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『月刊魔法医学』に、『人の姿のときの人狼に噛まれても人狼の呪いがうつることは極めてまれだ』(人狼が危険なのは満月期・狼の姿をしているときだけ)という主旨の論文が載ってから、シリウスの僕を見る目が変わった。 なめるような、なでるような、でもいつくしむような不思議な温度の視線を向けられる。 以前にも、そういうのは何度か感じだ。 日光のさんさん注ぐ窓辺にねまき一枚で立っていたとき。 僕は窓から吹き込む風を浴びていて、背後に違和感を覚えた。 見るとシリウスがじっとこちらを見ていた。 表情のない顔で彼は睨むように、いや、魅せられたようにねまきの下から浮かび上がった僕の体の線を見ていた……。 ぞっとした。 その目に。 そして次にどきどきした。どきどきして、思わず僕は何も気づかないふりをした。 「どうしたのシリウス、何か用?」 笑いかけ、首を傾げ、まったく何も知らない無邪気な風を装った。 シリウスはすぐ、ばつの悪そうに笑って『ジェームズが茶に来ないかって言ってるぞ』と言った。 二度目は風呂上り。 僕は髪を乾かそうとしていた。 僕の髪はとにかく長い。解くと毛先はくるぶしまでくる。 我ながら伸びたなと思い、魔法で熱風をあてつつトリートメントをしていた。 ジェームズとピーターまだ風呂からもどっていなかった。 シリウスは風呂の後、調べものがあるからと図書室に寄っていた。 その時寮の部屋には僕一人だけだった。 そう思っていた。 だから、ベッドの上に髪を広げ滝のように流れ落ちるそれを眺め、そう、僕は悦に入っていた。我ながら、きれいな髪だなと。 これを編んだら毛布が出来るな、なんてのんきなことを思いながら、首の後ろから髪を左右に分けてブラッシングをしていた。 突然、首筋を撫でられた感じがした。 振り向くと、部屋の入り口、談話室へ続くはしごの傍らににシリウスが立っていた。 驚いたように見開かれた目、唇は少し開き気味で、惚けたような表情。 するりと、視線が首筋から耳へ、鼻先へ、唇へ移動したのが分かった。 そんなわけはないのに、僕はその時、シリウスの手に耳から頬を撫でられ、顎の先を持ち上げられキス、された気がした。 唇にキスを落とされ、離れた唇に耳の下をなぞられ、首筋を甘く噛まれた、気がした。 ぞっとした。いや、ぞくりとした。 首筋に感じる暖かさは間違いなく人の唇のもの……。 シリウスは何もしていない。 ただうっすらと細めた目に、そういう熱を込めて、そういう気持で僕を見ていただけ。 それとも僕がそうされたいと、心の底で思っていたんだろうか? 彼に触られたい? キスされたい? 愛されたい? もっと、もっと直接的に言えば……、……、……、……。 いや、でもそれはシリウスを危険に晒す。 月刊魔法医学が、狼の姿の人狼に噛まれても呪いは感染しにくいと言っても、まったくゼロと言うわけじゃない。 『しにくい』と『しない』はまったく違う。 シリウスと付き合い始めて一年が経ったけど、その間に手をつなぐことから始まって、おはようとおやすみの抱擁、そして最近は挨拶程度の軽いキスはしてるけど、それ以上先のことは考えていなかった。 シリウスに触っていると安心もするし、つい気を抜いて彼に寄りかかってうとうとすることもあるけど、だからと言ってそれ以上のことを、我を忘れるような激しく動揺する状態に陥ってもし、彼を噛んでしまったら? そう考えたら自然にブレーキが掛かっていた。 彼にも言った。 噛まれても『感染しない』と、『しにくい』は大きく意味が違う。 シリウスのことは好きだけど、それがあるから、先を望まれても困る……と。 シリウスはあの撫でるような温度のある視線でこちらを見つめお前がそう言うならおまえからの許しがなければ俺はそれ以上のことはしないと言ってくれた。 『お前からのゆるし』 その言葉に安堵した。 すべては僕次第。安堵と同時にちょっとシリウスに対して悪い気もした。 だけど、次の瞬間、シリウスは思ってもみないことを言った。 「おまえからの許しがなければ、キス以上はしない。でも、俺がお前をその気にさせたら許してくれな?」 ……。 言葉の意味を理解するまでに数秒かかった。 シリウスはあのぞくっとする目で僕を見つめ、いきなり腕を引くとキスをしてきて、閉じられなくした唇に強引に舌を割り込ませてきた。 くらりとした。 初めての深い口付け。 唇を合わせるだけでは得られない、深い、深い、落ちてゆくような、のぼせてくるような感覚に、うっとりした。 シリウスの味がする。 彼の生きる力に溢れた、生命の味がした。甘く、暖かく、そしてえも言われないかぐわしさ。 何故か脳裏に白いランが浮かんだ。華やかで、何者にも侵されない輝きをもった白いランの花。 シリウスは白いランの花のような人だ。 うっとりしていると、唇を離したシリウスが、首筋に口付けた。 びり、と脳裏にしびれるような悪寒が走った。わずかに肩をすくめると、シリウスは顔をこちらに向け言った。 「お前のいうとおり『しない』と『しにくい』は確かに違う」 お前は最悪のコト考えて俺ことを思ってそう言ってくれるのはよくわかるし、ありがたいとも思う。でも、俺はお前が大好きで、毎日でもお前にキスしたい、抱きしめたい、触りたいと思ってる。抱きしめる以上のことを今すぐにでもしたい。 「お前にそういうことを思う俺は異常だと思うか?」 好きなら当たり前のことだろう? 「じつは、俺がきらいでした、とか、俺にそんなことされるの、考えただけでも気持悪いっていうなら、べつだけど……。『感染しにくい』んだ。だったらいろんな手段を講じて『しない』ようにもってけばいいだろ?」 お前の体質を言い訳にして俺から逃げないでくれ。 「……」 返す言葉が見つからなくて、でもこのままシリウスを受け入れることも出来なくて、僕はシリウスを殴って逃げた。 人狼の状況は、昔ほど悪くない。 人狼の変身や嗜好が呪いによる病(呪病)と分かってからはほんの少しだけ風当たりは弱くなった。 そう、ほんの少しだけ。 だけど、大昔から続く差別の連鎖はそう簡単に切れるものじゃない。 昔は人狼に火をけしかけて追っ払った人々が、今は水を掛けて追っ払う……その程度。 差別する側もされる側も、それが血肉に染み付いた日常になっている。 差別の原因が究明されても、する側、される側の意識が変わらなければ原因は事実でしかない。 ただ、満月期の人狼が人間にとって危険なことは今も昔も変わらない。 人狼は人の血肉をすすりたい。 人の血肉に溶けるあたたかな感情をすすって自分の体を巡る強い強い不の感情を癒したいと思う限り、人狼は人にとって危険な存在であることに変わりはない。 |
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