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バレンタイン十日前、あんまりくれくれとうるさいから、分かった、あげるとルーピンは答えた。

シリウスは両こぶしを握り締め一瞬だけ控えめにガッツポーズを作った。
場所が廊下でなくベッドのあるプライベートルームだったらきっと体中で喜びを表現したに違いない。

「どんなのがいいの?」
「どんなでも!!」
再びこぶしを握りシリウスは言い切った。
「リーマスが作ってくれるなら!!」

リーマスが作ってくれるなら、多少形が崩れていようがしょっぱかろうが苦かろうが不自然に辛くても俺は嬉しい!

「……」
聞きようによってはなんだか失礼な言い草だ。

教室で小耳に挟んだ女の子たちの話、『簡単な手作りチョコの方法』を思い出し、ルーピンは思った。

手作りと言ったって、市販のチョコを同封メモの手順に従って、溶かして、小分けして、お好みでナッツやフルーツを加え……その過程のどこにチョコの味をしょっぱくしたり苦くあまつ不自然に辛くする要素がある?
初めてでもそれくらいは失敗なく出来る。
すこーしむっとしたがルーピンは黙って確認した。

「僕が作ったチョコが欲しいの?」
「ぜいたくかな……」
シリウスは真っ直ぐこちらを見つめる。

告白はしたけど返事はもらえていない。
友達以上恋人未満の関係で手作りチョコをくれなんて贅沢だろうか?

彼の黒い瞳は一瞬で濡れたような光沢になった。
泣きそうな色になった。
「そ、……そういうわけじゃないけど……」
ルーピンは慌てて言った。
「手作りならいろいろ準備があるから……チョコとかナッツとかフルーツとか買って、……市販品でいいなら―」
「手作りが、いいな……」
ぼそっとシリウスは呟いた。
「俺、リーマスの手作りが食べたい……な……」
おそるおそると言った感じでそれでもシリウスは少し甘えるような声で言ってきた。

ジェームズやピーターの前では決してやらない。
告白してからシリウスは、自分の前でこういう甘えるような仕草を見せるようになった。
少し遠慮がちに自分の要求を広げる。そうしてだめかな?と、寂しそうに笑ってみせる。

下手にごり押しされるより、ピーターのように声を上げて懇願されるより、ルーピンには効いた。

「わかった……手作りね……」

何だかいいように操られている気が、しなくもないけど、チョコ作り自体はそんなに難しくなさそうだからいいや。

「リーマス」
ルーピンの答えにシリウスは微笑んだ。
競技用の箒の柄をぎゅっと握り、嬉しさを隠し切れないようで片手をこちらの肩に伸ばしてきた。
「ありがとう。うれしいよ」
「でも、あんまり期待しないでね……」
はじめて作るんだから。
ルーピンの言葉にシリウスはますます笑みを強くした。泣きそうに濡れたシリウスの瞳が今度は喜びに潤んでいる。
本当に嬉しいらしい。
シリウスはこの上なく優しい、見ているこっちが和むような柔和な顔で微笑む。つられルーピンも笑った。
こんなに喜んでもらえるなんて……。
こちらまでうきうき、照れくさいような楽しい気持ちになってくる。
しばらく二人して笑いあっていた気がする。
気がつくと、肩に置かれた手、指先に僅かに力がこもった。その指がくいっと自分を引っ張る。

ルーピンは我に返る。

頭一つ半程高いシリウスを見上げると、彼の黒い目は『おまえを抱きしめたい』と言っていた。

『お前が好きだ』『嫌いじゃなかったら付き合ってくれ』と言われてからもう何ヵ月か経った。

ずるいと思うけれど、なんだかんだと理由をつけて返事を引き伸ばしている自分。

『Yes』、『No』どちらの言葉を言うにしても、自分の体質を含め、考えなきゃならないことが山とある。

まだ全部を考え切ってない。

ここでこの要求を容れたら、言外に『Yes』と言うようなものだ……。
冷静になれと自分に言い聞かせる。そして大きく一つ深呼吸をした。

その間にシリウスの指はルーピンの肩をはなれ、顔に落ちかかる髪に伸ばされる。
体調の悪い時は金と銀を混ぜたようになる鳶色の髪。
ルーピンは長く伸ばしたそれを首の後ろで一本の三つに編み背に流していた。見かけよりも硬い髪は時間が経つとあちこちから飛び出してくる。
シリウスの指はするりと髪を撫でつけそのまま背中に移動した。
「……」
ルーピンは視線をシリウスの肩越し、廊下の向こうに向ける。その仕草につられて振り返ったシリウスは曲がり角に立つジェームズ達を見止めた。
そして『何でそこにいるんだ?』という顔をした。
「みんな待ってるよ……」
さっきから廊下の向こうで見え隠れしていたジェームズ達を視線で指しルーピンは言う。
さりげなく一歩脇へよけ、シリウスの手を外す。
「もう行ったほうがいいと思うよ」
「……あ、ああ」
「また後で」
手を振るルーピンに同じように返しシリウスは走っていった。

ごめんね……煮え切らなくって。

その後姿を眺めながら、ルーピンは心の中で謝る。

早く白黒つければ、キミも新しい恋に目を向けられるのにね……。

思った途端ずきりと鋭い痛みが左胸に走った。
この胸の痛み、その思い当たる原因をルーピンは頭を振って追い出した。
結論を出すのが、怖い。
どっちの答えを出しても何かしらの後悔を残しそうで怖い。でもずっとこのままでいるわけには行かない。
それは分かっている。

虫のいい話だけどもう少し、もうちょっとだけこのままでいさせて欲しい。

みんなと合流したシリウスは、チームメイトの一人に肩をはたかれ何かを言い返している。小さく爆笑が起こる。拗ねたように肩を竦めたシリウスは、箒を抱えなおしてそそくさと角を曲がる。みんながそのあとに続く。ジェームズは一瞬こっちを見て小さく笑い、『邪魔して悪いな』と目で言った。と、その目がルーピンの背後をみて僅かに開かれる。
背後に人の気配を感じてルーピンは振り返った。

廊下の端、石像の影に隠れるようにピーターがいた。
「あ、ごめん」
図書室で一緒に宿題をやることになってたんだ。
そこへ向かう途中シリウス達に会い、今までかかっていた。
あんまり自分が遅いから探しにきたんだろう。
ルーピンは謝りピーターと図書室へ向かった。

今日の宿題は占い学だ。
ルーピンは『簡単なコイン占い』について、ピーターは『数字を使った占い』のレポートをそれぞれに書く。
ピーターは珍しく無口だった。
いつもは、見えない何かに急かされるように忙しく教科書を捲り少し読んでは『分からない』を連発するのに、今日はそんなこともなくレポートをやっている。
ピーターと一緒にいて一度も『教えて』を言われないのは珍しい気がする。
中断されることなく宿題を終えたルーピンは何の気なしに周囲を見渡す。
いつもは閑散としている図書室だが、バレンタイン十日前と言うこともあってか、あちこちで女の子たちのグループが書架の前に立っている。時折、くすくす、とひそひそ話に笑い声が漏れる。話しに花を咲かせている。
「バレンタインだね」
突然ピーターが言った。
「ねえ、ルーピン。シリウスにチョコ……あげるの?」
いやに切羽詰まった声のピーターが視線を伏せたまま訊ねてくる。

廊下でのやり取りを聞いていたらしい。

「うん」
と答えるルーピンの前でピーターは表情をなくし固まった。
「……」
こういうときのピーターはいつもと違い何を考えているかさっぱり分からない。そして分かった時には良くも悪くもこちらの予想を超える行動をとっていることが多い。
ジェームズやシリウス以上に手ごわいとルーピンは密かに思っていた。
「ピーターもシリウスにチョコあげたいの?」
口をついて出た自分の言葉にルーピンは自分自身驚く。
もしそうだと言われたら……自分はどうするつもりなんだろう。だがピーターははじかれたように顔をあげ、少し怒ったようにさけんだ。
「ちがうよ」
そうじゃないよ強い口調で言い切る。
むきになるピーターにルーピンはほっとし、そして興味をそそられた。

じゃあ、なんだろうと考えを巡らせる。

シリウスにチョコをあげたいんじゃないなら他の誰かに贈り物をしたいということだろうか?
誰かに交換をしてくれと頼まれたかのかもしれない。

あと、そのほかに考えられるのは……。

まさかピーターも『ルーピンの手作りチョコが食べたい』なんて……言わないよね?

はっきり『くれ』と言ったシリウスは別として、バレンタインが近づくにつれ下級生、同級生、上級生入り混ぜて『お返しはきちんとするからチョコをくれ』『義理でいいからチョコをくれ』的な言葉を仄めかされることが多くなった。
たとえ義理でも学校のアイドル(汗)から『バレンタインのチョコをもらった』というのはステイタスになるらしい。
くれくれの声を浴びせられるのは自分だけなくシリウスやジェームズ、多分スネイプも同じで、スネイプは分からないけど少なくとも先の二人は降るように舞い込む懇願を断るのに苦労していた。

シリウスは『ブラック家の決まりで結婚相手としかチョコの交換をしちゃいけないんだ』と理由になるような、ならないようなことを言い、ジェームズは『難しいなぁ……』とあいまいに微笑む。

「もしかしてピーターもあげたい人いるんだ?」
「え」
ピーターはまた、表情を失くした。そしてシリウスのように一瞬で真っ赤になった。

ああいるんだ。あげたい人が。

「す、好きとかそ、そういうんじゃな、ないんだ、けど」
ピーターはどもりながら言う。
「義理だよ。義理。でも手作りチョコって難しそうだから、でも、ルーピンが作るなら傍で一緒に、一緒に作って、も、もらえた……ら」
赤面し、少しどもりながらピーターは激しく一気にまくし立てる。
「お願い一緒に作って!」
がたりと席を立ちピーターは叫んだ。
図書館の人々の視線がいっせいに注がれる。

恋する男がここにも一人。

「わかった」
分かったから少し落ち着いて。
ルーピンはピーターを座らせ落ち着かせようと肩を叩く。
「僕もはじめて作るけど、そんなに難しくなさそうだから一緒に作ろう」


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