◎ Batuichi middle ◎
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そうして一日目は何事もなく過ぎた。

二日目も三日目も何事も起こらなかった。

四日目も、五日目も。

「動きらしい動きは、なかったんだね……」

六日目に戻ってきたルーピンが、談話室のソファに腰掛け言った。
「おとなしいモンだった ― 」
答えながらシリウスが、寝室からとってきたウールのショールでルーピンの体を覆ってやる。
ルーピンはありがとうと微笑む。その顔はまだ青白い。
普段は鳶色の彼の髪も、体調が悪いときに現れる金と銀の光沢を浮かべている。

スネイプのことがあるから、無理して早めに帰ってきたんだろうか?

思うジェームズの隣で、シリウスも同じ考えに至ったんだろう。

「あったかくしような〜〜」
顔一杯に笑みを広げ、自分のローブを脱いでさらにルーピンに羽織らせた。
「ありがとう……」
ショールとローブでもこもこのルーピンは、それでもにこやかな表情を崩さない。
「で、ここしばらくはどんな様子だったの?」
シリウスに微笑みかけるとジェームズに視線を移し訊ねた。
「いつもと変わらない。それどころかスネイプはいつになく上機嫌だった」
「そう。動きがないのが気になるところだね……。シリウスは、僕との約束ちゃんと守ってくれた?」
「もちろんだ」
「スネイプも挑発してこなかったよ〜〜」
シリウスに続きピーターが答える。
「アイツが挑発してきてもちゃんと無視したさ……」
「そうなんだ……二人ともご苦労様でした〜〜」
ぺこっ頭を下げるルーピン。
「……」
シリウスは極上の酒を含んだ表情をした。口の中で酒の風味を味わうようにうっとりルーピンを見つめる。
ふいに、シリウスは杖を取り出し、空中にお盆を出現させた。
銀色に輝くその上にはティーサーバーとカップ、白いお皿に角砂糖とミルクピッチャーが並べられていた。
「お茶飲むだろう?」
「あ……うん。いただく……」
「熱いの淹れてやる」
砂糖は一つ、ミルクはたっぷりだったなとルーピンに確認しシリウスは幸せそうにお茶を注ぐ。

ルーピンはジェームズを見やり小さく肩を竦める。
自分のいない五日間の出来事を知っておきたいのに、それを邪魔するようにシリウスが世話を焼いてくる。

五日ぶりのルーピンをシリウスは構いたくってしょうがないんだろう。
彼の頭の中には、今はきっとスネイプのことはない。

ルーピン。

目の前にいるルーピンを構うことに全神経を持っていかれている。

恋する男は甲斐甲斐しい……。
恋をすると皆こんな風になるんだろうか?
それともシリウスだけがこんな風なんだろうか……?

今だ、『恋』らしい『恋』をしたことのないジェームズは首を捻らずにはいられなかった。
今まで何人かと付き合ったことはあった。でも自分はいつもの自分だった。
シリウスのようにルーピンがいると借りてきたネコのように大人しくなるわけでも、彼の言葉・表情ひとつに一喜一憂することもなかった。
そうなる前に原因を、厄介ごとを回避できた。

俺は計算高い冷たい人間なのかもしれないな……。

ちょっとジェームズがへっこんでいるその隣で、お茶を飲むルーピンにシリウスは、この上ないやさしい顔で訊ねていた。

「リーマス、腹減ってないか?」

でた、リーマス。

心持ち得意げにシリウスはルーピンを『リーマス』と呼んだ。

「……え……う、うーん……。うん!ちょっと減った!」
「お菓子あるよ〜〜リー、ルーピン」
ピーターが続いてリーマスと言いかけたが、シリウスの殺気を察知して慌てて言い直す。まだなかみの残っているクッキー缶をとりだす。
「マダム・アソートのチーズクッキー……あ〜〜それは……いいや」
「嫌い?」
「嫌いじゃないけど、チーズがきつくて胸焼けするから〜〜」
体調が良くないと食べられない。
そう言う。ルーピンからシリウスは空になったカップを受け取る。
「じゃあ、厨房に行って何かとってきてやるよ」
「あ、ありがとう……そうだ!リクエストしていい?レバーサンドと、エッグサンド、ツナサラダと、かぼちゃムースプディングが食べたい」

普段食の細いルーピンにしては珍しいオーダー。

食べる気になっているうちに食べさせよう。
そう思ったのかシリウスはすぐ戻ってくるからと、ピーターを伴って厨房へ駆けていった。

「はぁ……」
「……」
小さくため息をつくルーピン。
「気持ちはありがたいんだけど……ね……」
ちょっと御節介なところが玉に瑕だとルーピン。
彼は懐からキャンディーの包みを取り出しジェームズに一つ差し出した。
「ショー先生が作った飴」
舐めると、少しだけ幸せになったような気分になる飴。
袋一杯もらったと、ルーピンは困り顔で言った。
「『感想を聞かせてくれたまえ』か?」
「うんそう。あれ、何で知ってるの?」
「前に俺も試食を頼まれた」
その時は楽しい気持ちが持続するチョコだった。
「楽しい気持ちは持続した?」
「ああ、見るのもすべてが可笑しくて楽しかった……」
でもそのあと、スネイプにますます敵対視された。

しょうがないじゃないか……スネイプがいくらルビウス・ショーを尊敬していて自分こそがショーのアシスタントにふさわしいと考えていようと、たまたま近くにいた自分が試食を頼まれたんだから。
すべては偶然というものだがスネイプはその辺のことを分かってくれない。

「たいへんだね……ジェームズ」
「おまえに比べたらそうでもないさ……」
こっちは寮が別々だから決まった場所でしか顔をあわせない。
ルーピンの場合は、彼のくしゃみひとつにまで神経を尖らせる、頼りになるがうっざったいシリウスが始終傍にいる。

「……」
弱々しく笑いながら、ジェームズは飴を口に放り込む。
ココナッツクリームとナッツの風味がいい。ただのお菓子としてもうまい。
乱切りナッツの歯ごたえが心持ち幸せな気分にしてくれる。
「で、ジェームズ。この五日間どうだったの?
「はじめに話した通り、動きらしいものは何もなかった……」

シリウスとピーターが、両手一杯に食べ物を持って現れるまで、ジェームズはこの五日の出来事を、クリービーのことからジョンソンの差し入れのことまで思いつく限りを話した。

「差し入れは間違いなくジョンソンの家からなんだ?」
「それは本人に確認した。間違いない」
そうしてありがたくないことにデコレートたっぷりの新製品をおすそ分けに預かり、今もベッドのサイドボードの上にはケーキだかクッキーだか分からない物体が蜂蜜とキャラメルとチョコの匂いをさせながらでんと載っている。

スネイプは何を企んでいるんだろう……。
何をしようとしているんだろう?
どういう風に仕掛けてくるんつもりなんだろう。

それにもましてジェームズが気になるのは、どうしてスネイプは自分を目の敵にするんだろうということだった。


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