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夕食後。 ジェームズはピーターとルーピンにシリウスに話があるから二人だけにするよう頼んだ。 自分、シリウス、ルーピン、ピーターは一部屋の寝室を使っていた。だから暫くそこを空けてもらうことにした。 場合によっては深夜になる。二人には別の友達の部屋か、談話室のソファで眠る覚悟を仄めかした。 ルーピンは黙って毛布を抱え、今夜はとことんまでピーターの宿題を手伝うつもりだと言った。 「聞かせてもらえないか?」 「は?」 開口一番切り出したセリフにシリウスは意外だという顔をした。 「何を悩んでるんだ?」 「……」 シリウスはぴくり、反応した。 「この一週間、ピーターはおびえっぱなしだ。お前がむっつり黙り込んでいるせいで……」 「……」 シリウスは『責任』、『義務』、『せい』という言葉に過剰に反応する。 いわばこれらは殺し文句だ。 心配しているんだぞということを暗に込め、真っ直ぐジェームズはシリウスを見つめる。 シリウスは眉間の皺を一層深くしてすまなさそうに俯いた。 「……そうか……」 「ピーターだけじゃない、俺だって、ルーピンだってどうしたのかすごく気になってる」 ルーピンといった時、シリウスは歯を食いしばった。 ぐうの音という奴が出ていたらこんな感じなんだろうとジェームズは思った。 ある程度は予想していたが、問題はルーピンがらみか……。 シリウスはルーピンをすごく気に入っている。 それは傍で見ていても明らかだった。 満月が近づくたびに体調を崩す彼を心配し、それこそくしゃみひとつにまで神経を尖らせ、ことあるごとに保健室に連れ込もうとする。 少々行き過ぎたところはあるがルーピンを大事に思い熱烈に恋しているのは伝わって来る。 当のルーピンは……それに気づいているだろうが、静観を決めこんでいた。 二人の間はジェームズが知る限りほとんど進展らしい進展はしていない。 シリウスは手をつなぐどころか、告白すら出来ていない現状のはずだ。 ジェームズはそれがらみだろうと目星をつけて、なるべく優しく話し始めた。 「一週間考えて結論が出ないのは、その問題をお前がデリケートに扱い過ぎてるからだ。実際とてもデリケートな問題だろうと思う。でも感情を挟まず客観的に見れなくなってるから苦しむんだ」 「……」 自分のベッドに腰かけたシリウスは、組んだ両手を弄びながら唇を噛みしめる。 「もう十分に苦しんだろう?」 「……」 「と、俺は思うぞ」 「……」 シリウスはいらいらと指を動かす。眉間の皺がずずっと深くなり、何か言うべき言葉を必死にまとめているようだった。やがて顔を上げ、夜色の瞳を苦しげにゆがめ彼は言った。 「俺……ルーピンに避けられてる……」 「?……そうか?何故そう思うんだ?」 「……触ろうとすると、逃げる……」 「触る?」 「熱っぽそうだったから、額に手を伸ばしたら、かわされた……」 「……うん」 「……」 「……」 話は進まない。ジェームズはシリウスの隣に腰掛け待った。 しばらく黙っていると突然シリウスの目から涙が一つこぼれた。 「ど、どうした……」 「もうだめだっっ、俺が……あんなこと言ったから……きっと嫌われた」 「……」 こぶしを握り、はらはらと泣くシリウスにジェームズの思考は停止した。 「……」 シリウスが、ブラッジャーに腕を砕かれても眉一つ動かさなかったあのシリウスが泣いている……。 知り合ってからはじめて目にする彼の涙。 予想外の展開にジェームズは息をつまらせた。 やがてジェームズはぎこちなく首を回し、自分のベッドのサイドボードにハンカチがあるのを確認すると、魔法で引き寄せ差し出した。 「泣いてちゃ分からない……なにがあったんだ?」 今まで他人に対してこの言葉を何十回と言ってきたが、シリウスに言う日が来るとは、本当に予想外だった。 ジェームズは彼を落ち着かせるように背を叩いた。 宥めすかして先を促す。 「……廊下でアイツとぶつかった時、ルーピン軽いから吹っ飛ばされたんだ……」 鼻をすするシリウス。彼の言うアイツとは、スネイプのことだ。 そういえば先週くらいに、たまたま角を曲がってきたスネイプにぶつかってルーピンが吹っ飛んだことがあった。幸いすぐ後ろにシリウスがいたから彼が抱きとめてルーピンに怪我はなかった。 スネイプはルーピンに彼なりにきちんと謝ったがシリウスはそれをゆるさないでいつものように小競り合いに―あれ? ジェームズはもう一度思い返してみる。 曲がり角から現れたスネイプにぶつかってルーピンは弾き飛ばされた。 後ろにいたシリウスの腕の中にルーピンはキャッチされ怪我はなかった。 そうだ、そのときのシリウスはとても嬉しそうな顔になった。 ルーピンの体の前に腕を回してちゃっかり抱きしめていた。 スネイプはいつもの芝居がかった口調で『急いでいたので前が見えなかったすまぬな……』と言い放ちそのまま自分たちの横を通り過ぎ、少し進んでぴたりと止まり振り返った。憎々しげに自分をねめつけ『お前たちだったか』と、おどろおどろしい声で呟き、謝って損したといわんばかりに整った顔をゆがませた。 そのまま二三回瞬きして怪訝そうな顔になり、大仰にローブの裾を翻しとりまきを引き連れいなくなった。 「……」 おかしい。 いつもならスネイプが姿を現した時点でシリウスが彼の何様的態度に顔をしかめて、スネイプもシリウスの、露骨に嫌悪を表した様子に腹を立て小競り合いが始まるはずなのに……。 あのときシリウスは何も言わなかった。 スネイプも変だなぁと言う顔をしてシリウスを、ルーピンを見ていた。 考えてみればその後位からだ。シリウスが不機嫌になったのは。 「俺、ルーピンが好きだ……」 「ああ」 「ちゃんと告白して、OKもらえたら最初にぎゅって抱きしめたかった……」 「……」 「でも、我慢できなかった」 スネイプに飛ばされてルーピンが飛び込んできた時、我慢できなくて抱きしめた。ルーピンは想像以上に華奢で軽かった。 「それでつい、言った……」 「……」 「 ― 」 「……なんて?」 「もう一回……抱かせてくれって……言った」 『抱かせてくれ』……微妙な表現だ。 「ルーピンはどうした?」 「にっこり笑って、俺の足を踏んだ」 「ああ」 「謝ったけど、聞かなかったことにしてくれるって言ったけど、触ろうとすると逃げる……」 ぎゅうっと目を閉じシリウスは、はらはら、はらはら、涙を流す。 「ルーピンは優しいから俺のこと嫌いだってはっきり言えないんだ」 「……」 「その証拠に俺はダメだけど、お前やピーターには平気で触ったり触らせたりしてる―」 「……」 ジェームズは頭をかく。 なんだそりゃ……。 「それがこの一週間のお前の不機嫌の原因なのか?」 「……」 頷くシリウス。 「お前がルーピンを抱きたいって言ったから、ルーピンに嫌われたと……、言ったことをお前は後悔している……てことか?」 「……」 再び頷くシリウス。 「……」 ジェームズは大きくため息をついた。 本人にしてみれば深刻なんだろうと思うが……。 恋するとみんなこうも思い込みが激しく、鈍くなるものか? それともシリウスがそうなのか? 「嫌いじゃなくても……普通は、避けられるだろう……」 「なんでだよ」 オイオイ。 平常のシリウスだったら言いそうにないセリフだった。 「シリウス。自分に置き換えて考えてみろ、俺やピーターがお前に触ってもどうもならないな?じゃあルーピンだったらおまえはどうなる?」 「……うれしい……」 「うれしくて、胸はどきどき、顔は真っ赤になるだろう?それはお前がルーピンを好きだからだ。じゃあスネイプだったら?」 「考えたくもない」 「当然ケンカになるだろうな……」 「アイツがおれに触ってくるのは、ローブに蜘蛛でも入れようって時くらいだからな……」 「スネイプの下心をお前は見抜いた……だから回避したんだよな?それと同じことだ。どういう感情にしろ、下心のある人間に触られるのはなんか居心地が悪いもんだ……」 「……お前はないのかよ」 「ない。俺はルーピンには友情以上の感情は持ってない」 言い切るジェームズの脳裏に、ふと、プランが閃く。 うまくいけばシリウスの元気を取り戻しつつ、ルーピンとの中も進展させてやれる……。 「今のところは」 「今のところは?」 ぴくり、シリウスが肩を震わせる。 「今のところって、どういう意味だっ」 流していた涙が一瞬で消え、表情はスネイプを見つけたときのように険しい。 「いいだろう?ルー、リーマスは今のところフリーなんだし」 「気安くリーマスなんて呼ぶなっ!」 シリウスは叫び立ち上がる。 「俺だってまだ呼んでないんだ」 乱暴にシリウスは自分の肩を掴んだ。 その手を振り払い懐から取り出した杖を突きつけるとシリウスはひどく意外だという顔をした。 「お前の指図は受けない。リーマスが俺に名前で呼ばれたくないって言うなら別だけど」 「……どうしたんだジェームズ」 「俺だって恋位するさ……」 片目を瞑り、ジェームズは突きつけた杖を己ののど元にあてる。 唇を動かさず小さく拡声の呪文を唱える。 「ルーピン」 一言呟き、咳払いとともに杖を引っ込め微笑む。 「リーマスは賢い。聡い割りに抜けてるところもたくさんある。そういう惚けたところが堪らなくいとおしい」 「……」 シリウスはゆっくりと大きく呼吸をしながらじっとジェームズを見つめている。 その顔に表情はない。 突然の展開に全神経を集中して状況分析をしているようだ。 ジェームズはシリウスの呼吸に合わせ、緩やかな速度で室内を歩く。 今頃ルーピンははしごの下にたどりつき最初の一歩を上りだした頃だ。 談話室に続くはしごとシリウスの間に立ち、視界をさえぎると、ジェームズはずいと、シリウスに顔を近づける。 「お前は?リーマスのどういうところがいとおしい?」 「どういうところ、なんていちいち説明できない」 シリウスは静かに、真っ直ぐジェームズの目を見て答えた。 「気がついたら好きだったんだ」 すうっと伸びてきた両手がジェームズの襟首を掴む。 「……」 「顔、声にはもちろん魅かれたさ。見かけによらず度胸の据わったところや、頭が良くて、面倒見が良くて、さりげない気遣いが出来るところ、優しいところにももちろんときめいた」 「ルーピンの全部がいとおしいってことか?」 「……そうだ」 言い切る友の目は穏やかで強い輝きを放っている。 シリウスのファンは同性も異性もみんな、真剣に何かやっているときの彼の目に魅せられたという。 「……」 確かにじっとこの目で見つめられるとどきりとする。 知り合ってまもない頃、こいつは信頼できるとジェームズが確信を持てたのも彼の目の輝き故だ。 こいつなら安心して心を預けられる。理屈ぬきでそう思った。 シリウスならルーピンを悲しませることはしないだろう……だが、最後にこれだけは聞いておかなきゃいけない。 「……彼が、人狼でも愛せるか」 ジェームズはかすかな声で訊ねた。 「……」 不思議そうな顔をシリウスはした。 ジェームズはシリウスの両手をはずし反対に彼の襟首を掴んだ。 「ルーピンの全部がいとおしいってことはその部分も含んでるってことだ」 ぐいっと引き寄せ穏やかだが鋭い声音で訊ねる。 「お前はそれまでも含めてルーピンを好きか?」 「……問題にしなかった……」 「問題にしなかっただって!?」 一番大事なことじゃないかっ! 「考えもしないで!―考えもしないでルーピンのすべてが好きだなんてよくも言えたもんだ!」 「ちがう!そういう意味じゃない!」 ジェームズの腕を外しシリウスは怒鳴るなと彼をいさめた。 「……なんていうか……そのことはもう空気みたいなもんだ」 「空気?」 「最初にルーピンにそのことを告白されたとき、そうなのか……って、ただそうなのかって思った。本人があっけらかんとしてたのもあるけど、お前が俺に、眼鏡なしで遠くが見えないって言ったのと同じ感じだった。お前は視力を補うために眼鏡をかける。ルーピンは必要があって閉じこもる……同じだ……」 「……」 「おまえも気づいてると思うけど、あいつの後姿、時々消えそうなくらい影が薄いときがあるだろう? そういう時俺は何とかしてやりたくて堪らなくなる……ルーピンの傍にいたい。傍にいて奴の苦しみを半分でも分けてもらいたい。そう思ってる。そうだ……嫌われててもかまわない……」 「……」 「俺はルーピンが好きだから、あいつが何者でも関係ない。ルーピンはルーピンだ。触りたい、ぎゅって抱きしめたい。抱きしめて安心させてやりたい。安心してくれるかわかんないけど俺に寄りかかって居眠りくらいしてほしいと思う……お前がルーピンに恋してるっていうなら」 ふっ、シリウスは笑った。そしてぎっと視線をきつくしジェームズに言った。 「……俺たちはライバルだ」 「……真剣なんだな……」 「当たり前だ、お前は違うのか」 「俺か……俺は……」 シリウスを前にジェームズは微笑んでいた。 予想外に満足のいく答えをシリウスは出してくれた。 ルーピンは幼い頃人狼に噛まれ『呪い』に感染した。 彼は満月の夜、月光を浴びると狼に変化する。 詳しいことは分かってないが、狼になると人を食い殺したい衝動に駆られるという。以来彼は人を傷つけないよう満月の夜は閉じこもり体の内側から湧き上がる破壊衝動と闘い続けている。 このことが公にされたら、ルーピンはホグワーツ魔法魔術学校を出て行かざるを得なくなる。人狼のこころは人と獣の間を行ったり来たりする不安定なもの。 いつ同胞に牙をむくか分からないものを、人は信用しない。 「俺だって恋位するさ」 視線をはずしジェームズは微笑む。シリウスは腑に落ちないという顔をして彼を見つめる。やがて一歩横に退いたジェームズははしごに向かい声をかけた。 「ルーピン、あがってきてくれ」 え? ジェームズの言葉にシリウスはかたまる。 「そこに、いるんだろう……リーマス」 「……」 ゆっくり、上り口から鳶色の頭が現れた。 ルーピンだった。 長い髪を後ろで三つに編み、肩や胴回りを詰めたローブ着ている。 現れたルーピンには表情がなかった。 ただ、緊張しているのが、大きく上下する胸で見て取れた。 聞かれた、聞かれていた……。 シリウスの顔が見る見る桜色にかわる。 ど、ど、ど、どっから聞いてたんだ。 どこから聞いたか分からないが、『俺はルーピンが好きだから』のあたりは確実に聞かれているだろう……。 なんてことしやがるんだジェームズ!! まだ心の準備も出来てないのに、これじゃ、これじゃ告白するしかないじゃないかっっ 「ルーピン、人は誰でもどんな境遇の人間でも、恋をする権利があると俺は思う」 「……」 足音をさせずルーピンに歩み寄るジェームズ。 ルーピンは小首をかしげじっとジェームズの様子を見ている。 「……」 シリウスの目の前でジェームズは優しく(妖しく)微笑み、おもむろに眼鏡をはずす。 「……」 超美形演技派俳優の「隠し子」説を唱えられた容姿が現れた。 じっとルーピンを見つめるその表情からはいつものジェームズからは考えられないすさまじい気迫……色気が漂っていた。 ジェームズが人前で眼鏡をはずすのは風呂と寝るときだけだ。 「隠し子」と噂されてから眼鏡なしのジェームズの写真を欲しがるものが続出し写真を撮らせてくれと生徒が列を作った。 今でこそ治まったが、その騒動は「こいつは流し目で人が殺せるんじゃないか」と本気で思わせるものがあった。 ジェームズがルーピンを目で殺そうとしている。 気づいたシリウスが動こうとした瞬間、ジェームズは歩き出しルーピンの額に手をのばしていた。 次の瞬間我に返ったルーピンが、自分の額に伸びてきたジェームズの手を叩き落とした。 ばしっと、いう音とともにジェームズは小さく、いてっと叫び手を擦った。 「ジェームズ……気色悪い」 目を細めたルーピンが吐き捨てるように言い放った。 「……すまん……。ちょっとした実演なんだ……見たろ、シリウス」 「……ん」 「さっき言ったろ?」 下心のある人間に触られるのはなんか居心地が悪いもんだって。 「ルーピン、シリウスが謝りたいことがあるそうだ」 「……」 「……う、あ、お」 おまえ〜〜〜 言葉を詰まらせるシリウスにジェームズはすがすがしいと言わんばかりの笑みを浮かべた。 「ピーターの宿題は見ておくから、後は二人で話あってくれな」 言い残しジェームズははしごを降りていった。 |
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