| ◎ roikoi ◎
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学校生活も三ヶ月が過ぎると大体の状況は分かってくる。 ロイ・マスタングは今日も自分に言い寄る輩をボコったらしい。 「マース!!ヒューズ!!」 息せき切って駆け込んでくるロイは、服はよれよれ、泥だらけ、カオには擦り傷、唇は切れ片方の頬が少し赤い……。 「どうしたっ」 「ネクタイ」 「は?」 「礼服用のネクタイと手袋をかしてくれ」 「……」 奴が要求を唐突に告げるのはいつものこと。 「あー、貸してやっても良いけど明日の夕方までに返してくれよ、ところでそのカオと服はどうしたんだ?」 「……いつのもことさ」 口の端だけで笑いロイはよれた服を脱ぎ散らかしながら洗面所へゆく。 じゃーじゃーと水道の水音が響く中奴は身支度を整えている。 「……」 いつものこと。 「また決闘か?」 「そんなところだ」 「あきないねぇおまえさんも……で今日はどんなスタイルだ?一発ずつ弾を込めた二丁のモデルガンを互いにもちっこして、背中合わせに向かい合い合図と共に十歩進んで撃ちあうアレか?それとも、手にしたハリセンでお互い変わりばんこに殴りあうやつか?」 「今日はオーソドックスに拳と拳だ」 言葉少なげに語りながらロイは髪を左分けにした姿で出てくる。 「……」 髪を左分けにする。それだけで、童顔なヤツは少し大人びて見える。 いつもどこかどんくさい雰囲気をかもし出すロイは精悍な顔つきにもなる。 動作まできびきびし出すから不思議なものだ。 デートか……それとも……? いつだったか門の入口にベンツで乗りつけたお嬢様がいたっけ。 ロイは微笑んで、その女性をエスコートして車に乗り込み、一晩かえってこなかった。 あのロイ・マスタングが女のところに一泊! 噂は学校中を駆け抜けたが、実際のところ女は行動心理学の教官のお嬢さんで、彼女はすでに結婚しており、ロイは彼女のダンナの両親、港湾の管理権を一手に握る資産家夫婦と一晩ボードゲームに明け暮れていたらしい。 金持ちのボードゲームの相手をすることでロイは港関係にコネを作った。 「今日は……?」 「ボードゲームだ……帰らないから鍵を閉めてくれてかまわない」 気に入られたロイはコネを確実なものにするべく、たまにこうして出かけていく。 「明日朝イチから講義があるんだろ?」 「講義には直接出る」 心配してくれてありがとうと、ロイは見返り言う。 「……」 手を怪我している。右手の拳が赤く染まっている。そのせいでネクタイが締められない。 なんども失敗してその度にネクタイはくしゃくしゃにされている。 「ロイ」 「?」 俺は寝転んでいたベッドから起き上がってヤツへ近づいてゆく。 「……かしてみろ……」 「……」 こちらを向かせ、ネクタイを締めてやる。 「……」 ロイはこちらの顔を眺めじっとしている。 よく見ると右手には無残の擦り傷がある。コンクリートを素手で擦って怪我した……そんな感じがした。 ネクタイが終わったら手当てしてやんなきゃな……。 ネクタイを結び終え、ありがとうと呟き去ろうとするロイに待ったをかけ、傷の手々を手当てする。 「ほら、いっちょう上がり」 包帯を巻き終え軽く患部をはたく。 「……あ、ありがとう……」 「?」 眉間に皺をよせ視線を逸らし呟くロイの顔は、どう見てもありがとうという種類のものではなかった。 そうして、その日を境にヤツは笑わなくなった。 それどころか目をあわせようともしない。 なにが気に障ったんだ? ネクタイを結んでやったことか? 傷の手当てをしてやったことか? 患部をちょんとはたいたことか? 笑わない、目をあわせようとしないだけならまだしも、ふと気が付いて顔を上げると、物凄い剣のある目でロイがこちらを睨んでいるときがある。 お節介が過ぎたんだろうか? 考えてみればやつもオトナだ。服も自分で着れるしメシだって食える。 ……ちょっとぼけてボタンを掛け違ったままでかけようとしたり、レポートに夢中になって食べるのを忘れることがあるが……。 「お節介が過ぎたんなら謝る。悪かった」 「……」 何も言わずロイは首を振る。首を振って三度のメシより大好きなレポートを中断して、今日はもう寝るとベッドにもぐりこむ。 「……」 「人が謝ってるのにその態度はねえんじゃないの?」 「……」 無言。 「あ、そう……そういう態度とるんだ……ふーん……」 「……」 「じゃ、俺も寝よっ」 「!!」 毛布をまくりあげようと手をかけると、ロイは小さく息を呑んでそれにしがみ付いた。 ひっぱると、ロイは毛布にしがみついたままずるずるとついてきた。 毛布でカオを隠しながらロイは俺を引き離そうとする。 俺はロイから毛布を引き剥がそうと引っ張る。 暫く引っ張り合いを繰り返して俺はふと、強くひっぱったあとぱっと手を離してみた。 ロイはすてーんと後ろへこけた。 こけてごつんと頭をぶつけたロイは毛布で顔を覆いながらうずくまって唸っている。 「悪い!大丈夫か?」 頭をさすって抱え起こすと、毛布の向こうからなみだ目のカオが現れた。 「……」 ぷいと顔を逸らす。でも、こちらが頭をさする手を振り解こうとはしない。 「……」 「なあ、ロイ、俺にされてイヤなことがあるなら、はっきり言えよっ」 「……」 「黙って睨まれてるだけじゃ、俺だって分かんないんだからな?……いってみろよ、腹にためてないで」 「……」 「ん?」 「……」 ロイはうなだれているだけだった。 暫くしてロイが部屋を替わりたがっているという話を人づてに聞いた。 ロイがエリクエスト先輩に打診していたらしい。 一体なんなんだ。 まったく……部屋変わられるほどの悪さを俺はしたキオクがない……と、先日の毛布引きの有様が頭をよぎったが、まさかあの程度のことで部屋変わりたいなんて……いうのかコイツ? 視線を合わせないロイが急にキモチ悪くなってきた。 事実確認をしに先輩の部屋に行くとロイがいた。 先輩は俺を部屋に入れて、茶を出してくれた。ロイは、むっとし顔をして下を向いている。 時々すごい目でこちらを睨む。俺も負けずににらみかえすと、ロイは視線を逸らす。 「……」 「……」 「さっきの話の続きだけど。ロイ?その理由では部屋替えは認められない。ただ、国家錬金術師の当然の権利として、君が望めば四号棟に引越しを要求する権利はある。そうした場合、どうなるかはわざわざ説明する必要はないかな?」 「……」 ロイはうなだれたまま、こくんと一つ頷いた。 四号棟は、高級官吏の子息やロイのような特殊な能力ともった生徒を集めた棟だ。 特権意識の強い奴らばかりが集まって固まっている。親の特権を嵩に他の生徒と問題を起こす、 ロイにしつこく言い寄っているのもこの四号棟の住人だ。 四号棟に入るということは、他の生徒との断絶を意味する。 「それは……望みません」 「……」 目を伏せたまま呟くロイは、とても小さく見えた。 「……」 一体何を考えてるんだ、コイツ。 なんでこんな辛そうな目、するんだ。 悲しそうな、苦しそうな目をするロイを見ているのがすごく不安で、思わず肩に手を伸ばしかけ、堪えた。 あんなもの凄い目でにらまれるくらい、俺は好感度が低い。 そんな奴に触られたり元気付けられるのは、ロイにしても不本意だろう。 「……」 考えて見れば、そんなのに四六時中引っ付いていられるなんて迷惑、だな。 「ロイ」 先輩は呼びかけロイに微笑みかける。 「いまとても苦しいんだろう。でもね、ロイそれは、君が乗り越えなければならない壁だから、具体的にどうしろとはいえないな。ひとつアドバイスできるとすれば……」 そこで先輩はこちらを見返りじっと俺の目を見据えた。 「彼は人を裏切らない」 「……」 「?」 何の話だ……二人の間に奇妙な沈黙が流れるのをただ黙って見ていた。 やがてロイはぺこりと頭を下げると先に部屋に戻ると俺に言った。 「……先輩訊いても良いっすか」 「どうぞ」 「……ロイは部屋を替わりたいって言いに来たんですよね?」 「ああ、今ので二度目かな」 「……わけは、何ですか」 「……私の口からはいえない。ロイに直接聞くといい」 「それが、どうも無理そうなんです……」 先輩に話す。 時々物凄い目で睨まれること……。 あんなにきつい目でにらまれるくらい自分はロイにとって好感度が低いこと。 「第一先輩の頼みだからってこっちを嫌っているやつにいろいろ便宜を図ってやる義理なんかない……」 話をしているうちにむかっ腹が立ってきた。 あんなに面倒見てやったのに……。 だれが、メシを運んで、食わせて、寝かせて、世話してやったと思ってるんだ。 迷惑なら迷惑って顔するなり、意思表示してくれなきゃ、わかんないだろ……。 あんな儚い消えそうな顔でありがとうなんて言われたら、喜んでると思うだろ……。 ああ、でも、あの顔が、ウソだとは思えない。 曲がりなりにも俺たちは上手くいっていた。それが突然離れたいという理由は、そいつのことがうざくなった。でもロイの性格からして、うざいことをされたら、警告のちボコリが入るはずだ。 俺は警告なんか受けてない。 口を利くのがいやのほど嫌いになったか? あるいは……。 「……」 あるいは……? あるいはその逆の……。 「そこまでいったみたいだなヒュー」 先輩はこちらの顔をみて微笑んだ。 「一つだけ教えられることがある。……ヒュー。睨むのはロイの愛情表現だよ」 「は?」 「昔からそうなんだ。ロイはその相手が気に入れば気に入るほど見つめる。見つめすぎてしまいには睨みつけてしまうんだよ」 睨むのが、愛情表現? 「部屋に戻って、ロイにきいてみるといい。ああ、そうだ、彼は恋愛に免疫がないから、その辺を考慮してくれぐれも問い詰めたりしないように」 「問い詰めないで訊くって、簡単に言わないで下さいよ」 「ヒュー、お前は心理学選考だろ?型にはまらない珍しい性格タイプを間近で観察できるんだ。その切れる頭をちょっと使うくらい分けないだろ?」 少女にするように優しくしてやれと先輩は言う。 なんだか先輩に丸め込まれた気がしなくもなかった。 部屋に帰るとロイがいた。 茶を飲むかと聞くので入れてくれるなら飲むと答えた。 「……」 「……」 差し向かいで茶を飲む。 三ヶ月前、知り合った頃のロイは無口でねくらに見えた。 頼りなげで、人間的の本能的な欲求が少しおかしくなっていて、世話してやらないと飢え死にしそうな感じがした。 一日中微動だにせず本を読んでいるかと思えば、教官の奥さんやお嬢さんとデートする。 実にスマートに笑い、心からその逢瀬を楽しんでいるように思えたが、そんな日は帰ってから大抵体調をくずす……吐きながら日記をつける、不思議な奴だ。 「もう一杯、どうだ」 「ああ」 最初に印象に残ったのは、頼りなさそうな表情。先輩に連れられ校内を歩いているときに見た黒い瞳がすごく印象的だった。 次に印象に残ったのは奴の寝顔。まつげが案外長く、薄く開いた唇から零れる吐息を見ているうちになんとも放っておけない気持ちになった。看護婦はきっとこんな気持ちなんだろうと思ったっけ。 少し皮肉ったような表情で笑うロイ。 語気の強さと表情が微妙にかみ合ってないときがあるロイ。 でも、何か必死さを感じて……気が付いたらいつも自分は奴の背中を眺めていた。 「いつもありがたいと思っている」 唐突にロイは言った。 「すごくありがたいと思っている」 「……うん」 「その、慣れてないんだ」 「?」 「人に優しくされるのが、あまりなれてないから戸惑う……」 右手、包帯から絆創膏三つに変わった右手のキズをさすりながらロイは呟く。 「……」 やさしく? 意味が分からなかった。黙っているとロイはちらりとこちらを見やり言葉を続けた。 「人に触られるのはあまり好きじゃない。ああ、べつに昔に何かあったわけじゃない。ただ昔から人に触られるのがどうも落ち着かない。体温が気持ち悪いことが多い。でもお前は違った……」 「……」 食事や寝る時間の面倒を見てもらったり、ネクタイを結んでくれたり、傷の手当てをしてくれたり、その時々に触る体温はとてもあたたかかった。 ロイはいい挑むような目でこちらを見やった。 「ついこの前までまったく意識してなかった。でも、気が付いたらすごく好きになっていた」 |
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