◎ 恋と花 ◎
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スネちゃまは恋をした。 相手はグリフィンドール寮生、ジムだった。 告白をしたその日、ジムは初めてフルネームを名乗った。 スネちゃまには信じられなかった。 ジムは『ジェームズ・ポッター』と名乗ったのだ。 同姓同名ではないという。 あんなに優しい穏やかな顔をしたジムがあの悪魔のような男、名前を口にするのもおぞましい、ジェームズ・ポッターだという。 ジェームズ・ポッターといえば、人心を惑わし己を賞賛させるためだけに傘下に加え、校内を我が物顔で闊歩する……天才的な猫かぶりゆえに先生方の受けがよく尻尾をつかませない、ゆがんだ才能の持ち主だ。 うそだと思った。 ジムとポッターでは、顔が違うではないか。 眼鏡をかけた頬の辺りに、邪悪が漂うポッター。 どんなに笑顔を取り繕っても、よき友ぶった振る舞いをしても、あのただならぬ邪気の漂いようが本性を如実に語っている。 平気で傍にいられあまつ大親友のシリウス・ブラックや、リーマス・J・ルーピンやピーター・ペティグリューの気が知れない。 皆、だまされている。 リーマス・J・ルーピンとピーター・ペティグリュー、特にシリウス・ブラックなどは完璧に騙されていると思った。 ジムはポッターとは似ても似つかない、とてもやさしい顔の男だ。 本当は自分の告白が迷惑だから……ジムはあんなことをいったのだろうか? スネちゃまは悲しくなった。 迷惑なら迷惑と、そう、言って欲しかった。 いくら綺麗でも、男に告白されても困ると、はっきり言って欲しかった。 断りにくいから……自分はポッターだなどと言ったのだろうか……。 ジムの性格からしてそんな陳腐なうそをつくはずはなかった。 ジムはだめならだめと、いやならいやと言える。 こと恋愛に関しては、その気がないなら完膚なきまでにすっぱり切ってやるのがその人に対する思いやりというものだ。 ジムからそう教えられた。 実際、自分に言い寄る輩には『その気はない!』と意思表示することで、適度に距離を保ったいい関係が築けつつある。 本当に、何時までも望みを持たせるのは、酷というものだ。 今回のジムとのことでスネちゃまは身に染みていた。 返事を保留にされたことで、あれこれ考えてしまう。 自分のどこがいけなかったのか、色よい返事を貰うにはどうしたらいいのか、 ジム、ジム、ジム。ジム……。 そればかり考えてしまう。 また、彼の言葉が気になる。 まてよ……。 スネちゃまは考える。 ジムは自分の贈った薔薇が欲しいと言った。 それは、彼も私のことが好き、ということだろう。 でも『好きだけど』『受け取るには』『自分』が『ジム』を『誰』だか『理解る』必要がある。 「……」 どういうことだろう。 スネちゃまは考えた。 もう一度整理して考えた。 ジムはジェームズ・ポッターと名乗った。 ジムの言葉を信じるなら、ジムがあの悪魔のようなジェームズ・ポッターだとしたら? そう、仮定して考えれば、いろいろ見えてくることがあった。 ジムと自分と、リーマス・J・ルーピンとブラックの四人でホグズミートの移動サーカスに行ったこと。 ジムがポッターでなく、普通の友達ならブラックはあの場にいたろうか? 奴の恋人、リーマス・J・ルーピンがいたとしても、たとえ前半だけだとしても、嫌い合っている私も交え一緒に遊びに行ったりしたろうか? ジムがポッターだったから、ブラックはしぶしぶでもその場にいたのではないだろうか? 実際、奴と話す機会がふえ、お互いの蟠りが解けつつある現在の状況がうまれたのは、このときからだ。 まだある。 お茶に誘って話し込み、寮に帰りそびれたジムを泊めてやり、翌日の授業で、ポッターの髪から自分と同じ匂いが漂ったこともあった。 ジムがポッターだったら、それもありえる。 スネちゃまは持ち物すべてに薔薇の匂いをつけている。 それは自分が生まれた日に父が作ってくれた世界にただひとつの香り。 『セブ』という名の香煙の香りだった。 もし、ジムがポッターだったら、もしポッターがジムだったら。 考えれば、つじつまのあう出来事がぽろぽろと出てくる。 でも、なぜ、ポッターがジムだとしたら、何故私に近づいた? なぜ私の薔薇が欲しいといった? 目当てはなんだ、狙いは……魂胆は……。 スネちゃまは考えた。 そして確かめることにした。 グリフィンドールとの合同授業。 スネイプはじっとポッターを見つめた。 いつもなら気分が悪くなりすぐに目をそむける奴の姿を、仕草や喋り方などを、穴のあくほど見つめた。 合同授業のたび、ジェームズとシリウスがクィディッチの練習でグラウンドに出る度、スネイプは姿を現した。 取り巻き達はいよいよ始まると色めきたった。 ホグワーツ闇の貴公子、セブルス・スネイプが鼻持ちならないグリフィンドールのジェームズ・ポッターに制裁を加える。 スネイプとジェームズのあずかり知らないところで両寮生は一触即発の状態になった。 まことしやかにささやかれる『ジェームズ制裁』の噂をスネイプは否定した。 周囲に個人的な問題だから誰にも介入して欲しくない。 介入を許さないと言い放ち、表立っての抗争にはならなかった。 何度目かの合同授業。 「またスネイプがみてるよ……」 ピーターの報告に、シリウスは視線を向け、ルーピンはちらりとジェームズを伺う。シリウスの視線の先のスネイプはいつもの彼とは違い、何かいいたげにジェームズを見ている。 「ようやく納得したみたいだね」 ルーピンがまな板の上の『笑いにんじん』を刻む手を止め言う。 「そうだな……」 同じようにしてにんじんを刻みながらシリウス。 「ほんと、漸くってかんじだな……スネイプ、恋してる奴の顔だ……」 自分自身も覚えがあるからなのかシリウスのスネイプを見やる視線はいまだかつてないくらい柔らかい。 しかし、疑問が残る。 スネイプが眼鏡をかけたジェームズをジムと認識できなかったこと。 「ジェームズが眼鏡をかけた顔と取った顔、僕には同じに見えるんだけど……」 ピーターがおずおず言い出すその傍らで、ジェームズは無言で鍋をかき回している。 「……」 いつもと変わらないその様子。 でも、よく見ると顔色が悪い。 瞳の輝きも精細を欠いていていつものジェームズらしくない。 努めて自然に、いつものジェームズらしく振舞っている。 彼がそうだから、三人は自然と無口になった。 四人は黙々と作業をこなす。 ジェームズは刻んだにんじんを鍋に入れ、ひと煮立ちさせたあと蒸留水を入れようとして瓶がないのに気がついた。 授業の最初に準備したハズだ。でもどこにもない。 とりあえず、まだにんじんを刻んでいるピーターに水をかり、ジェームズは教卓脇の水がめに水を汲みに行く。 準備が悪いと、先生に五点減点されそうになったが、日ごろの行いを考慮してくれ見逃してくれた。 空き瓶を探すジェームズは背後に気配を感じて振り返った。 スネイプが立っていた。 肩の辺りに力がはいって体が不自然に緊張していく。 落ち着け。 ジェームズは自分に言い聞かせる。 スネイプは何も言わず、切れ長の目を大きく見開きじっと自分を見つめる。 相変わらず、綺麗だ。 ぬばたま色の黒髪。艶々の真っ直ぐなそれを毛先だけ内巻きにしてふんわり顔にかかるようにしている。 ローブもネクタイもきちんとしていて、一部の隙もなく完璧。 「……」 スネイプも水を汲みに来たんだろう。そう思ってジェームズは脇へよけた。 だが彼は甕には近寄らず、退いたジェームズに向かい綺麗な緑色の瓶を差し出した。 「……よかったら」 「……え?」 「このあいだの大掃除で棚がひっくり返り瓶が割れた。瓶は今修復中で、水が必要なら自分の入れ物を持参せねばならぬ……戻る頃には、鍋の中のにんじんには水が必要であろう……嫌でなければつかえ……」 スネイプは目を閉じ瓶をこちらに押し付けてきた。 「ありがとう」 ジェームズは礼を述べそれを受け取る。 細い瓶の首を掴むスネイプの指は小刻みに震えていた。 相当無理をしている感じだ。『ポッター』の姿を見ないようにして目まで瞑っている。 「ありがとう、ありがたく使わせてもらうよ」 もう一度言うジェームズにスネイプはこくんとうなづいた。 「ポッター、質問がある」 目を閉じたままスネイプは言った。 「その気がない相手に愛を告げられたらお前はどうする?」 「はっきりいう。気持ちには応えられないって」 「完膚なきまでにすっぱり切ってやるのがその人のため……か?」 「その人のためであり自分のためでもある」 「……」 顔を伏せるスネイプはじっと動かない。 「……?」 ジェームズはそんなスネイプを見つめた。 眠ってしまったように呼吸も表情も穏やかだ。 でも何を考えているんだろう。 やがて瞼を開いたスネイプは真っ直ぐジェームズを見やり言った。 「もう一ついいか?」 すこし眉間に皺を寄せ、吸い込まれそうに綺麗な瞳に濡れたような艶を浮かべいった。 「……」 ドキン。 胸が高鳴った。 「あの薔薇の花は乾燥に弱いが強い日光が好きだ。水をたっぷりやって窓辺に一日3〜4時間おいてやってくれ……大切な花だから、決して枯らさないでくれ……ジム」 ……ジム。 呼ばれかすかに微笑まれる。 ふうと、体から不自然なこわばりがほどけてゆく。 ひざが笑ってその場にへたりそうになった。 「俺が、誰だか……分かったの……?」 思わず訊ねた。 「……まだ信じられない……だがお前の声も仕草も、後姿までもジムだ……」 スネイプはぱっと髪を払った。 「……花が咲いたら知らせてくれ……」 それだけ言ってゆっくり歩きだす。 声も仕草もジェームズ・ポッターはジムだった。 でも、顔は違う。 なぜだ……? なぜポッターは、私に近づいた? なぜ私の薔薇が欲しいといった? 目当てはなんだ、狙いは……魂胆は……。 確かめたいことはたくさんあった。 |
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