◎ roikoi ◎
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ロイ・マスタング。
噂に聞いていたヤツが、転籍してきた。

再晶の錬金術師アラン・ハウエル大佐の推薦を受け、国家錬金術師の資格試験を合格したやつ。
本人のたっての希望で士官学校に入学してきた変人。
国家錬金術師は少佐相当官の地位を持つ。
わざわざ士官学校に入らなくてもそれなりの地位を持っている。
何を好き好んで四年間もこの男ばかりのむさくるしい学校に来るのか、さっぱりわからない

錬金術師、世界の真理なんてのを追い求める連中は、俺たちみたいな一般人とはおつむの出来がちがう。

例えば花を見て、美しいと感じるよりも先に構成成分やら、発芽状況やらに思いをはせる。
国家錬金術師はそんな奴らの中でも特にその傾向が強いらしい。

噂のロイ・マスタングも、そんなやつなんだろうか、なんてこと思っていたら、当の本人が先輩に連れられ俺の前を横切った。
通りすぎがてらヤツは俺に視線を向けてくる。
噂のロイ・マスタングは、女たらし、オヤジたらしという噂の割にはとても地味なヤツだった。

黒い髪、黒い瞳。
血の気の薄い顔は病的に白く、それでも余裕をぶちかましているように穏やかに、呆けたように笑っていた。

「ああ、ヒュー、丁度良かった彼はロイ・マスタング。国家錬金術師だ」
「まだ拝命式が済んでいませんよエリー」
マスタングは、とてもきれいに笑った。
つぼみが綻ぶようにと、表現しても良いくらい、優しい表情で先輩の名前、エリクエストの愛称を呼んだ。
先輩を愛称で呼ぶのはまずい……。
士官学校は軍隊の幹部を育成するところ。それだけに規律にはとても厳しい。
教官(先生)と上官(先輩)の命令には絶対服従という暗黙の鉄則がある。
口うるさい風紀担当官にでも聞かれたら懲罰房入りだ……。
素早くあたりを確認する。向こうに二人、三回生と四回生の寮長がいる。
胡散臭げにこちらを注視している。
「ロイとは幼馴染で、家が近所だったんだ」
先輩はこともなげに笑って周囲に聞こえるような大きな声で言い放った。
「ああ、すみません、つい昔のクセでエリクエスト先輩」
軽く敬礼をするマスタング。
「そうそう、ここは士官学校だからな、先輩と上官には常に礼儀正しく……だ」
片目を瞑る先輩は、この理由でもう何十人も新入りを助けている。
面倒見のよいエリクエスト先輩は、よろしくたのむよヒューと、こちらの肩を叩いた。

先輩の言葉の意味がなんとなく分かった。
男ばかりの集団で、マスタングのような変り種が誰にも邪魔されず無事に過ごせる確率は低い。
不幸なことに、ヤツはそれなりに見栄えのする顔立ちをしている。
少し目じりがきついが、切れ上がった一重の目尻は思わずキスを落としたくなるような芸術的な曲線を描いている。
身長はそこそこあるが、撫で肩で、尻も腰も筋肉のつきが薄そうだ……。
どう見ても十代半ば……下手をするとハイスクールの学生でも通る。
同性ばかりの環境の中では、中性的な容姿を持つものは災難が降りかかる。

自分がどんなに危険なところに転籍したか理解していないのか、のんきなオーラを漂わせながらマスタングは首を傾げ、じっとこちらを見やる。

その様子が実に物憂げで、はかなげで……。
こういうのがすきなヤツにはたまらないだろう色気を漂わせている。

「じゃあ、ヒュー」
と先輩はこちらに手を伸ばし、使い込んだ革の白いトランクを差し出してきた。
「今日からキミと同室だから」
「え?」
「ロイと、キミと同室だから後のことは頼んだよ」 


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