◎ 恋と花 ◎
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スネちゃまは恋をした。

それは、ひとめぼれだった。

恋人-将来パートナーとなるかもしれない相手を一時の感情で選ぶなど愚かしい。

能力、財産、家柄はもちろん、嗜好、性格、容姿をじっくり吟味する必要がある。(ちなみに重要なものからならべた)だから、一目ぼれというものはありえない。それは好ましくないことだ。

城主たるもの、おのれの欲望(感情)の赴くままに結婚相手を選んではならない。

大切なのは歴代のご先祖様方に恥じぬよう、どうやって家の伝統と繁栄を守っていくか。


スネイプ家は歴史と伝統を重んじる純血の名門貴族。
スネイプ姓を持つものは全員がホグワーツ魔法魔術学校・スリザリン寮の卒業生。闇魔法に精通し、これは内緒だが魔法界の裏の部分支え続けた。

スネイプ家の一人娘だった母はそうして父(口惜しいことに彼はグリフィンドール寮生だ)を選び、父は傾きかけたスネイプ家を自分の発明と商売の才能で、昔以上に繁栄させた。

城主たるものすべては家のために尽くさねばならない〜〜。

スネちゃまは子供の頃からそう、教えられてきた。

母がそうだったように家の繁栄のためには一時の感情でパートナーを決めることは避けるべきだ。恋に現を抜かさずに、相手は慎重に選ばねばならない。

そう思っていたスネちゃまだったが恋に落ちて『現を抜かさない』のは非常に難しいことだと思い知った。

どこにいても何をしていても、『彼』のことを考えてしまう。
『ジム』
グリフィンドール寮の寮生。
くしゃくしゃと癖のついた黒い髪。切れ長の黒い瞳。顎の線がシャープで美しい。非常に整った、だが決していやみのない顔立。
背が高く、痩せ型だががっちりしている。
彼は、体が透明になってしまうという奇病に侵されている。
れっきとしたホグワーツ魔法魔術学校の生徒であるにも関わらず、その病のせいで殆どの生徒にその存在をしられていない。
ジムは言葉遣いが非常に丁寧で、物腰が柔らかい。
そのうえ頭がいい。
なにより惹きつけられたのはやさしい顔をしていること。
目じりや頬骨の感じがとてもいい。

通った鼻筋や薄い唇、微笑んだときの表情にスネちゃまは心を奪われていた。

こちらを見てにっこり微笑むジムを見るとスネちゃまは、きゅん……となる。
きゅん……と甘い痺れが全身を走り極上の蜂蜜のような甘さとなって胸を高鳴ならせる。
彼を抱きしめたくなる。
抱きしめて、くせの強い黒髪を優しくなでたい。
そうしたら、照れ屋のジムはきっと顔を赤くするだろう。

ひとつだけ気に入らないことがある。
気の毒なことに、ジムはあの悪魔のような男『ジェームズ・ポッター』にどことなく似ている。

ジェームズ・ポッターは眼鏡をかけているが、『ジム』は眼鏡をかけていない。

ジムの目が悪くなくてよかったとスネちゃまは胸をなでおろしている。

彼の顔を眼鏡で隠すなんてもったいない。
容姿端麗とは彼のためにある言葉だと、スネちゃまは思っていた。

美しいと言うことはとてもいいことだ。人を幸せにする。

美しいものは隠さず見せるべきだ。
最もリーマス・J・ルーピンのように、隠さなければあちこちからちょっかいをだされ思わぬ被害にあうという残念な事情がなければの話だが……。
最近のスネちゃまは、温室で育て途中の薔薇の花を前に、ジムと会って、話をして、議論をかわすことが多い。

彼の意見は的確で時々カチンと来るけれど、押し付けるでなく堂々と主張する。

考えてみれば自分に真っ向から意見してくれるのは彼がはじめてだ。

彼の前にいると何を計算するでもなく素直に笑ったり泣いたりできる。

なんの義務も果たしていないのに、ジムは自分を丁寧に扱ってくれる。

彼の綺麗な顔を眺め、「そんなことじゃ○○○だ」とダメだしをされるたびに、自分は大事にされていると伝わってくる。

泣きたいような胸いっぱいの幸福感にスネちゃまは包まれる。

この人のために何かしてやれることはないだろうか?

考えた末スネちゃまは自分が一番大事にしているものをプレゼントすることにした。


「おまたせ」
といってジムが温室に入ってくる。
見せたいものがあるといって、スネちゃまはジムにきてもらったのだ。
ジムは目の前にある紫の布をかけた物体を不思議そうな顔でみる。
「贈りたいものがある」
スネちゃまはそういい布をとる。
ジムは一瞬息をとめ驚きを隠しきれない顔でこちらをみた
素焼きの鉢に植わった薔薇のつぼみ。

特別に調合した土を使って育てるとチョコの花を咲かせる薔薇だ。

これを開発したのは自分ひとりで、発明王の名をほしいままにしている父にも真似できない、世界中を探してもここだけにしかない花。

「これは、だめだ、もらえない」
現れたつぼみの薔薇を目にジムは小刻みに首をふった。
「すごく大事にしてたじゃないか……花が咲いたら愛する人と一緒に眺めるんだろう?」
「……おまえと一緒に眺めたい」
「……」
ジムは目を見開いた。
「え?」
「おまえが好きだ」
「……」
瞬きを何度も繰り返す、きょとんとしたジムの顔がひきっつった。
肩で息をしながら花とこちらの顔を交互にみる。
「……あの……」
「みなまで言うな……お前は異性しか愛せないのだろう?」
「……え」
「気持ちや考えの押し付けは、迷惑以外の何者でもない……これを受け取ったからと言って、私と付き合えなどとは言わない。今まで私にしてくれたことの感謝の気持ちを表したかった。お前が私にもたらしてくれたことは、とても言葉や品物では表しきれない。だから私にとって一番大事な一番価値のあるこの薔薇をお前に収めてもらいたい」

ああ、目をあげられない。

今ジムがどんな顔をしているか、見たいのに、怖くて瞼を上げられない。

顔をふせたまま震える手で鉢を掴みスネちゃまはジムにさしだす。

どのくらいそうしていたろう?

鉢を持つスネちゃまの手に、ふんわり暖かいもの……。

ジムが微笑みながら鉢を掴む己の手に自分のそれを重ねていた。

「……」

ジムはそのまま顔を上げる。今にも泣き出しそうな目があった。

「これを受け取る前に……もう一度……もう一度、俺をみてくれ……」

俺?

ジムはいつも自分のことを『僕』というのに……。

「本当にこの薔薇を俺がもらっていいの?……俺にくれるの?」
「……」
「俺はこの薔薇が欲しいよ……でも、もらうためには、君は俺が誰だか、ちゃんとわからなくちゃいけない……」
「ジムは本名ではないのか……」
「ジムは愛称なんだ。本名は……ジェームズ、ジェームズ・ポッターだ」
「……ああ、ジム、いやジェームズ。あの悪魔のような男と同じ名前だからと言って私はおまえを嫌いになったりはしない」
「……」
ジムは唇を震わせ、痛みをこらえるように、ごくんとつばを飲み込んだ。
「……」
ジムは何も言わず、こちらの手から薔薇の鉢をとった。
「これ、預かっておくよ……花が咲いたら知らせるから、ここで又会おう。それまでは……会いたくない」

そういいすてジムは鉢を手に走り去った。


花が咲いたら知らせるから……
それまでは会いたくない……

「……まさか……」
本人だと、いうのか?
あのやさしい顔のジムが、あの悪魔のようなジェームズ・ポッターだと?
人の顔の見分けくらいつく。
ジムもポッターも、いつも見ている顔だ。
眼鏡がないからといって見間違えたりするものか……。

「似ているだけだろう……ジム?」
ジムはほんとうにやさしい顔の、ポッターとは似ても似つかないやさしい顔をしているんだから……。


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