◎ 予感 ◎
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あなたが好きです。 そういえば前も言われたな。 ロイ・マスタングは、花の道を歩きながら思い出していた。 ジャン・ハボック少尉は、まっすぐだ。 まっすぐに臆することなく気持を伝えてくる。 「……」 要領が悪いというのか、純粋、と言うのか、懐の大きさが伺えるが、それのありがたみが本当に分かる人間でなければ彼のよさは分からない。 ああ。どうして彼は自分を好きだといったんだろう? そういう対象として好かれる理由が分からない。 目的完遂まで、自分を助けてくれる人は多ければ多いほどいい。 だから、つかみ所のない風を装う。相手の感情を刺激し印象に残るようにしてみせる。 たらしというなら、自分の意中の人間くらいたらしたいものだ……。 「鋼は今……どのへんにいるんだろうな」 月のない星の綺麗な晩。 風は少し冷たく心地よく体を撫でる。 どこかで彼もこのくらい空を見上げているんだろうか? 彼最愛の鎧の弟と一緒に……。 「……」 考えながら花道を抜けると、そこにはヒューズ中佐がいた。 「遅いから迎えに来たぞ」 軍服姿の彼が微笑み立っている。 ロイは体の力が抜けていくのを感じた。 緊張続きの園遊会がようやく終わった気がした。 「そうした?きつそうな顔をして?」 「……ちょっと酔っただけだ」 いうとヒューズは目を丸くして笑う。お前が酔うなんて、一体何本あけたんだ? 「まあ、いろいろあったんだ」 酔ったのは酒じゃなくて人。あのバカ正直さに当てられ酔いそうだった。 「今日は車はないからな」 「え?」 「連れに回した。星が綺麗な夜だ、風もさわやかで、空を眺めながらなら家まであっという間だ」 言いおき歩き出す。 ヒューズは少し文句を言うが並んであるきだす。 「何か、あったのか」 やがてぽつりと訊ねられる。 「……告白された」 「ほー」 「誰だか聞かないのか?」 「大体見当はついてるよ……今日睨まれたからな」 「……」 ヒューズは表情を変えずに言う。 「……」 「もしかして困ってるか?」 「そういうわけじゃない。ただ、彼のあのまっすぐさが辛い」 まっすぐでばかっ正直で、それだから下士官に慕われるんだろうが、そのまっすぐな気持を向けられるのは正直重い。 「潔癖に見えたから断るために酷いことも言った『本気は困る。遊びでなら寝ても良い』と」 「……」 「今度はこちらの言ったことを逆手に取られて迫られた」 ヒューズは無言で歩いている。 ふとロイは不安になった。 彼は今何を考えているんだろう? 士官学校からこの親友は時々こうして黙り込む。黙り込んで怖い顔で何かを考えている。 ロイは立ち止まった。 前を行くヒューズは暫くそれに気づかない。 ロイは歩き出し、ヒューズに並ぶ。 「なあ、ロイ」 「……」 今度はヒューズが立ち止まる。 「もし俺が、お前さんが欲しいって言ったら、どうする?」 「……」 「遊びで構わないから寝たいって言ったら……おまえどうする?」 「……」 黙ったこちらの手を取ってヒューズは呟く。 「お前のことが好きだった、気付いたのは最近だけど士官学校からずっと好きだった」 妻と子と同じくらい。 そして妻と子とはまた違った意味でお前が好きだ。 「……」 じっとこちらを見据えるヒューズの目の中にまん丸の目をした自分が映っている。 それを見て我に返った。 「遊びは困るんだ、ヒューズ」 「……」 「遊び目的で近づいてくるやつには心は捧げられない。身を捧げる相手には心も捧げたい。だから遊びは困る……」 「……」 「遊びで寝ることなんで出来ない……今は特に、私は片想いの相手に操立てしている」 「……」 「だがもし、どうしてもというなら……」 「……」 ヒューズの耳に口をよせロイは呟いた。 「グレイシアとエリシアに言うぞ」 「……ふ……」 ヒューズは噴出す。 ロイの手を取ったまま肩を揺らし盛大に笑う。 「おまえにはかなわないな〜、ちょっとドキとさせようと思ったのに」 「したさホントに口説かれてるのかと思った」 「口説いたんだ」 「ん?」 「冗談だ」 うーんと一つ伸びをしてヒューズは星を見上げる。 月のなく星の輝く夜、白い花の咲く温かい晩。風は少し冷たくてそれでも心地よい。 「こんな晩には夜歩きがふさわしい」 呟くヒューズの目が楽しみを見つけた少年のように輝く。 昔、いとこたちとこうやって夜道を歩いたと、ヒューズはロイの手を取る。 「気色の悪いっ燃やされたいか?」 という親友の物騒な言葉は聞かなかったことにして、ぐいぐいひっぱて行く。 もし本気なら、そして、奴がお気に入りの鋼の錬金術師に出会っていなかったら、ロイは、俺を受け入れてくれたろうか? もし、ロイが鋼に降られたら、ロイは本気の気持を受け取ってくれるだろうか……。 そんなことを考えてるとは夢にも思わないだろうロイは、おそらく久しぶりに触ったであろう計算をしなくていい、人の手のぬくもりに表情を緩めていた。 ロイ・マスタングはおんなたらし、オヤジたらしと噂されるが、噂ほど乱れてない。 人と愛情表現が違っているだけ。 もしロイが降られたら、ロイは、俺のところにきてくれるだろうか……。 夜道を歩くロイの手を引っ張って引き寄せて、不意打ちでキスをしようとした。 顎を捉えて抱きしめて、でもロイは抵抗どころか不快な顔一つしない。 昔こうやって、ロイの接触嫌悪症を治す手伝いをした。 幸か不幸か、ロイはこちらのこういう行動に関して、『協力的接触』以上の気持を感じ取らない。 妻と子と同じくらいロイを愛している。 そしてそれとは違った意味でロイを愛しく思う。 「どうした急に?」 「お前の幸せを祈ってるよ」 矛盾するようなこの気持はまぎれもなく本物。 ロイの幸せと恋の成就を願って、ヒューズはロイにキスをした。 (終) |
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