◎ roikoi ◎
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ロイは相変わらず、人に触られるのを嫌がった。 でも呼ばれると出かけていく。 人との集まりが特別好きというわけじゃないのに、めぼしい会合には出席する。 でも最初の頃のようなたどたどしさはなくなっていた。 奴の触りたい欲求も最初のうちだけで、今はまったく普通のルームメートと変わらない日々を送っている。 一年はそんな感じで過ぎた。 奴は三回生に進級し、俺は四回生になった。 年は一緒だが入学が遅かったロイは努力と根性で一年分カリキュラムを短くした。 本来なら二回生だが、三回生のロイ。いろいろと嫌がらせがあったようだが奴は何も言わなかった。 でも、四回生になって、エリクエスト先輩の後釜に座った俺の元にはいろいろ情報が入ってくる。 連れ込まれた、逃げた、戦った、味方を作った……ロイは実に妥協を許されない学生生活を送っている。 どこそこの教官がロイにキスをねだっているという噂を聞いた。 噂の真相を確かめるため、俺はある晩ロイに遠まわしにきいてみた。 困ってることはないか? 「ある」 正直驚いた。 ロイは一切その手のことを言わなかった。 今回ばかりはほとほと困ってるんだろうか。そう思っていたら、ロイは、『クセ』を直したいから協力してくれと言ってきた。 また驚いた。 人に触られて気持悪いと思うクセ。 「どうしても直す必要があるんだ」 訴えられ、ぞくぞくするような感じがした。 匂った。 決意と信念のオーラの匂い。 「他の誰にも頼めない。お前にしか頼めない。俺が……触りたいと思ったのは、お前だけだから」 「……」 俺は断らなかった。そんな気にはならなかった。 ベッドの端に腰掛けさせ最初は四方山話をした。シーツに置かれた奴の手を指の先で撫でながら。 やつは顔を伏せ、ああ、とかいいや、とかあいまいで簡潔な返事をする。 意識は手に集中している。自分が望んだこととはいえ他人に触られる……。奴の顔は極度の緊張のせいか血の気を失い、肩が持ち上がっていた。 「体の力抜けよ」 親戚の赤ん坊にしてやるように、ゆっくり奴を抱きしめて、耳元でささやいた。 「力を抜いて俺に……いや、極上のソファに寄りかかってると思えばいい」 「革張の?」 「ああ、天然素材一〇〇%混じりけなしの皮だ……」 「……く」 ロイは吹き出す。少し体の力が抜けた。 「色は何色が良い?お前の部屋に置くなら」 「白がいいな……」 「白いソファね……じゃあ、お前が将来出世して、オフィスを貰ったと思えばいい。そこに、公費で白いソファを買って置く」 俺は言葉を続けながらそっとベッドにロイを横たえる。 「……」 「仕事の合間の休憩にお前はソファに腰掛けて、手触りを確かめる。どんな感じがする?」 奴の手のひらをこちらの頬に沿わせる。 「……あたたかい……ちょっとちくちくする……」 「あーわりい、髭だ」 「流石天然素材だ……上等な革を使っているんだな」 くすくす笑い、奴は大きく一つ息を吸いこむ。顔に赤味が戻り始めた。 そのまま俺は取り留めのない話をする。 コーヒーサイフォンはどこ製にする、とか、仮眠室の毛布の色は白に映える赤にするか、とか。 目を閉じたままでロイはああとか、それは要らないとか、返事をする。頭の中でしきりにイメージを作っているようだった。 「♪白いソファ、上等な革、暖かい、いい手触りだ〜」 適当にリズムをつけて歌いながらロイの服のボタンを外に手を掛ける。 奴は何もいわなかった。 へそのところまでボタンを外すとロイは俺の手を掴んだ。 「……触っていいか?」 「ん?」 「ソファの手触りをもっと……知りたい……」 遠慮がちにでも断固とした声でロイは言った。 「……どうぞ」 それくらいお安い御用だ。 笑って答えると、ロイはおずおずと両手をこっちの首に回し始めた。 それは、子供が始めて他人に抱きついた感じに似ていた。 ぎこちなくまわされる腕は思ったよりも細い。 でも女性のものとは明らかに違う、男にしては細い指先が首筋にふれた。置き所がないのか、片方の手はこちらの耳朶を掴み弄んでいる。 そのまま暫くは好きにさせていた。 耳朶や首筋は実は急所で、くすぐったくて何度か身をよじった。体をロイにこすり付けることになり、ロイもまたすこしずつ身をよじる。 最初の頃とは明らかに触り方が違う。 興味本位で触られていたときは、そう、物扱いされていた感じがした。なのに今は、人間として認識され、触られているようだ。 なんとなくそんな気分が高まってきた。 キスをして、服を脱がせて、裸にして、裸にされて、初めてみるコイツの裸を本当にきれいだと思った。 ロイはぎゅっと目を閉じて動かない。体の表面が毛羽立ってくる。鳥肌がたっている。 「風呂、はいるかっ」 「……」 「スキンシップは裸の付き合いからって、いうだろ?頭洗ってやるから、風呂はいろーぜ?」 「……」 頷くロイを伴ってシャワー室へ。 浴槽に湯をはり、奴を入れ、頭を洗ってやる。 「一昨日のボードゲーム大会で俺は痴漢に遭った」 「……ああ」 「ただ、尻を撫でられただけだ、でも、そこで動揺したのは手痛いミスだった」 「しょーがねーさ……スキンシップになれてないんだからな」 「……」 ロイはぽつぽつと自分の話しをする。 両親共に錬金術師で、研究第一の家庭に育ったこと。 兄弟が居ること。(でも兄か、姉か、妹か、弟かそれは教えでくれなかった)そのせいか、自分の感覚は人とちょっと違うと思っていること。 両親は自分を愛してくれているが、彼の望むスキンシップは拒否されたこと。 両親に抱きしめてもらえなかった分を、他人に求めてしまい、イタイ目にあったこと。 触っても許されるのは、相手が欲情しているときだけだったこと、自業自得なんだがと、笑うロイが、なんだか見るにしのびなかった。 「同じ過ちは繰り返したくない」 「なあ、どうして、いろいろなところに人脈を作ってるのか、きいてもいいか?」 「……一人は辛いものだろ?自分から選び取った以外の孤独は、……孤独は毒だ。ゆっくりじわじわ人間を殺していく。人は一人じゃ生きていけない。でも、四六時中他人と居られるものじゃない……」 だから人間は我を忘れるほど夢中になれる『こと』を探す。 「何かをやりたい、そう思ったときに、助けてくれる人間がいるのはとても心強いことだ」 「その何かってのは?」 「……ヒミツだ」 笑うロイ。 「でも、実は俺にも良く分かってない……」 奴の裸、背中に古いやけどの痕がいくつもある。 「……」 「……ああ、これか?」 ロイは首をむけ懐かしそうに笑う。 「昔、母方の叔父の家に遊びに行ったんだ」 叔父も錬金術師で、森の中の一軒家に住んでた。 その年は雨の少ない年で風がとても強い晩だった。 山火事が起きた。 「その火事で叔父は死んだ。俺を庇って。この背中のやけどの跡は、焼けた叔父の体が……すまん、きつい話をした……」 「いや……こっちこそ……それで、火を?」 「ああ、火を研究対象に選んだ。火は人類の昔から英知と破壊を象徴している。……。叔父の命を奪った破壊の炎を自在に操れれば、それが、叔父に対しての手向け、そんな気がした……」 「その叔父さんのこと、大好きだったんだな……」 「大好きだった。子供が好きで、世話好きで……叔父さんだけはよく俺を抱っこしてくれた」 自然保護活動をしていたという彼の叔父さん。 後で調べた記録にはなかなか過激な経歴が載っていた。 逮捕、投獄は数知れない。あるときなどは大規模集会を開いて、軍が出動する騒ぎになった。熱心な活動家だったらしい。 記録に残ってる写真ではあまりロイには似ていなかった。 でも、どことなくそうだといわれれば頷ける……身内。 論理派の活動家で植物の研究をしていた人。 軍用地として接収された自分の森で立ち退きを拒否。そこで山火事に見舞われた。 火事は、放火の疑いもあった。 ロイは、なくなった叔父さん死の真相を知りたかったんだろうか? そのためにここに来たのか? あちこちに人脈を作っているのか? この危なっかしい奴が? |
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