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「……」
部屋に帰りルーピンは一人途方にくれていた。
魔法薬の実習と同じような調理現場……。
くるくると色を変えるチョコレートたち。

魔法薬の方がまだ精神衛生上いい。

もうあんなに怖いところには行きたくない。

このバレンタインの間に得体の知れない物体が混じったチョコを貰い、喜び、食べて体調を崩す男たちが一体どのくらいいるんだろう。
「……」
食欲も失せ、ベッドに転がるルーピンにシリウスは『具合悪いのか』『熱があるのか』『大丈夫か』を連発しいつものように『保健室に行こう!』と締めくくった。
「……」
あんなに喜んだシリウスに今更怖いから手作りチョコはあげられないなんて言えない。

ピーターは出来上がったチョコを前にリボンは何色にしようかと浮かれている。

調理場に忍び込んでこっそり作ろうかとも思ったけれど、バレンタインのこの時期、ルビウス・ショーが地下牢教室を開放したこともあり、それは難しかった。

一日、二日、三日が経った。
バレンタインデーまであと三日。

早くしないと間に合わない。でも怖くていけない。

こういう時頼りになるのはジェームズだ。

ルーピンはジェームズに話してみた。

「そんなことがあったのか……」
彼は感慨深げにそう言いしばらく黙った。
唇の端がぴくっと引きあがる。なにか思い出し笑いしているようだ。
「俺、甘いのもあんまり好きじゃないだろ?実はトラウマがあって、入学したばっかりの頃、バレンタインに貰ったチョコを一口かじって、そのまま引き出しに入れておいたんだ。少しして見たらチョコからびっしり双葉が出てた」
「もしかして……」
昔、自分達四人は同じ女の子からバレンタインチョコをもらった。
「そう。それだ」
ピーターは平気だったけど、全部食べたシリウスと自分はそのあと原因不明の腹痛に襲われた。
「チョコに恋愛成就の呪いをかけるってのは良くあることだけど、まさか、そのものに混入していたとは……」
そんなのばかりじゃないと思うけど、恋愛成就のために薬と呪いづけの食べ物を製作し、微笑みながら手渡す……。

恋する女は、いや恋する魔女は恐ろしい。

過去知らないうちにそんなものを食べさせられていたかと思うと、胃がひっくり返りそうな感じがした。

口元を押さえたルーピンにジェームズは苦笑いしながら言った。
「それからなんだよな……手作りって聞くとあの双葉が生えたチョコが浮かんで……吐きそうになる」
ジェームズは舌を出した。
「正直に言って市販品を渡すほうがいいと思うな」
「でも……」
あのときのシリウスは本当に喜んでいた。
「奴はお前にべた惚れしてるんだ……『リーマス』からのプレゼントならなんだって大喜びさ……」
今だ自分以外がルーピンを『リーマス』と呼ぶことに激しい嫉妬をみせるシリウス。ジェームズですらルーピンをファーストネームで呼ぶことは控えている。
「やつは安心したいだけなんだよ」
「……安心?」
「告白したことで自分達の間が気まずくなってないか心配してる。よく俺に『リーマスは優しいから俺のこと鬱陶しくっても、嫌いになっても邪険にできないんだ』って言ってくる」

シリウスは能天気そのものの顔の下でそんなことを考えていたのか……。

「まあ、告白するように仕向けたのは俺だから」
そのくらいの愚痴は甘んじて聞くけどな。
ジェームズは笑い。一瞬眼光を鋭くした。
「で、どうなんだ?リーマスとしてはシリウスとのことを……」
「考えて……るよ」
「考えて?」
ジェームズは瞳を細める。

こういう表情の彼は苦手だ。
ジェームズと自分はとっても似ていると思う。
ものの考え方とか、人の接し方とか……表現の仕方が違うだけで本質は似ている。
自分と似ている人間はとても扱いづらい。
ツボも地雷も大体分かるから議論をしようとすればまず腹の探り合いになる。
普通でも踏み込んだ話をしようと思ったらダメージを食らう覚悟がないとできない。自分とジェームズの場合はお互いの言い分も逃げも分かるからとてもつらい。
大きく深く傷つく可能性がある。

ジェームズはあえてそれをしようとしている。
そういう時の顔を今の彼はしている。
逃げられない。
ルーピンは呼吸を整えた。
ジェームズは『そんなに緊張するなよ』と表情を柔らかくし、少しおどけた調子で言った。
「シリウスが嫌い……じゃないよな?お前は嫌いな奴に手作りチョコなんてくれてやる奴じゃないもんな」
シリウスが誤解している自分の性格をずばりあてるジェームズ。
シリウスは『リーマスはやさしいから人に流され振り回される』とときどき口にするが、本当はそうじゃない。
ここでどういう風に振舞ったらどうなるか、ちゃんと自覚して、計画の上で動いている。
必要があるなら、昨日まで親しかった相手との関係を自分でも寒くなるくらいすっぱり切ることもできる。
「シリウスは……僕の計算を狂わせるんだ」
ジェームズとは違った意味で苦手な相手。
「『だから』魅かれるんだよな?」
「……」
「俺もそうだった……ここだけの話にしてくれよ?最初にあったとき、こんな割の合わないこと自分から買ってでる奴はバカがよっぽど計算高いんだと思った。奴はどっちでもなかった」
未知の個体に遭遇して強烈な好奇心に襲われた。
彼を理解しようと行動を共にした。
意識なくこちらの地雷を踏むシリウスを時々恨めしく思ったけど、結局離れられなくなった。
「あの瞳……だよな」
「……うん」

シリウスが真っ直ぐに何かを追い求める時のあの目。
あの目の光に射抜かれるとすべての計算が止まる。

ジェームズの言葉にルーピンはひとつため息をつく。

計算高い僕の心をシリウスはその笑顔で、御節介な面倒見で、あの目の輝きで攪乱する。
今回のこともそうだ。手作りチョコなんて、断ろうと思えばいくらでも断れた。
言い訳はいくらでもある。
僕は女の子じゃないとふくれて見せれば一発でシリウスは要求を引っ込めた。
ごめんリーマス俺が悪かった。
彼はそう言ったに違いない。

でも、シリウスにチョコを作ってあげたいと、思ったんだ。

「何を考える必要がある?」
ジェームズは心の呟きを見透かしたように言った。
「俺にはお前が何を迷っているのか分からない。お前自身の気持ちは、もうどうしようもないくらいシリウスに向かっているように見えるんだけどな」
「……」
「何を心配している?」
「……」
「例えば奴のことだからお前がお付き合いOKなんて言ったら当分の間はべたべたするだろうな」
「……べたべたして」
ルーピンは視線を伏せその先の言葉を続ける。
「そのうち一晩中いちゃいちゃするかもしれないね……そうしてあるとき僕はこの爪でシリウスを引っかくかもしれない。キスをしていて歯で彼の唇を噛み切ってしまうかもしれない。そうしたら?」
ルーピンは涙声になっていた。
「人狼に噛まれたり引っかかれたりすればどうなるか、その人も人狼になる」
人間のときの人狼に噛まれたらどうなるのか……それは誰も知らない。そんなことを試す奴はいないからだ。

人狼は『呪い』だ。

最初のひとりが抱えた無念の想いが、噛まれた人の体に忍び込み、その人の持つ暗い感情と混じりあい変化し、次の人間にまた引き継がれていく。

世代を経るごとに強くなる呪いの連鎖。

狼の時、やりきれなさと腹立ちと怒りと悲しみで頭がぐちゃぐちゃになる。
まともに考えてなんかいられない。
力を与えてくれる月の光にさえ鞭打たれている気になる。体の底から湧いてくるどうしようもない衝動に多くの人狼は他人に縋る。
人を傷つけ命を奪うことでかろうじて自分を思い出す。

幸か不幸か自分が噛まれたのはまだ物心つく前、二歳だった。経緯は覚えていない。噛まれた自分は瀕死で一時は医者も見離した。両親の愛情のお陰で今こうしていられる。白紙の子供の心に『呪い』がどう作用したか今になっても分からないが最初の変身で傍にいた両親でなく自分を噛んだそうだ。

「ジェームズはどんな境遇の人間でも恋をする権利があるって言ったけど……確かに僕もそう思う。でも恋しい人の身を危険にさらす恋ならしちゃいけないと思う」

「……」
「シリウスにチョコを作るよ……そして、断るよ」

ルーピンはにじんだ涙を拭いジェームズの脇を抜ける。
「でもな、ルーピン」
談話室へつづく梯子を降りるルーピンにジェームズは言った。
「愛しい気持ちはどうしようもできないだろう」


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