◎ Batuichi middle ◎
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「おのれっポッター……」
人気のない地下牢教室にスネイプの呟きが吐き出される。
すり鉢状に設置された座席の一番下、教卓に近い席に陣取りスネイプは薬を煎じていた。

地下牢教室は魔法薬の授業で使われている。
昔本当に人を投獄していたそうで、この教室に入ると一部の変わり者を除いてみんな憂鬱な気持ちになる。
それは黴蒸したむき出しの岩レンガがあちこちくぼんだ壁面や大人の背丈より少し上に室内を取り巻くよう穿かれた細長い横長の明かり取りの、威圧される感じも影響しているだろう。
生徒二十人が一列に並んでかけっこできる広さがあるが、ここでそんなことをするものはいない。
なぜなら、この教科は私語には寛大だが自分で課題をこなさない生徒には容赦ない居残りを科す教官ルビウス・ショー(通称気分屋ショー)が受け持っていたから。

「ポッターめ……」
ありったけの憎しみを込めた声でもう一度おのれと呟くとスネイプはトネリコの大匙で目の前の鍋をかき混ぜた。

すべて……、すべてはアイツが仕組んだことだっ。
そうに違いないっっ。

セブルス・スネイプは、今日の授業中にあった、思い出したくもない忌まわしい出来事を反芻し、あまりの屈辱に眩暈がした。

この私が居残りなど、しかも二番目に得意な魔法薬の授業でたった独り残らされるなどっ
『闇の貴公子』と呼ばれるこの私の身にそんなエレガントさを欠く出来事、あってはならないことだ。

放課後居残って作り直すように。

教官ルビウス・ショーは声音に『キミほどの優秀な生徒がなぜ?』との疑問をまぜて言い放った。

「おのれ!」
床を震わせるような低い叫び。思わず力がこもり鍋の底を引っかいた。
大匙が軋み、僅かな木片が鍋の表面に浮かんだが、スネイプはそれに気づかず鍋をかき回し続けた。

「ジェームズ・ポッター」
歯軋りしスネイプはその忌まわしい名を呼んだ。

ジェームズ・ポッターは、艶なく手入れの悪いくしゃくしゃの黒髪と、黒ぶち眼鏡がトレードマークのグリフィンドール寮生。
取り巻きの一人、喧嘩っ早いシリウス・ブラックと共に一年生でクィディッチのレギュラーに選ばれ、スポーツ万能、成績優秀と、一見優等生で先生方の信頼も厚い ― だが、私は知っている。
奴は腹黒い。
言葉巧みに人をだまし自分の都合の良いように操る歪んだ才能の持ち主だ。奴と話をすると己でも気づかぬうちにポッターを称賛するための取り巻きに収められる。
自分自身が気づかない、そういう者たちが多いが、私の目はごまかされない。 ― それに気づいたポッターは、何かと私を監視する。
食堂で、合同授業で会うたびにじっとこちらを見つめ、眼鏡の奥の瞳でこう言う。

正体をばらしたら承知しないぞと……。

今日のこともそうだ。奴の仕業に決まっている。
奴以外の一体誰がこの私の鍋にフィリバスターの長々花火を放り込む子供じみたいたずらを仕掛けるというのか?
そのせいで、一時間かけて作った縮み薬が笑い薬にかわり、芸術的な緑がチープなブラウンになり、クラスメイトを笑わせ授業を妨害した咎で魔法なしで教室の掃除をさせられ挙句薬の作り直しを言い渡された……。

居残り、懲罰、やり直し ― それはスマート&エレガントをモットーとしているスネイプにとって、屈辱以外の何者でもなかった。

この屈辱を晴らさずにいられようかっっ

見ていろ ―。

くぐもった笑いを漏らしスネイプは鍋のなかみを大匙一杯すくい、そこに乾燥した鬱いちごの破片をひとつまみ加え試験管に移した。

私の優秀さを持ってすれば ― 。

コルクで栓をし、目の高さに持ち上げたそれを大きくゆすりながら今度は水につける。

「みていろポッター。私の作ったこの薬で……ふ、ふふふふ」
鼻にかかる声音で高らかに笑うスネイプ。

こつ ― ん。

前触れなく響いた足音にスネイプは口を閉じた。
すばやく試験管を懐へやり、何事もなかったかのように鍋をかき混ぜる。

現れたのは予想どおり魔法薬学担当教官・ルビウス・ショーだった。
ストレートの長い黒髪を鎖骨のところで切りそろえ、エジプトチックに瞼の上は暗色のシャドウを入れ、唇はダークチェリーのルージュを引いている。
最新流行の袖幅広のスリー・ピース・ローブは髪と同じ黒で、一目でオートクチュールと分かる逸品だ。手入れの行き届いた爪は自らが調合したという角度によって色の変わるマニキュアが施されている。

ファッション、メイク、アクセサリー使い。

完璧だ。

スネイプは先生の姿を見るたびうっとりする。

『気分屋』と揶揄されるがこの先生の華麗さの前ではそんな言葉すら彩りをそえて見える。
「できたかな?」
語尾を打ち消す、抑揚の乏しい声。
喋った後に小さく鼻をすすったのが気になるが、この先生の全て、物憂げな立ち居振る舞いや服装、装飾品使い、化粧にスネイプは憧れていた。
「ご覧下さい。先生」
先生に負けないくらい上品な口調で言い、スネイプは匙を差し出した。
「……では」
ショーは受け取った匙で鍋をかき回しなかみをすくう。
その指にはスネイプが考えるエレガントさの象徴のひとつ、大きな色石のついた指がはまっていた。
「いい緑色だ。すばらしい出来だ」
細面の顔にかすかな笑みを浮かべショーは言った。
「どこかの誰かが企んだ下らないいたずらさえなければ先生のそのお言葉を授業中にいただけたと確信しています」
スネイプは彼の考えうる限り上品に微笑む。
ショーは目を閉じ微笑を飲み込むように頷いた。
「……君は、私の知る限り……とても優秀な生徒の一人だと思うよ。スリザリンに十点あげよう。後は私が片付けるから、もう帰りたまえ」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げスネイプは先生のお言葉に甘え、胸の試験管を押さえながら教室を後にする。
教室を出しなに立ち止まり、くるっと振り返ると、こちらを見ていたショーと目が合う。深々とお辞儀をするとショーは小さく肩をすくめる。
そして、また来週と呟いた。
尊敬する先生に優秀との言葉を賜り、スネイプは天にも昇る気持ちだった。

あとは……

寮へ戻る道すがら、スネイプは懐の試験管を取り出した。
ガラスの向こうで液体が小さくまとまり結晶になっていく。
成功だ。申し分のない出来だ。
あとはこいつでポッターを……。
「ふ、ふふ」

見ていろポッター、己の所業をとくと後悔するがいい!


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