サランディプティー 
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※※※

まさか食事をするのに、タキシードを着ることになるとは思わなかった……。

鴎亭へ行く前に、洋品店に立寄った。
今日は、軍服は禁止だという大佐の主張のもと、貸衣装を借りることになった。明日には返すものだったが、貸衣装を借りるのに体の寸法を測って、裾や襟が調整されるのを初めて経験した。たかが貸衣装なのに、まるでオーダーメイドのようだ。出来上がりはすばらしい着心地だった。体にぴったりフィットするタキシードを着て、三人連れ立って店に行く。
向かいの通りの鴎亭。
やはり貸衣装の中佐が店の人間に一人人数が増えたことを伝える。店側は微笑み、お席の準備をいたしますので少々お待ちくださいと、居間に自分たちを通した。
百合の鉢は先に席に運び込まれていく。
大佐は中佐と話しをしながら、常にはない柔らかな表情を浮かべていた。
自分には見せてくれない素の顔。
たまたま年が同じで、仕官学校在学期間が被っている、部屋が同室だったというだけでこの二人が、大親友だなんて、そして、中佐だけが大佐の素をみられるなんて……ちょっと不公平な気がした。
部屋の中央の?の置物を撫でながらハボックは思った。
同じ年に生まれていたら、いや、一年でも在籍期間が同じであったら……。中佐より前に大佐と知り合っていたら……。
考えても仕方のないことが頭をよぎる。
明らかに自分は中佐に嫉妬している。
そして、中佐はそれに気付いていないのか、大佐に触る。
肩に触る。背中に触る。髪に触る……。
イライラ、する。
自分がしたくで、でも許されないことを彼がいとも簡単にするのが、微笑ですら迎えられるのが、うらやましかった。
席の準備ができた。
通されたのは個室で、部屋の中央に白いクロスの掛かった丸テーブルが一つ。
四人分の食器を乗せて鎮座していた。
上座を空けて、左右、右に中佐、左に大佐。自分は空席と向かい合わせ。
「はじめてくれ」
と大佐。
ウエイターが下がり、まもなく食前酒が運ばれてくる。
すっかり忘れてた、もしかしてこれは……正式な晩餐ですか……。
やばい。マナーなんか忘れちまった。
晩餐会へは警護で出かけることはあっても自分が客として呼ばれたことなんか一度もない……。
食前酒を飲み干したとき、ハボックは奇妙な光景を目の当たりにした。
「これはさくらんぼのシェリー酒のようです」
「……」
大佐が、誰も座っていない席に向かってにこやかに話しかけている。
「先輩には少し香りがきつすぎますか?ビールを注文しましょう」
中佐までもおもむろにビールを注文したではないか……。
マナーどころじゃなくなった。
二人は空席をはさんで会話をしている。
時折こちらに話を振ってくれたが、自分は返事をするので精一杯だった。
中佐が例の写真攻撃を、大佐と空席に向かいやっている。
早いものであれから六年たちましたと二人は少し悲痛な顔をした。
「……あの」
何があったのか聞こうと口を開いたとき、前菜が運ばれてきた。
サラダとコンソメを平らげながら二人を見ると、やっぱり空席に話しかけている。
中佐は運ばれてきたビールを空席に置き暫くしたら一口下さいと、誰も手を付けていないグラスからグビーーとぬるいビールを半分くらいまで飲み干す。
大佐は中佐を行儀が悪いといさめるが、差し出されたグラスを受け取り残りのビールを飲み干した。
一事が万事そんな調子。
ハボックは、実は錬金術で透明になった人間でもそこに座っているのかの錯覚に見舞われた。
じっと見てると何もない席に人の輪郭が浮かんできて、それが人の形になって……そんな気にもなってきた。
「ビールをもう一杯注文しましょう。先輩」
「飲ませすぎるなよ、マース」
くすっと大佐が笑って、ウエイターにビールを四杯注文した。
ウエイターは何事もないように四つの座席にビールを配り出て行く。
「そうだ、紹介しましょう」
中佐は空席に向き直る。
「先輩。彼は……ジャン・ハボック。ロイの最も頼りにしているスタッフの一人です。奴も五人のスタッフを抱えるまでになりましたよ……先輩」
「ハボック」
大佐が自分を呼ぶ。
「はい」
「彼は、ジェレミー・エリクエスト。士官学校時代からの私たちの先輩だ」
「……」
こういうときは……理由の如何を問わず話をあわせるものだということをハボックは知っていた。
ハボックは誰もいない席に向かい自己紹介をした。
手を差し出して握手の真似もした。
大佐は微笑んでくれた。ありがとうと呟き、あの、中佐にだけ見せる寛いだ微笑をくれてた……。
三人と見えない一人の合計四人の晩餐は進む。
前菜は大佐が平らげた。
次に運ばれてきたスープは中佐。
主皿の鴨肉の血入りブラウンソースは中佐と大佐が折半。
ハボックも進められたが、首を振って断った。
何かわけがあるんだろうが、気味が悪い……。
でも大佐が自分の使ったホークで肉を一切れ出してくれたら、どうだったかはわからない。
そうやってデザートまであたかも四人で食事をしているように振舞った。
デザート。
大佐がこっちを見ながら、ケーキの皿をさしだした。
二人の顔を見ると、もうこれ以上は食べられないと書いてあった。
理由を知りたかったが、ハボックは黙ってケーキを貰い。
果物を食べ、食後のコーヒーを飲んだ。
三人で、四人分の食事を平らげ店を出る。
向かいの洋品店で服を返す。
「ふ〜モーニングは肩が凝るな……」
大きな百合の鉢を抱え、首を鳴らしながら先を行く中佐の後ろからハボックは大佐と歩く。
「びっくりしたろう?」
「ちょっと、だけ……」
胃が重いのか、やや前かがみの大佐にハボックは答えた。
「ある地方によっては独特の暦を利用する地区がある」
「?はあ」
「もう少しセントラルよりのある一地方ではちょうど春分・秋分にいたる前一週間を四季週間と呼ぶ」
四季週間は毎年変わる。月の運行を元に作られる暦を用いてるから。
この四季日に、大佐と中佐の先輩が行方不明になった。
その先輩が学校を卒業して暫く、最初の単独任務でのことだった。
四季週間に森に入ると連れて行かれるという迷信をもつその地域ではその人の入森を断固として反対したが、任務だからと本人は森へ行ったようだ。そして戻ってこなかった。
死体は上がっていない。四季週間明けの翌日に村人と同僚が捜しに入っていくと、内側が血まみれのテントと彼が肌身離さず持っていた植物採集用のシャベルが転がっているだけだった。食料も衣類も、機材もなかった。
大型の動物に襲われたんだろう。あるいは敵国の斥候に見つかって殺されたんだろうと噂は飛び交った。
「六年たった今でも、どうしても死んだとは思いきれなかった」
「……」
「だから毎年有志が集まって先輩を囲んでの晩餐をすることにした。植物がなにより好きだった先輩のために持ちまわりで花を用意する。会場も先輩が好きだったビールと肉の旨い店」
そして皆でホテルに一泊して夜通しで騒ぐ。


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