◎ roikoi ◎
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「ロイと、キミと同室だから後のことは頼んだよ」

言い放たれて、ああ、そういうことかと納得がいった。

士官学校、一回生は大部屋、二回生は五人部屋、三回生は三人部屋、最終学年の四回生になって二人部屋(監督官と優秀者は個室)になるのに、先月の部屋替えで俺はいきなり二人部屋になった……。
三回生の、たいして優秀者でもない俺が、提出したレポートを教官にべた褒めされ……お引越しでいきなり二人部屋……しかも組む相手がいないから当分は一人で使ってもいいという、周囲もうらやむ住環境。(たまり場になったが……)
ご近所は四回生の先輩ばっかりで多少窮屈だったが、日ごろから根回しは欠かさないことが幸いして、周りからはたいした顰蹙もかわず、落ち着いた新居ライフを送っていた……。

考えてみればそれは、マスタングと俺を組ませようという、先輩のお膳立てだったに違いない。

エリクエストという人は過ぎるくらいの世話好きだ。
この童顔の先輩自身一回生のときはそれはそれは苦労したらしい……。
今でこそ軍隊格闘の達人で、指先一つで自分よりも体の大きな人間を投げ飛ばせるが、そうなる前は毎日が戦いだったらしい。

四回生になった今では監督官で最優秀成績者の先輩。
彼だったら教官を説得してマスタングを俺と組ませることくらい、朝飯前でやってのけるだろう。
「……」
先輩のにこやかな顔を見ながら俺は唇だけ動かして呟いた。

そうことですか?

「……」
先輩はそういうことですヨとやはり唇だけで言った。
「……」
マスタングは俺と先輩が視線を交わす様子をただぼんやり眺めていた。
いや眺めているように見えた。

くしゅんとマスタングが一つくしゃみをした。そこで俺と先輩の目と目の会話は終わりを告げた。

「……」
ロイ・マスタングは、失礼と呟き手に持った本を抱えなおした。
くたびれているような表情。不安そうな少し潤んだ目をして一瞬俺を見た。

……。

しょうがない。

慣れるまでの間、どうせ誰かが面倒見なきゃいけないなら……、……、……しかたない。

俺は白い革鞄を先輩から受け取りマスタングに向き直った。

「マース・ヒューズだ……あんたのルームメイトの……」
簡単な自己紹介をする。マスタングは興味なさそうな顔をして聞いていたが、やがて右手をさしだし、よろしくおねがいしますと呟くようにいった。
「よかったな。ロイ。ヒューはあちこちカオが効くからいろいろ教えてもらうといい」
「それはそれは……ぜひよろしくおねがいします……ヒューズ先輩」
にこりとマスタングは笑った。


部屋に案内して、一通り説明を済ませると、ヤツはいきなりベッドに入って寝はじめた。
昨日まで三日連続徹夜だったそうだ。
食事の時間が来ても起きる気配のないやつのために、俺は食堂のおばちゃんに頼んでサンドイッチを作ってもらった……。
夜、やっぱり眠りこけている奴の枕元に何も言わず置いた。
朝起きたらマスタングはまだ眠っていたが、皿は空になっていたので、夜中に奴が食ったと分かった。

それから奴は二日間眠り続けた。
起こしても起きない。
布団を剥いでも微動だにせず眠っている。奴のスケジュールを調べたら講義開始まで五日の準備期間があった。その間奴は起きないつもりらしい。
何も食わず眠りっ放しが体にいいわけない……。

食事と飲み物を運んでやる。

あるとき、丸くなって縮こまって寝てたから毛布を一枚掛けてやった。するとヤツは目を開けてぼんやりこっちをみたあと、ありがとうと呟き目を閉じた……。

安らかな寝顔だった。
薄く開いた唇淡いがきれいな赤色をしている。
軽く閉じられたまぶたは、ああ、睫毛が案外長い。
静かに上下する胸を眺めながら、看護婦ってこんな気分なのかと思った。
静かに眠るロイ・マスタング。

でも、なんで俺が、こんな風にかいがいしく奴の世話をしなくちゃいけないんだ……。

そう思いながらもメシとお茶を用意して講義に出る自分を、我ながらいい奴だと思う。

毎日サンドイッチじゃあきるだろうから、明日はクラッカーにスモークサーモンでもつけてやるか……。

……こういう性格を見抜かれているからあの先輩にこういう奴を回されるんだろう……。

五日目。講義初日。
奴は早朝からおきて身支度を整えていた。
まだベッドの中でぼんやりしている俺に、奴はおはようよりも先にありがとうといった。

それから俺は実習で一週間部屋に帰らなかった。

一週間後、帰るとマスタングはレポートをやっていた。

どうだい調子は?

訊く奴は笑って、なかなか面白いとこたえた。

後で噂を聞くとこの一週間はなかなか行事が目白押しだったらしい。
講義初日は、国家錬金術師の奴の周りに興味本位の連中が集まり、質問攻めにあったという。
(そいつらいちいちに奴は笑顔で応対していたらしい。)
二三日その状態が続き、図に乗った輩がマスタングにある種の暴言を吐いたらしい。
マスタングはにこやかに笑って、そいつを物陰に連れて行って、ボコボコにしたらしい。
ボコってもボコっても、そいつはマスタングの周りに出没続けたらしい。
今現在もそいつはマスタングに固執しているという。
言い寄ってくる奴をボコる一週間。

「お陰で手が痛い」
こともなげに言い放つ奴の目の下にはクマが出来ていた。
傍らを見ると、紙束が山をなしていた。

「ひとつ聞いていいか?いつから寝てない?」
「?……三日ほど」
カレンダーで日付を確認してやつはこともなげに言った。
レポートや調べものでつい徹夜してしまったという。
「急ぎなのか?それ?」
「……いや……」
「メシは?」
「……そういえば……忘れた」
部屋の時計は午後十一時。
食堂はとっくにしまっている。

俺は自分用に買ってきたベーグルを奴に投げた。

飯も食わず本を読みレポートをしていたマスタングに飯を食わせて、ベッドに突っ込んだ。

無頓着だ。
食う寝るを忘れるなんて、それが一過性のものならいいが……。
貪るようにベーグルを食べるマスタングは、根本欲求が欠落している、人間としてはヤバイ段階にいるように思えた。

その日から俺の日課に、奴の食事と睡眠管理が加わった。

なんで俺が、奴の健康管理をしなきゃいけないんだ。

思いつつも毎日食べ物にチェックを入れて、早く寝るように奴を急かす自分を、我ながらお節介のいい奴だと思ってしまう。

ロイ・マスタング
焔の錬金術師。
奴がたまねぎが嫌いで、きゅうりのピクルスが好きだということ。
甘いものは結構ニガテだが、アップルパイは好きだということを知った。



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