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ピーターと一緒にルーピンはチョコを作ることになった。

シリウスに言われてから三日後の週末。
二人は連れ立ちホグズミートに行った。

いつもの店は女の子でごった返していた。
店先に積まれた様々な大きさのチョコを攫う様に掴みレジまで行っては戻る。そんな行動をとる子が多かった。
フィリバスターはバレンタイン特別限定として火をつければハート型の火花を散らす『ラヴラヴ花火』を売り出した。それを買うのはもっぱらホワイトデーを待たずに返事をしたい男の子達だ。
一際ごったがえしている一角に目的のものはあった。
レンガを連想させる茶色い四角の塊が天井近くまで聳えてる。
ルーピンとピーターはそれぞれ二塊ずつのチョコ、アーモンドとマカダミアが入ったミックスナッツの大袋と苺のパックを買った。

その足で二人は地下牢教室へ向かう。

バレンタイン前日までのあいだ、地下牢教室は手作りチョコを作る生徒のため、放課後開放されていた。

噂では魔法薬学担当教官ルビウス・ショーが自分の授業中にこっそりチョコを作られるのに辟易してとった苦肉の策らしい。
いつもは魔法薬学の授業で使われているこの教室は、生徒二十人が一列に並んでかけっこできる広さがある。
昔本当に人を投獄していたそうでこの教室に入ると一部の変わり者を除いてなんとも憂鬱な気持ちになる。が、この時期ばかりは女の子たちのはしゃぐような声につつまれ、ほんわり和やかな空間に変わっている。
すり鉢上に設置された座席、一番底の教卓の向こうに教官ルビウス・ショーがいた。
鎖骨のあたりで切りそろえられたストレートの長い髪を今日は『∞』の記号を思わせる形に括っている。
瞼の上に引かれたエジプトチックな暗色のシャドウとダークチェリー色の口紅はいつもと変わらない。
スネイプ憧れの先生は、いつもの袖幅広のスリーピース・ローブではなくダンブルドア校長のような一重のローブを纏っている。
ふた抱えはあろうかという大鍋の前に立ち、いつもの大きな色石のついた指で木勺を取り上げ、真剣な顔で中身をかき回している。

漂い出た甘い匂いはまさしくチョコのもの。

先生自らバレンタインチョコを作っている。

自分が学校の設備を使ってチョコ作りをしている。
それじゃあ、生徒に教室を開放しないわけにはいかないよね……。

ルーピンは納得しながらたまたま空いていた壁際の
いつもの自分の席につく。

まな板、ナイフ、鍋に薪。銀のトレイに匙、スプーン。道具はみんなそろっている。
何しろここは魔法薬の教室だ。
足りないものは適宜、調達してくればいい。

材料を広げルーピンはチョコの包みを開く。
ピンクの羊皮紙に書かれたメモを取り出す。
ピーターも同じようにしてメモを読み始める。
思った通り、チョコを削って鍋に入れ弱火で溶かしてお好みにより、愛の調味料を―。

「愛の調味料ってなんだろう」
ルーピンの疑問をピーターが口にする。

どん、どん、どん。

ルーピンの隣のから突如として何かを叩きつける音がした。見ると。綺麗なソバージュの髪をした女の子が、髪を振り乱しながら震える手で重い木槌を振り上げまな板の上の『何か』をつぶしている。
「……」
傍らの鍋、強火であぶられた鍋の中には薄紫色をした何かの液体がぶくぶくと激しく沸騰している。

べりべりべり……。

前の席では女の子が二人がかりでしなびた何かの塊から、肉片のようなものを剥がしている。

ルーピンはあたりを見回してみる。

グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、そしてスリザリン……。どの寮の女の子も、机の上にチョコの塊の他に、ナッツ、フルーツに混じらせ何かの塊や乾燥させた芋虫などの昆虫類、植物の葉や肉類など、明らかに怪しげな瓶詰めを並べている。
「それ、なに?」
ピーターが自分の隣の女の子に恐る恐る尋ねた。
「レモングラスよ。香り付けのほかに恋の成就の効果もあるの」
訊ねたピーターにレイブンクローの女の子はにっこり笑って答え、煮えたぎるチョコのなかに乾燥させた葉をいれた。
「ミントに恋愛成就の効果があるって聞いたけどレモングラスにもあるんだ……」
関心したように言うピーターの言葉に女の子は動揺した。そうして慌ててすり鉢の底、半ブロック程の机の上にずらっと瓶を並べて、秤を前に作業をしているスネイプのもとへ走って行き、彼から紙に包んだ『もの』をもらうと帰ってきた。
ルーピンにはそれが何か見当が付いた。
鍋の中に注がれ最初に上った香気でそれがミント、スペアーミントだと分かりやっぱりなと思った。
「そうそう、ミントも入れるといいの」
しれっと答えた女の子。
おもむろに杖を上げ女の子は呪文を唱えはじめた。
鍋の縁を杖ではたく度、ぐつぐつ沸騰したチョコは色を変える。最初は茶色、次が黄色……そうして緑、最後にまたチョコ色……。

方法は違うけれど、教室のそこかしこで似たような光景が繰り広げられている。

魔女のバレンタインチョコレート……。

普通のチョコのほかに恋愛成就のアイテムをいれ作られるバレンタインチョコレート……。

あっちの机では、すり鉢に入れられた芋虫が、こっちの机では粉砕された動物の骨が、そっちの机では製作者の刻まれた毛髪、唾液がチョコに投入されている。

怖い……。すごく怖い。

ピーターは隣の女の子と意気投合し彼女にもらった『一〇〇%効く、これさえあればあの人の心をゲッチュー』と怪しさ漂う液体を鍋に入れた刻みチョコにまぶしている。
「ルーピンも―」
「いい、間に合ってる」
空の鍋を抱えるようにしてルーピンは隠す。

リーマスが作ってくれるなら、多少形が崩れていようがしょっぱかろうが苦かろうが不自然に辛くても俺は嬉しい!

ああ、シリウス。キミはこれを知ってたんだね……。

何がはいっているのか分からない、手作りチョコ……。

隣の鍋から不自然に辛い匂いが立ち上る。
前の席からは『固まらない』、『じゃあこれよ固まらせ粉』の声。
ピーターは隣の女の子、その友達とすっかり意気投合して分けてもらった『調味料』をたっぷりブレンドしたチョコの製作に入っている。

この時点でルーピンはチョコを作る気が失せてしまった。

どこを見てもまともにチョコを作っている人はいないように思えた。

ショー先生は茶色い瓶に入った液体を二三滴鍋に垂らし熱々のチョコを型に流し込んでいる。
スネイプは計量を終え、大鍋三つを同時に火にかけ取り巻きに刻ませたチョコをいれかき回している。

「……」
ピーターの鍋からすっぱい匂いが上がる。
見ると、さらさらになった鍋のチョコにいろんな固形物に混じりそのままの形の苺が浮かんでいる。
匂いに顔をしかめるピーターにそういう時はアザミシロップがいいのという女の子の声。

ルーピンは荷物をまとめその場をあとにした。



「……」
部屋に帰りルーピンは一人途方にくれていた。
魔法薬の実習と同じような調理現場……。
くるくると色を変えるチョコレートたち。

魔法薬の方がまだ精神衛生上いい。

もうあんなに怖いところには行きたくない。

このバレンタインの間に得体の知れない物体が混じったチョコを貰い、喜び、食べて体調を崩す男たちが一体どのくらいいるんだろう。
「……」
食欲も失せ、ベッドに転がるルーピンにシリウスは『具合悪いのか』『熱があるのか』『大丈夫か』を連発しいつものように『保健室に行こう!』と締めくくった。
「……」
あんなに喜んだシリウスに今更怖いから手作りチョコはあげられないなんて言えない。

ピーターは出来上がったチョコを前にリボンは何色にしようかと浮かれている。

調理場に忍び込んでこっそり作ろうかとも思ったけれど、バレンタインのこの時期、ルビウス・ショーが地下牢教室を開放したこともあり、それは難しかった。

一日、二日、三日が経った。
バレンタインデーまであと三日。

早くしないと間に合わない。でも怖くていけない。

こういう時頼りになるのはジェームズだ。

ルーピンはジェームズに話してみた。

「そんなことがあったのか……」
彼は感慨深げにそう言いしばらく黙った。
唇の端がぴくっと引きあがる。なにか思い出し笑いしているようだ。
「俺、甘いのもあんまり好きじゃないだろ?実はトラウマがあって、入学したばっかりの頃、バレンタインに貰ったチョコを一口かじって、そのまま引き出しに入れておいたんだ。少しして見たらチョコからびっしり双葉が出てた」
「もしかして……」
昔、自分達四人は同じ女の子からバレンタインチョコをもらった。
「そう。それだ」
ピーターは平気だったけど、全部食べたシリウスと自分はそのあと原因不明の腹痛に襲われた。
「チョコに恋愛成就の呪いをかけるってのは良くあることだけど、まさか、そのものに混入していたとは……」
そんなのばかりじゃないと思うけど、恋愛成就のために薬と呪いづけの食べ物を製作し、微笑みながら手渡す……。

恋する女は、いや恋する魔女は恐ろしい。

過去知らないうちにそんなものを食べさせられていたかと思うと、胃がひっくり返りそうな感じがした。

口元を押さえたルーピンにジェームズは苦笑いしながら言った。
「それからなんだよな……手作りって聞くとあの双葉が生えたチョコが浮かんで……吐きそうになる」
ジェームズは舌を出した。
「正直に言って市販品を渡すほうがいいと思うな」
「でも……」
あのときのシリウスは本当に喜んでいた。
「奴はお前にべた惚れしてるんだ……『リーマス』からのプレゼントならなんだって大喜びさ……」
今だ自分以外がルーピンを『リーマス』と呼ぶことに激しい嫉妬をみせるシリウス。ジェームズですらルーピンをファーストネームで呼ぶことは控えている。
「やつは安心したいだけなんだよ」
「……安心?」
「告白したことで自分達の間が気まずくなってないか心配してる。よく俺に『リーマスは優しいから俺のこと鬱陶しくっても、嫌いになっても邪険にできないんだ』って言ってくる」

シリウスは能天気そのものの顔の下でそんなことを考えていたのか……。

「まあ、告白するように仕向けたのは俺だから」
そのくらいの愚痴は甘んじて聞くけどな。
ジェームズは笑い。一瞬眼光を鋭くした。
「で、どうなんだ?リーマスとしてはシリウスとのことを……」
「考えて……るよ」
「考えて?」
ジェームズは瞳を細める。

こういう表情の彼は苦手だ。
ジェームズと自分はとっても似ていると思う。
ものの考え方とか、人の接し方とか……表現の仕方が違うだけで本質は似ている。
自分と似ている人間はとても扱いづらい。
ツボも地雷も大体分かるから議論をしようとすればまず腹の探り合いになる。
普通でも踏み込んだ話をしようと思ったらダメージを食らう覚悟がないとできない。自分とジェームズの場合はお互いの言い分も逃げも分かるからとてもつらい。
大きく深く傷つく可能性がある。

ジェームズはあえてそれをしようとしている。
そういう時の顔を今の彼はしている。
逃げられない。
ルーピンは呼吸を整えた。
ジェームズは『そんなに緊張するなよ』と表情を柔らかくし、少しおどけた調子で言った。
「シリウスが嫌い……じゃないよな?お前は嫌いな奴に手作りチョコなんてくれてやる奴じゃないもんな」
シリウスが誤解している自分の性格をずばりあてるジェームズ。
シリウスは『リーマスはやさしいから人に流され振り回される』とときどき口にするが、本当はそうじゃない。
ここでどういう風に振舞ったらどうなるか、ちゃんと自覚して、計画の上で動いている。
必要があるなら、昨日まで親しかった相手との関係を自分でも寒くなるくらいすっぱり切ることもできる。
「シリウスは……僕の計算を狂わせるんだ」
ジェームズとは違った意味で苦手な相手。
「『だから』魅かれるんだよな?」
「……」
「俺もそうだった……ここだけの話にしてくれよ?最初にあったとき、こんな割の合わないこと自分から買ってでる奴はバカがよっぽど計算高いんだと思った。奴はどっちでもなかった」
未知の個体に遭遇して強烈な好奇心に襲われた。
彼を理解しようと行動を共にした。
意識なくこちらの地雷を踏むシリウスを時々恨めしく思ったけど、結局離れられなくなった。
「あの瞳……だよな」
「……うん」

シリウスが真っ直ぐに何かを追い求める時のあの目。
あの目の光に射抜かれるとすべての計算が止まる。

ジェームズの言葉にルーピンはひとつため息をつく。

計算高い僕の心をシリウスはその笑顔で、御節介な面倒見で、あの目の輝きで攪乱する。
今回のこともそうだ。手作りチョコなんて、断ろうと思えばいくらでも断れた。
言い訳はいくらでもある。
僕は女の子じゃないとふくれて見せれば一発でシリウスは要求を引っ込めた。
ごめんリーマス俺が悪かった。
彼はそう言ったに違いない。

でも、シリウスにチョコを作ってあげたいと、思ったんだ。

「何を考える必要がある?」
ジェームズは心の呟きを見透かしたように言った。
「俺にはお前が何を迷っているのか分からない。お前自身の気持ちは、もうどうしようもないくらいシリウスに向かっているように見えるんだけどな」
「……」
「何を心配している?」
「……」
「例えば奴のことだからお前がお付き合いOKなんて言ったら当分の間はべたべたするだろうな」
「……べたべたして」
ルーピンは視線を伏せその先の言葉を続ける。
「そのうち一晩中いちゃいちゃするかもしれないね……そうしてあるとき僕はこの爪でシリウスを引っかくかもしれない。キスをしていて歯で彼の唇を噛み切ってしまうかもしれない。そうしたら?」
ルーピンは涙声になっていた。
「人狼に噛まれたり引っかかれたりすればどうなるか、その人も人狼になる」
人間のときの人狼に噛まれたらどうなるのか……それは誰も知らない。そんなことを試す奴はいないからだ。

人狼は『呪い』だ。

最初のひとりが抱えた無念の想いが、噛まれた人の体に忍び込み、その人の持つ暗い感情と混じりあい変化し、次の人間にまた引き継がれていく。

世代を経るごとに強くなる呪いの連鎖。

狼の時、やりきれなさと腹立ちと怒りと悲しみで頭がぐちゃぐちゃになる。
まともに考えてなんかいられない。
力を与えてくれる月の光にさえ鞭打たれている気になる。体の底から湧いてくるどうしようもない衝動に多くの人狼は他人に縋る。
人を傷つけ命を奪うことでかろうじて自分を思い出す。

幸か不幸か自分が噛まれたのはまだ物心つく前、二歳だった。経緯は覚えていない。噛まれた自分は瀕死で一時は医者も見離した。両親の愛情のお陰で今こうしていられる。白紙の子供の心に『呪い』がどう作用したか今になっても分からないが最初の変身で傍にいた両親でなく自分を噛んだそうだ。

「ジェームズはどんな境遇の人間でも恋をする権利があるって言ったけど……確かに僕もそう思う。でも恋しい人の身を危険にさらす恋ならしちゃいけないと思う」

「……」
「シリウスにチョコを作るよ……そして、断るよ」

ルーピンはにじんだ涙を拭いジェームズの脇を抜ける。
「でもな、ルーピン」
談話室へつづく梯子を降りるルーピンにジェームズは言った。
「愛しい気持ちはどうしようもできないだろう?」



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