◎ ぐらす ◎
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角を二つ曲がったところで、追っ手の数が半分になった。 「まて!」 「グラスを!グラスを返せ!」 息を切らせながら投げられるスリザリン生の言葉に一切答えず、ジェームズは寮に続く階段を一気に駆け上がった。 前方、階段が鈍い音をたててごごりと動きはじめる。 ぽっかり空間があき、三階下の大理石の床が顔をみせはじめる。 追っ手が歩調を緩める。 ジェームズの進路は道の消えた空間。 箒のないシーカーは恐れるに足りぬ!そう考えてのことなのだろう。 だがジェームズは、ローブの裾を翻し、先のなくなった階段のへさきで一気に踏み切る。 バットにたたかれたブラッジャーよろしく、彼の体は空を飛び見る間に幅を広げていく対岸にかろうじてつま先を引っ掛けた。 バランスを崩しひっくり返りそうになる。 危ういとことで持ち直すと、彼は後ろを振り返り、ジェームズはにやり笑った。 そして、そのまま寮へ。 談話室を抜け、寝室に続く梯子を上がり、ジェームズは、大きく乱れた息を整えた。 我知らず顔がにやけるのを止められない。 ことの起こりはマクゴナガル先生の授業中。 自分の持ち物をグラスに変えるという魔法の練習中にピーターの魔法が誤って一人のスリザリン生のマントに当たった。 マントはグラスに変化はせず、代わりに石になった。 石のマントを羽織らされ、すてんと後ろにこけた奴は物凄い目でピーターを睨みつけた。 わざとじゃないんだゴメンねというピーターの声は、相手の気迫に飲み込まれた。 伝統と格式を重んじるスリザリン寮生、対面を何より重んじる彼らは、人前で尻餅をつかされたことが許せなかったらしい。 杖を取り出し、ひょいっとそいつはピーターに魔法を投げた。すかさず、隣にいたルーピンが教材用にと持っていた鏡を魔力の光とピーターの間にさしだした。 鏡はクラゲに変化した。 しかし、それはシロイロドククラゲで、触ると皮膚に緑のきのこが生えるという厄介な代物だった。 「……う」 小さく悲鳴を漏らして手首を押さえるルーピンに、ルーピン贔屓のシリウスが気が付かないわけはない。 床に落ちたつぶれたクラゲがゆっくり這って逃げるのも、石のマントを羽織った一人のスリザリン生がこっそり杖をしまうのもシリウスは見てしまった……。 マクゴナガル先生が、これは大変ですと呟き、自らの手でルーピンをマダムポンフリーの元へ送るため退出。 先生は各自静かに課題を続けるようにと言い残しいなくなったが、それがまずかった。 ルーピンを送ると言い出さなかったシリウスにジェームズは危険なものを感じていた。 シリウスは先生がドアからいなくなるのを待っていたようだ。 「……」 無言で杖をそのスリザリン寮生(犯人)に向けると、下からえぐるように素早く振った。杖の先からミルク色の光が飛び出し、スリザリン寮生(犯人)にあたる。 彼はびくんと身を震わせて大きなガラスのコップになった。 その後ろからは目を丸くしたスネイプが現れた。 「ブラック……貴様……」 私を狙ったな……。 ぎっと瞳をすがめスネイプはぎりりと歯を食いしばった。 艶々の黒い髪。まっすぐに伸びたそれを、今日はサイドの毛だけ波打たせているスネイプ。 顔に落ちかかってくる髪を彼の尊敬する魔法薬学担当教官・ルビウス・ショーからもらったクリップで一つにまとめ、いつもより少しラフな雰囲気をかもし出している。 スネイプはシリウスを見据えたまま懐から杖を取り出そうとした。 しかし、親衛隊がスネイプを守るようにとりまき後ろのほうへ運んで行ったからそれは出来なかった。 それが、合図になった。 コップになったスリザリン寮生の友人がシリウスに向かって変身魔法を放った。 シリウスはひらりと身をかわして、自分に魔法を投げた生徒に反撃、そいつもひょいと身を交した。シリウスの光は、そいつの後ろにいた生徒に当たり、ひょうたん型の水差しが出来た。 いきなりのコップと水差しの出現に、スリザリン・サイドは一瞬ざわめく。 グリフィンドールのシリウス・ブラックが、いきなり二人を容器に変えた。 わざとでないにせよ、先に手を出してきたのはグリフィンドールだ…。 スリザリンの生徒間で瞳同士がめぐらされ……決まった。 シリウスは肩越しに自分の後ろをみる。 さっきまで後ろにいた同級生は、黒い毛を生やしたティー・カップに変わっていた。 その子の周辺の生徒はティー・カップのあまりの出来に乾いた笑い声を上げた。 でも何でこんなことに? いきなりスリザリン生が仕掛けてきたと誰かが呟いた。 瞳と瞳、顔と顔が似合わされ、互いにうなずきあう。 それで決まった。 グリフィンドール、スリザリンで人が動き壁が出来上がった。 スネイプは自分も参加しようとしていたが、親衛隊の一人につかまれ下がらされている。 「はなせ!……ブラック!ポッター!」 貴様が糸を引いているのかポッター!といきり立つスネイプに、何だ、何が起きたんだと多くの生徒が視線を向ける。 「……」 ジェームズは首を振るが、それは、多分スネイプにはきいてもらえないだろう。 それは唐突に起きた。 「お日様ひなげし月の光星の輝ききーらきら!銀のティーセットになれ!」 叫びながらシリウスが杖を振ると、目ぼしいところにいた生徒が消え、床に銀のティーセットが……。 カップが二客とミルクピッチャーが一つと、シュガーポットに、ティーコジー……スプーンに、バターナイフに、茶漉しもついている。 「箒になれ、雑巾になれ!」 あっちでも、こっちでも、変身魔法の光が飛び交う。 あるものはよけ、あるものは花瓶や毛の生えたスリッパに変えられた。 ジェームズは集団の後ろのほうにいたが、向こうのほうでスネイプがポッター、ポッターと叫ぶのでちょっと顔を覗かせた。 誰かの変身魔法が髪の先を掠めてとおる。 髪の一部がオウムの毛になった……。 それを元に戻しながらジェームズは顔を引っ込める。 一見冷静に見え、その実ものすごく怒っているシリウスを鎮めるためにはどうしたら良いだろう……。 シリウスは杖を振るって振るって目ぼしいスリザリン寮生を、ティーセットだの、スープ皿だの主に入れ物に変えている。対するスリザリン生は、箒や、塵取や、雑巾や……掃除用具にグリフィンドール寮生を変えている。 今更遅いがこの有様をマクゴナガル先生に見られたら、間違いなく両寮から20点は減点されるだろう……。 「うわ……」 シリウスが小さく悲鳴を上げた。 みるとそこには、桜色をした洗面器がひとつ……。 「シリウス?」 誰かの魔法をくらったらしい。 杖を取り出し解呪いを唱える。 と、そこに立ちはだかる一つの影。 「……」 無言のスネイプが杖を振り上げているのが見えた。 ガンと、手首を叩かれ杖が落ちた。 「残念だったなポッター」 怒りに燃える目をして立ちはだかるスネイプ……。 「何色がいい……」 「え?」 珍しくスネイプは話しかけてくる。 「望みの通りの色のフラスコに変えてやる……」 そしてその腹に苦い薬草の絞り汁をたっぷり注いでやる……。 ふふふと笑うスネイプ。 杖を振り上げ、呪文を唱え……今、まさにスネイプの魔法が放たれる……。 その瞬間、どこからともなく飛んできたミルク色の光にスネイプは打たれた。 「しまっ!!」 スネイプの姿はみるみる縮み、後には背の高いビアグラスが一つ……。 見るとピーターが震える手で杖の先をグラスに向けていた。 「だ、大丈夫……ジェームズ……」 額にびっしりと汗をかき、ピーターは、桜色の洗面器を抱きしめる。 「……ありがとう……助かったよ」 ピーターに習ってジェームズもグラスを掴む。 スネイプだったグラス。 少し緑味がかった色の、背の高い。すっとのびたビアグラス……。 「なかなか格好いいな……」 セブルスのとりまきがすごい形相でこちらにやってくるのを目の端で見つける。 ジェームズはすかさず立ち上がり、教室を飛び出した。 「まて!」 「グラスを、グラスを返せ!」 叫び追いかけてくるスリザリン寮生。 走って、走ってジェームズは追っ手を振り切って寮へもどった。 平日の授業中。 もちろん寮には人はいない。 でもジェームズは自室へ駆け上がって自分のベッドへ。 カーテンをめぐらせて空間閉鎖の魔法をかけようとして、杖は教室だったことを思い出す。 そのまま、ごろりと横になる。 背の高いビアグラス。 「……」 なかなかステキなグラスだった。 気のせいか、内側がすこし汗をかいている。 「まあ、ゆっくりしていきなよ」 呟きジェームズはサイドボードにそっとグラスを置いた。 「苦い薬草汁はないけど、レモネードがあるからさ」 シリウスお手製のレモネード。 「これがすごく上手いんだ」 シリウスの陣地から勝手にレモネードの瓶を取ってきてグラスに注ぐ。 一瞬グラスが震えたのはレモネードを注ぐ勢いが強かったせいか、それとも他の原因か……。 八分目まで注いで様子をみる。 グラスに変化はまったくない。 「一度ゆっくり話をしてみたいと思ってたんだけど……グラスの君に、意識はあるのかな……」 御伽噺なんかでは物に変えられた人間はずっと意識を保っているようなことが書いてあったけど。 「まあいいよ……スネイプ。どうしていつも俺を目の敵にするのかすごく聞きたいと思ってたんだけど、きいても今の様子じゃ答えられないだろうしね……」 グラスを見つめながら話をする。 見れば見るほど、格好のいいグラスだ。 「……」 ふと、そうしてみたくなってジェームズはグラスを取り上げる。 グラスの中からはレモネードのいい香りが上がっている。 走って走って、喉が渇いていることを思い出した。 「……」 そっと唇を寄せて、グラスのふちにつける。 冷たいけれどやわらかいガラスの感触。 そのまま一気にジェームズは中のレモネードを飲み干す。 もう一杯注ぎ、くいっと飲み干す。 憑かれた様に注いでは飲み、飲んでは注ぐを繰り返す。 「美味しいレモネードだ……」 呟きグラスを見やる。 呟いて見つめて、ほお擦りなんかしてみる。 胴体部分にキスなんかしてみる。 もしこのままずっと、こうしていたらどうなるだろう。 グラスのスネイプとずっと一緒にいる。 彼は自分を毛嫌いしてるけど、この姿でならずっと一緒にいてくれる……。 「俺のグラス」 呟きもう一度唇を当てる。 冷たいグラスの感触が先ほどよりも少しやわらかくなった。 嫌われてる原因なんか、どうでもいい。 この姿なら嫌っていようがいまいが関係ない。 これと同じグラスなら、魔法で作れる。 スネイプは変身の授業中に、元にもどれなくなったことになる……。 そんなことを考えながらジェームズはグラスを置いた。 もし、手元に杖があったら実行していたかもしれない。 それほどその考えは魅力的だった。 好きな人に嫌われるその悲しみ、好きな人を拘束したいと思うその欲望……。 途中で手に包帯をまいたルーピンが、桜色の洗面器を抱えてたピーターと一緒に来て、シリウスを戻せるのはスネイプだけだと言わなかったら、多分……。 グラスをきれいに洗って、拭いて、ジェームズは三人と一緒に教室に戻った。 マクゴナガル先生は両方の寮から50点ずつ減点し、変身の課題(先生くらいになると見ただけで誰が魔法をかけたか分かるらしい)の出来に応じて評価をつけていった。 ピーターのグラスは最高得点をつけられた。 |
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