがぐるぐる頭を回って、ハボックは一瞬意識が途切れた。
気が付くと、人混みを掻き分け、談笑する二人に近づいていた。
こちらを向いていた中佐が、気が付きおやと眉を上げる。
「お久しぶりです、ヒューズ中佐」
敬礼をし、挨拶をすると、こちらを振り向いた大佐が、眉を上げ怪訝な顔をした。中佐は笑って微笑み返してくれるそして、百合の鉢を持っているので、幾分崩れた敬礼をして、あの、人好きのする微笑みを浮かべた。
「結構な挨拶、痛み入る。……セントラルの園遊会以来だなハボック少尉。こんなところで会う何で偶然だな」
「……彼は、私の連れに興味があったようだ」
「俺に?」
中佐は少し不思議そうな顔をして、大佐を見た。
大佐は首を振って……。それだけで二人には意味が通じているようだ……。
「俺もお供させてください中佐!」
「ハボック?」
大佐がこの上ないくらい不審な顔をしたが、ハボックは気にならなかった。
中佐と、大佐を二人きりになんかさせてたまるか……
その一念だった。
大佐は、予約人数の件があるから同道は困るといったが、中佐はまあ、いいじゃないかと片目を瞑った。
「だが」
「店には俺から言うよ。客に正装を義務付けるくらいだ。一人くらい増えても何とかしてくれるさ……それに、大勢のほうがあの人も喜ぶはずだろ?」
「……」
中佐の一言で決まった。


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