予感 
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「……なんだ?」
微笑み首をかしげる大佐。不審そうな顔一つしない。

「……あの二人は婚約して、めでたしめでたし、それは分かります」
「……」
「俺がただの殴られ損じゃなかったってのも。でも、それでお終いですか?」

ハボックの脳裏に、数ヶ月前の出来事がよみがえる。

大佐に告白した。
自分でもそうするつもりはなかったでも、大佐のこの覚めた態度が頭にきて、悲しくてつい言ってしまった。
大佐はすぐに返事をくれた。
やんわり、だがすっぱりこちらの気持には応えられないという主旨の言葉をくれた。

今日大佐はヒューズ中佐の家に泊まる。
二人が士官学校時代の先輩後輩で、仲が良いのも知っている。
嫉妬するような間柄じゃないのは中佐が円満間家庭を築いていることで納得できなくはない……。

でも……。気持が治まらない。

「褒美を……下さい」
「……?」
「あの二人は結婚が決まって万々歳。大佐もあちこちに貸しができて喜んでいらっしゃる……俺にも幸せを分けてください」
「……」
「ちょっとで良いですから……」
「何が欲しいんだ?」
「……キスを下さい」
「……」
「貴方からのキスが、欲しいんです」
「それは出来ない」
「何故ですか?この前は遊びで一二度寝るくらいなら、付き合ってやるって、おっしゃったじゃないですか?」
追い詰めるように畳み掛ける。

体を寄せても大佐は逃げない。
頬に触っても大佐は逃げない。
調子にのって顔を近づけるとようやく瞳の中に動揺が見えた。
「……あの時とは事情が変わった」
「事情?」
「片想いしている」
「……」
「好きな人がいるんだ。その人に操を立てている」
「……」
「と言ったらどうする?」

にやりと笑い大佐はぐいっとこちらの襟を掴み、息が混じる距離まで顔を近づけてきた。

「……」
唇を突き出せば届く距離に、大佐のそれがある……。

そう思ったら急に心臓が高鳴って顔が熱くなった。
微笑まれ唇が遠ざかる。

「事情が変わったんだ。本当に」

悪いが気持ちには答えられない。
遠ざかろうとする手を掴みハボックは大佐の瞳を覗き込んだ。

相変わらず澄んだ瞳はまっすぐ自分を見つめている。

片想い。
この大佐が……?。
片想いの相手に操立てしている……。

眩暈がした。

一瞬中佐の顔が浮かんで、どうしようもなくイライラした……。

「誰なんですかっ相手は……中佐……ですか……」
「ヤツじゃない」
「じゃあ……」
さらに問おうとして、するりと身をかわされる。
追おうとして捕まえたら、逆に腕をひねり上げられ地面にしりもちをつかされた。

「ヤツに言わせると私の態度は丸分かりらしいが……」

お前が分からないなら、誰もわからないな。

大佐は呟き背を向ける。

「お互い飲みすぎたようだ……もう、かえって寝たほうがいい」

明日は午後イチでイーストシティーに帰る。

言い捨て大佐は枝をくぐっていなくなる。


もしも中佐だったら……。ちがうと大佐は否定した……じゃあ、誰だ?
ヒューズ中佐が『丸分かり』といった大佐の態度……。
それは、大佐はその相手にとても目を掛けている、気に掛けているということだ……。
そんな大佐が、中佐以外で気に掛けている人間を自分は一人しか知らない。


「もしかしてエドですか……?」

鋼の錬金術師、エドワード・エルリック。
金色の髪を三つ編みに括った少年。威勢が良くてひょうきんで、東方司令部のアイドルなんてひそかに呼ばれている……。

向こうは大佐のことを嫌っているが……

マジですか……大佐?。
大佐の好きな人……ってエドですか……。
あんな、まだ子供に、俺は負けたんですか……。


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