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どうしようもできないだろう?

梯子を降りながらルーピンはジェームズの言葉を反芻していた。

そう、どうしようもないよ。
でも仕方ないじゃないか。

談話室をあとにルーピンは当てもなく校内をうろつく。図書室、温室どこにいても人がいる。

一人になりたかった。ひとりになって考えたかった。

考えてもどうにもならないと分かっていた。
思えば自分は考えることで逃げていた気がする。

受け入れたい。

でもそうしたら、愛しい人の身を危険にさらす。
だから受け入れられない。
彼の身を守るためいろんな方法を講じればいいと多分ジェームズは言うだろう。シリウスだってそうに決まっている。
本当の心配はそれだけじゃない。
シリウスはブラック家の跡取りだ。
今はいいけどこの先必ず別れが来るだろう……。
そうしたとき誰かと一緒にいることに慣れてしまった自分は再び訪れる孤独に耐えられるだろうか?
そう、人狼のこともあるけど、一人になった時のことを考えると気が狂いそうになる。だったら、初めから『一緒の喜び』なんて知らないほうがいい。
ずっと一人で何でも自分でやっていくほうがいい。
そのほうがマシだ……。
でも、本当は寂しい。

頭の中はぐちゃぐちゃだった。
誰かに呼ばれた気がしたけれど振りかえる余裕もなかった。

どこをどう歩いたのか気がつくと地下牢教室にいた。
バレンタイン間近の教室はピークを過ぎたのか生徒の影はまばらだった。
あいかわらず真剣な顔のルビウス・ショーが大鍋をかき混ぜ、その傍らではスネイプが濃い緑色のリボン束を同じ長さに切り分けていた。
取り巻きの姿が見えない。一人のスネイプは珍しい。
なんとなく人恋しかったのもあってルーピンは近づいていった。
「……たくさんあるんだね」
声をかけるとスネイプは顔をあげ、かすかに目を見開いた。
セブルス・スネイプ。
彼はホグワーツでジェームズやシリウスとともに一、二を争う麗人で通っている。
ぬばたまの闇色の髪、真っ直ぐなそれを毛先だけ内巻にして、ふんわり顔にかかるようにしている。
瞳も同じ、濡れたような深い暗色で整った彼の容姿とあいまって、冷たく冴えた美を演出している。
一部でホグワーツ闇の貴公子と誉れ高いが、非常に個性的な性格のせいで、『だまって座っていれば』との注釈つきの美少年に分類された。
スネイプは、一見横柄とも見える振る舞いから『親しみやすい』をモットーにしているシリウスとは犬猿の仲だ。顔をあわせればケンカになる。

でもルーピンは彼が嫌いではなかった。

ジェームズやシリウスやピーターとは違った考え方のスネイプ。横柄そうに見えるけど彼はシリウスと同じで絶対に弱いものいじめはしない。
年少者に優しい面倒見の良い人だ。
スリザリン生に多い先祖代々魔法使い―純血を鼻にかけ威張るところを見たのも少ない。

「……ひまそうだな……」

それならば手伝ってくれとスネイプは手招きする。

招かれるままに隣に座ると机の上には親指と人差し指を広げた大きさの箱がずらりと並んでいる。傍らには組みかけの白い箱が無造作に置かれ、合間に飾り用の小さな薔薇の造花が並んでいる。
「え……これ」
机の下には銀盆に乗ったチョコレートがある。
「バレンタインのチョコレートだ」
こともなげに言うスネイプ。

スネイプがバレンタインにチョコを……?しかも

「こんなにたくさん?」
「付き合いが多くてな」
ふっと笑いスネイプは箱の組み立てを頼むといい、リボン切りを再開する。

しばらく無言で作業が続いた。

箱はルーピンが組み立てただけでも一〇〇箱、元からのを足しても目算でも二〇〇箱はあった。

付き合いと彼は言ったけど……。

「こんなにたくさん義理チョコ?」
「そうだ」
毎年この季節は一週間がかりだとスネイプ。
「特に今年は新入生が多くて……」
交換してくれとの依頼が多かった。
「いちいち応じてたら大変じゃない?」
ジェームズやシリウスや自分も一人にOKしたら皆にしなくてはいけないのを分かっているから、はぐらかしたり断ったりしている。
この人はそうじゃないらしい。
「交換くらいはしてやるさ……。勇気をだしての申し出を無碍にするのは気の毒というものだろう?」
スネイプは薄く微笑み付け足す。
「もちろん先着何名と区切ってはいるが……」

この人は毎年毎年律儀にお願いされた分のチョコを作って交換しているんだろうか……。

いいひとだ……要領は悪そうだけど……ものすごくいい人だ……。

「ひとつ食べてみるか?」
微笑みスネイプはナッツを絡めたチョコを差し出してくる。
「……う」
チョコに放り込まれたハーブ、得体の知れない肉片……固まらないから固まらせ粉、酸っぱくなったらアザミシロップ……。ルーピンの頭を一気にそれらが駆け巡った。
「フ……心配しなくてもこれは普通のチョコだ」
あの様子を目の当たりにしたらまあ、無理ない反応だなぁと、スネイプはにっこり笑む。
「これは刻んだチョコを煮立たせないように溶かし、あらかじめほぐしておいたナッツに絡めただけだ」
言いつつ自分の口に放り込む。
こりこりとナッツのいい歯ごたえ。
とてもおいしそうだった。
「大丈夫であろう?」
差し出されたひとつをほおばる。
「……おいしい……」
少し苦味の利いたチョコは香りが高く、ルーピンを幸せな気持ちにしてくれた。
微笑んだルーピンにスネイプは花を愛でるような視線を向ける。
「悲しい顔をしていたが……何かあったのか?」
「……え」
「顔を見ればそれくらい分かる。べつに、私のチョコを食べたから話せなどとは言わない。いつも笑っているお前が悲しそうな顔をしていたのが……少し気になってな……」

話をするつもりはなかった。

スネイプは自分のことを知らない。
人狼のことを知らない。
ジェームズのようにシリウスの親友でもない。
「私は口は堅いほうだ。話を聞くだけならできるが……」
「……もし君だったらどうする?」
スネイプの言葉にルーピンは話していた。
「例えば自分がキスをしただけでも相手にうつしてしまう病気になっていたとして、ある人が恋人になってくれって言ってきた」
「……」
「その人とは……そう、身分違いの恋で、先のことを考えると別れが待っている……そんなときスネイプ、君ならどうする?」
「埒もない」
ふっスネイプは鼻で笑った。
「たとえ話の中のお前は先のことを心配し過ぎるあまり大切なことを見落としている」
言い切りスネイプはルーピンを見つめる。
「うつしてしまうかもしれない病。別れが待っているであろう未来。すべては望まない方向に転んだ時の在りようだ。それは致し方のないこと。自分の力で変えようのないことは、悩んでも仕方がない……ここで問題になるのはなんだ?」
「……え?」
「問題にしなければならないことはなんだと思うと訊いている」
「……え……と」
「やれやれ、悩みというものはこうも聡明な者の目を曇らせる……大切なのは未来よりも今だ」
「……」
「今の自分の気持ちであろう?話の中のお前はその者を好きなのだろう?」
「うん……好き……」
好きだと思う。
「だったら愛しい気持ちはどうしようもできないであろう?」

ジェームズと同じ言葉だった。

「未来の懸念より、渾身の気迫で今を生き抜く。私ならそうする」

過去の積み重ねが現在と呼ばれるならば、現在を大切にする。そうすれば未来は幸せだ。

少し先のことを考えるのはもちろん大切だがなと、スネイプは付け足した。

「こじ付けに聞こえるかもしれないだろう。だが私はそう思う。誰を好きなのかは知らないが、お互いに好き合っているなら、迷わずに行くべきだ」
「そう……だね……」
ルーピンの顔につぼみが綻ぶような笑みが広がる。
一瞬スネイプはどきりとする。
眼鏡に隠れているけれど、リーマス・J・ルーピンは学校でも一、二を争う美人だ。急に高鳴った胸を押さえ、スネイプはルーピンに少しだけ見とれた。

「ルーピン」
呼ばれる。顔を上げるとジェームズが緊張した面持ちで立っていた。
スネイプは一瞬で表情を固くした。
「……やあ、スネイプ」
「……」
スネイプは無言でジェームズを一瞥する。
「貴様かっポッター……」
吐き捨てるように呟き、はさみの先をジェームズに向けリボンを切り始めた。
「私達に何か用か」
ジェームズはひくりと顔を強張らせた。
理由は分からないけどジェームズを気嫌いしているスネイプ。
ジェームズはその原因を探ろうと友好的に接してはいるがスネイプの応対はけんもほろろ、取り付く島もない。
「私達……、私達か……、仲、良いんだね……」
にっこり、完璧に微笑むジェームズは表情とは裏腹に内心相当むっとしている。
「俺が用があるのは君たちじゃなくてルーピンなんだけどな……」
「……」
スネイプは、シリウスがそうするようにルーピンの前に肩を出した。そして顎をあげ、じっっとジェームズを睨みつける。
「……」

あれ?もしかして、庇われてる?

「作業の邪魔だ」
「ふーーん」
ジェームズがとてもきれいな顔で微笑んだ。
ぞーーーと背筋を駆け下りていく緊張に耐えられなくなりルーピンは立ち上がった。
「そうそう約束してたよね。ごめんねジェームズ。すぐ行くから……スネイプ。お願いがあるんだけど……」
「なんだ……」
「チョコレートに文字を彫りたいんだけど、細工できる道具があったらかして欲しいんだ……」
「そうだな……彫刻刀でよければある」
スネイプは傍らの黒革のケースを取り出し大事なものだから失くさないでくれと差し出した。
「……」
ジェームズは無言で刺す様な視線を向けてくる。
感じ覚えのある視線にルーピンは胃がきゅっと縮んだのが分かった。
「ありがとう」
大急ぎで礼を言い、ジェームズを無視するスネイプの前から引っ張るようにして彼を連れ出す。
「明日には返すから……」


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