◎ Batuichi first ◎
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「と、いうわけさ」 十歳のニューイヤー、ブリッジの五本勝負。 〇勝五敗のストレート負けでホグワーツに入学することになった経緯をジェームズは語り終わったばかりだった。 ジェームズ・ポッター。 くしゃくしゃとくせのついた黒髪に眼鏡がトレードマーク。 それだけ聞くとジェームズという少年は身だしなみに気を使わない、あまりぱっとしない部類の人間のようだが、眼鏡越しの眼光の鋭さと学業の優秀さ、入学したての一年生にしてクディッチのレギュラーメンバーに選ばれる運動神経から何かと注目されることが多い。 今は魔法薬の授業中。 すり鉢状に座席が設置されたこの地下牢教室は二十人が一列に並んでかけっこできる広さがある。 昔ほんとに人を投獄していたそうで、ここに入ると一部の変わり者を除いてほとんどの生徒が何とも陰気な気持ちになる。 それは黴蒸した石積みの壁がむき出しだったり、大人の背丈より少し上に、生徒を囲む様にずらり開けられた、小さな長細い窓がこちらを威嚇しているように見えるせいかもしれない。 実習がメインのこの教科は、比較的私語が自由とあって生徒はお喋りを楽しみながらああでもない、こうでもないとやっている。 生徒二人にひとつ割り当てられた作業台には乾燥した芋虫や棘アザミ、さっき植物学の授業で抜いてきたばかりの鳴きニンジン等々、昆虫から植物まで色々な材料が乗っていた。 「うちの父は……手狭に小商いを営んでいるよ」 今、ジェームズは学校中で流れているデマ、ジェームズ・ポッターは眼鏡を取った顔が超美形演技派俳優のオースチン・エイブスに似ている、だから彼の隠し子ではないかとのうわさを否定したばかりだった。 父は、美形と言えないこともないが本人に言わせると、小商いをして小銭を稼いで暮らしてる男だそうだ。 小商いとわざわざつけるところがいやらしいとジェームズは思っている。 父はいつか、できれば近日中に越えたい壁だった。 今のところ自分が彼に勝っているのは、自分にあって父にはない魔力だけ。それすらも親からもらった体に流れる血のおかげなので、ジェームズは少し面白くなかった。 父はくしゃくしゃの黒髪がトレードマークのポッターの家系には珍しく、キューティクル艶々で真っ直ぐな、コシのある黒い髪をしている。 今教室の隅のほう、大仰に柄杓を取り上げ悦に入っているセブルス・スネイプの髪のように。 「意外だね」 鼻先までずり落ちた眼鏡を直し、リーマス・ルーピンがニワトコの大匙で鍋の中身をかき回す。 「意外?」 心底意外という顔のルーピンにつられジェームズも眼鏡に手をやる。 机上のラックからコルクで封をした試験管を掴むと中身を数滴加え、杖を取り出し鍋下の薪に魔法をかけた。トロ火になるよう火力を調節する。 「ご両親の望みだからって、君が人に言われて自分の進路を決めるなんて信じられなくって」 机越しに手渡された試験管を訝しげに見やり、少し思案するとルーピンはジェームズより心持ち多めに中身を注いだ。 「約束は約束だからそれを守って入学しただけだよ」 用の済んだ試験管を戻しながらジェームズは、ふとルーピンの髪に目がいく。 地下牢教室に差し込む仄かな光に照らされ、鳶色の髪が金と銀を混ぜたような光沢を浮かべている。 極度に疲れているとき、体の具合が悪いとき、光に透かすとルーピンの髪は今のような独特の色合いになる。 「卒業してどうするかはゆっくり決めるよ」 言いつつジェームズはルーピンの額に手を伸ばし触れる。 生暖かい。 「なに?」 「うん。熱があるのかと……」 熱はないようだ。 前触れないその行動にキョトンとしたルーピン。 その隣では苦いものを飲んだかのような顔のシリウス・ブラックが別のラックからとった試験管をピーター・ペティグリューに手渡しているところだった。 急に機嫌の悪くなったシリウスを目にしピーターはびくりと体を竦ませ、だらだら冷や汗を掻き出した。彼は大きな声、人の不機嫌が一番苦手だ。自分が彼の機嫌を損ねたと思い怯えている。 肩を竦め背を丸め、息を殺すその様は猫を恐れるネズミの様だ。 「具合が悪いなら言えよ」 杖の一振りで火を弱めシリウスは針を仕込んだような視線を、一瞬だけジェームズに向け、すばやい瞬きでそれを消すとぶっきらぼうにルーピンに言った。 「 ― うん。ありがとう。でも僕は元気だよ」 「そう言ってこの前は三十八度の熱で授業に出てたじゃないか」 笑みを浮かべるルーピンにシリウスは強い、眉間に皺を作った表情を向ける。 「そ、それは ―― 」 言葉に詰まるルーピン。 シリウスは彼の額と首筋に触れ念入りに熱を計っている。 「この前は……どうしても出たかったんだ……もう大丈夫だよ。ちゃんと体調管理もしてるし」 「その前も、その前の前もそう言って結局三日も寝込んだじゃないかっ前科のある奴の言葉は重みがないぞっ」 弱々しく理由を告げるルーピンにシリウスはぴしゃり言い切った。 授業が終わったらシリウスのエスコートでルーピンは保健室に直行という勢いだ。 「ジェームズ……」 ルーピンが助けを求めてくる。その瞬間シリウスの夜色の瞳が一層険しくなった。ピーターがシリウスに背を向け一心不乱に鍋をかき回しだす。 やばい。楽しい。 ジェームズは汗を拭くふりをして鼻の下に手をあて、こみ上げてくる笑いを隠した。 シリウスはルーピンをものすごく気に入っている。 入学初日にルーピンが見舞われたちょっとしたアクシデントがあったが、普通だったら屈辱と恥ずかしさで平静を保っていられないだろうところを彼はそれプラスあのスネイプの嫌味攻撃にも少しの動揺も見せなかった。控えめに反撃すらした。 華奢でやせっぽちの外見には似合わない度胸のよさと、スネイプの去った直後に現れ、手を差し出したシリウスと自分を簡単に信用したこと、そのギャップにシリウスはやられたと自分はふんでいる。 「授業が終わったら ― 」 シリウスがルーピンの手を掴む。 「やだよっ」 ルーピンはその手を払い顔を赤くして訴える。 「次は『闇の魔法に対する防衛術』なんだからっ一番楽しみにしてる授業なんだから」 はじまったな。月一恒例押し問答。 シリウスは些細なことでルーピンを保健室おくりにする。 体の弱いルーピンを心配してのことだろうがくしゃみ一つにも目を光らせるシリウスをルーピンは相当鬱陶しがっている。 ルーピンの鍋が白い煙を昇らせる。二人はそれに気づかない。 ジェームズは自分とルーピンの鍋の火を落とそうと杖を取り出した。 視線を感じ顔を上げると、担当教官ルビウス・ショーと目が合った。傍らには一人の、顔色のよくないスリザリン生がひそひそ何かを告げ、その彼の向こうでは気取ったしぐさで腕組みするスネイプが見えた。 ちっ。 心の中で舌打ちしジェームズは仕方なく自分の分だけ鍋の火を落とした。 ルビウス・ショーは私語には寛大だが、自分で課題をこなさない生徒には容赦がない。噂では不器用という理由で材料刻みを手伝ってもらった生徒に居残りを命じ、不眠不休で延々三日間薬を作らせた過去があるそうだ。 ルーピンの鍋がぐつぐつ沸騰している。 ルビウス・ショーは絵画的な微笑みを浮かべ教卓にひじを突き組んだ両手、絡めた指の上に顎をのせこちらを眺めている。 「熱だけ計りにいこう」 「やだっ」 「熱を計るだけだ」 「ジェームズ、助けてよ」 「今作っている薬、煮えすぎたら効果がなくなるぞ」 口元を押さえながらジェームズは言った。 「ええっ」 ルーピンがシリウスを振り払い慌てて杖を振り上げる。だが遅かった。 淡い緑色になるはずの鍋の中身は濃い黄色に変わっている。 「あ〜〜〜」 ルーピンのため息が漏れる。その隣ではシリウスも、自分の鍋をのぞき込み頭を押さえている。二人とも絶望的な仕上がりのようだ。 教室の隅のほうからスネイプの笑い声がした。 『はっは』と短く喉で笑うのは彼の機嫌がいいときだ。 しゃなり、しゃなりと、絹を引きずる音がする。見るとルビウス・ショーが階段を上がっている最中だった。 「できたかな?」 喉の奥で子音を消す、覇気のない喋り方。 低血圧そうな顔は明るい表情をしているがジェームズには彼自らの意志で自然な表情を作っているだけに見えた。 エジプトチックに瞼の上は濃い暗色のシャドウが入り、唇はダークチェリー色。 ストレートの長い黒髪を鎖骨のところで切りそろえ、一目でオートクチュールと分かる黒いローブを着ている。今年流行の袖広幅のスリーピースだ。 七色に光る爪で柄杓を取り上げるとショーはジェームズの鍋をゆっくりかき回した。 「色味も粘度もちょうどいい……巧くいったようだね……」 次いで顔を上げ、ショーはルーピン、シリウスの鍋を覗いて首を振った。 「リーマス・ルーピン、シリウス・ブラック、少しお喋りに夢中になってしまったようだね……」 「先生」 シリウスが呼びかけるがショーは口を挟ませず言葉を続けた。 「私は楽しい授業は適度なお喋りからだと思っている。ここにいる生徒一人一人がきちんと課題をこなしてくれればその方針を変えるつもりはない。多少の失敗は大目に見よう。ブラック君、君のは人食いナメクジの涙を大匙いっぱい加え、火にかけないでかき混ぜればまだ救われる。ルーピン君、残念だが君の薬はもう手の施しようがない。中身を捨てて、魔法を使わず自分の手で鍋を洗い棚に戻したまえ」 「はい」 ルーピンは自分の隣で何か言いたそうなシリウスを制し短く答えた。 「結構。素直でよろしい。ポッター君の薬の出来と合わせグリフィンドールに五点あげよう」 にこりともせずショーは二人の横を通り過ぎ、ピーターの鍋を覗く。 「ああ、ピーター君、君のはかき回しすぎだ……やり直し」 「えーーーー」 「ピーター・ペティグリュー、……リーマス・ルーピン、二人は放課後居残る必要がある。戻ってきて作り直すように」 それだけ言ってショーは、シリウスの呼び止めもピーターの嘆きも一切耳に入らないようで、ほかの生徒の鍋を覗いてまわる。 「先生聞いてくだ ― 」 「よせ、シリウス」 「だけど」 目を吊り上げるシリウス。 自分がルーピンに絡まなければ彼の薬は巧くいっていた ― 夜色の瞳はそう言っていた。 「ジェームズの言う通りだよ」 鍋つかみをはめながらルーピン。 「先生今すごく機嫌が悪いから反論なんかしたらややこしくなるから」 「……すまん」 小さく頭を下げるシリウスは傍目にわかるほどしょげていた。 ルーピンのことになると、シリウスは借りてきた猫のようにおとなしくなる。 これが入学早々、グラウンドで大人数相手に立ち回りをやった奴かと疑問が浮かぶほど、ルーピンに対しては徹底的に弱い。 身長なら頭半分強高く、体重ならブラジャー二個分重いシリウスは突き飛ばせば簡単に転がって行きそうなルーピンを前に急に萎んだように見えた。 「シリウスのせいじゃないよ、先生のおっしゃる通りちょっとお喋りに夢中になっちゃっただけだよ」 微笑みルーピンはシリウスの二の腕を抱きしめるように掴んだ。 「このはなしはもうおしまいにしよう?」 真っ直ぐシリウスを見つめルーピン。 小首をかしげシリウスを見上げている。普段は眼鏡に隠れているが、ルーピンは学校で一、二を争うかわいこちゃんだ。 そんなルーピンが、自分の色気を全開にしてシリウスを見つめる。 ルーピンをかなり、気に入っているシリウスにとってそれは抵抗する術を奪われたに等しいことだ。 「……あ、ああ」 ルーピンの笑顔に見とれ、やさしく抱きしめるように触れられ、シリウスの指が自分もルーピンと同じことがしたいともごもご動いている。 「……」 ジェームズは顔をそらすシリウスをまじまじ観察する。 こいつは相当重症だ。 もう、『あなたなしではいられないレベル』に来てる。 でも、ルーピンは? 「さて、僕は鍋を片付けるよ、ピーター、そんなにしょげないで、後でノート見せてあげるから」 二人のやり取りの間中、涙目になりながら様子を伺っていたピーターにルーピンは声をかけた。 「ほんとう?」 「うん。後で写すといいよ」 ルーピンのおかげで笑顔を取り戻したピーターは、鍋を掴んで洗い場に行くルーピンの後を追っていった。 |
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